第三十二話:王都までの護衛
翌日。なかなか眠れなかったせいか危うく寝過ごすところだったが、何とか起きることが出来た。
宿を引き払い、約束の場所に向かうと、道路脇に数台の馬車が停まっていた。
もしかして、これ全部今回の依頼人の馬車?
馬車は全部で四台。どれも多くの荷物を積んでおり、それを引く馬達も逞しい体躯をしている。
「すいません、護衛の依頼できた者ですが」
「あー、はいはい。……って、子供?」
馬車の近くに数人が集まっていたので話しかけたが、対応した壮年の男性は私の姿を見るや首を傾げていた。
まあ、護衛には見えないよね。子供だし。でも、これでもれっきとした冒険者ですよ。
ギルド証を見せるとようやく信じてくれたのか、手を差し伸べて握手をしてくれた。
「いやぁ、護衛が一人急に来られなくなって臨時を募集してたんだが、まさか子供が来るとはね」
顔では笑っているが、心底がっかりしたという感じが声の端々から伝わってくる。
悪かったね、子供で。でも気持ちはわかるよ。
でも、あいにく私は何としても王都に行かなければならないんだ。悪いけど付き合ってもらうよ。
「いや、これは当たりですぜ旦那」
「うん? 一体どういうことだ?」
男性の後ろからひょっこりと出てきたのはひょろ長い体躯の男性だった。
亜麻色の髪に糸のように細い目が特徴的なその男性は壮年の男性の肩を叩き、耳打ちするように耳元で声を欹てる。
「例のオーガ騒動で活躍した嬢ちゃんですぜ? ほら、一人でオーガを倒したっていう」
「おお、例の」
「見た目に惑わされちゃいけねぇですぜ。なんせとんでもない魔法の使い手なんすから」
「なるほど……確かにギルド証はCランクだったしな」
何を話しているのだろうか。しばしごにょごにょと密談していた二人だったが、話が終わるとひょろ長の男性が私に手を差し出してきた。
「どうも、嬢ちゃん。俺はゼムルスっていうもんで、嬢ちゃんにとっては護衛仲間ってことになりますぜ。仲良くしましょうや」
「あ、はい。こちらこそ」
身体こそ貧弱そうだが、その背中には大きな弓を背負っている。
実は細マッチョとかだったりするのだろうか。まだ夏だというのに厚手のコートを着てるからよくわからないけど。
他の護衛の冒険者とも挨拶を済ませ、ほどなくして出発することになった。
護衛は私含めて全部で8人。言うまでもないが、子供は私だけだった。
先頭を依頼人の馬車が走り、その後ろに別の馬車が続く。護衛はその周囲に随行する形でついていくことになった。
門を抜け街道に出る。先日まで魔物がうろついていた場所であったが、今ではその影もなく安全に通ることが出来た。
昼が近づき、徐々に強くなる日差しを浴びながら順調に進んでいる。
王都までは十日ほどかかるらしい。馬車のペースは比較的緩やかで、歩くより少し早いくらい。今は大丈夫だけど、どう考えても途中でへばる未来しか見えなかった。
「なぁ、嬢ちゃん。嬢ちゃんは例のオーガ騒動でオーガを倒したんだろう? その時の話を聞かせてくれやせんかね」
「ああ、その話は私も是非聞きたいね」
案の定、数時間歩いたところで息も絶え絶えになり、依頼人のご厚意によって御者台の隣に乗せてもらえることになった。
護衛なのに凄く申し訳ない。もし何かあったら積極的に動くとしよう。
今のところ何もない平和な道中、暇なのか、ゼムルスさんが私に話しかけてきた。隣で馬を操る依頼人も興味津々の様子。
まあ、暇つぶしになるならいいか。と言っても、そんなに話すことはないんだけど。
私がやったことは基本的に後衛で前線の援護をしていただけだけど、二人が聞きたいのはそんなことではないだろう。オーガが出てきてからの行動というと……なんだっけ?
オーガが出てきて、襲われそうな人がいたからそれを助けて、成り行きで三体のオーガを相手することになって、最後はソニアさん達を庇って攻撃を受けたんだよね。
今思えば、だいぶ無茶をしていた気がする。前衛ではほぼ役に立たない魔術師タイプの私が自分から飛び出していったのだから。アリアがいなかったら悲惨な結末になっていただろう。むしろ、あれだけの戦いを経て腕の怪我だけで済んだのは奇跡に近い。
アリアの事は秘密なのでアリアの助言の事には触れず、覚えている限りで話していると、二人はとても興味深そうに頷いていた。
「噂には聞いていたけど、思ったより大立ち回りしてたんすね」
「その年にしてとても優秀な魔術師だ。うちの息子もそれくらい根性があればいいんだが」
あの時は無我夢中だったので詳しいことは覚えていないが、今までで一番気を張った戦闘だったのは間違いないだろう。
オーガは強い部類に入る魔物ではあるが、まだまだ上はいるらしい。それこそ、ドラゴンのようなファンタジーな生き物だって存在する。この先そういった魔物に出会うかもしれないと思うと、もっと強くならないといけないなと思う。
とりあえず優先するべきは魔法の威力の向上か、あるいは不測の事態に対応できる魔法の作成だろうか。後者は漠然としすぎてどこから手を付けていいのかわからないけど。
うーん、道中は暇だし、何か考えてみようか。
とりあえず、手近なところで探知魔法の強化だろうか。
探知魔法は風を介して周囲の状況を探り、範囲内の魔力を感じ取る魔法だ。風を媒介にしているため風が通らない屋内ではあまり効果を発揮しにくいが、風さえあればどこでも使えるので使い勝手がいい。
さて、探知魔法の短所と言ったら何だろう。まあ、さっきも言ったように屋内では効果が発揮しにくいってところか。他には範囲が限定されているのと、生き物以外は探知しにくいことかな。
よし、これらを改善していこう。まずは屋内でも使えるようにするところから。
屋内で探知魔法が使いにくいのは風が流れにくいからだ。空気の通り道ができていれば多少なりとも風は発生するが、そうでない場所には探知は届かない。
ではどうするか。風がないならこちらで用意して上げればいい。
周囲に微量の風が流れるような機構を追加し、疑似的に風の流れを発生させることによって風が通らないというデメリットを解決するのだ。
多少の微風を発生させる程度だったら相手にも気づかれにくいだろうし、魔法陣に加える文字も少なくて済むだろう。
常時発動できるくらい魔力消費量が少なくなくてはいけないからあまり大掛かりな変更は加えられないけど、これくらいだったら大丈夫のはず。
後は効果範囲。通常の探知魔法の効果範囲は大体障害物がない時の視界一杯くらい。視界にぎりぎり入るくらいの相手や森などの視界が悪い場所だと効果を実感しやすい。
うーん、これは単純に精度を上げれば解決しそうな気がする。
魔法陣に描き込む量が少し増えるから消費は増えるだろうけど、一時的に効果範囲を広げるみたいな使い方であれば十分かな?
正直範囲が限定されると言ってもそんなに狭いわけじゃないからね。常時発動している分に関しては今のままでもいいだろう。
さて、となると後は……。
「ん? なんだありゃ」
魔法の改良に勤しんでいると、ゼムルスさんの声が聞こえて現実に引き戻された。
ゼムルスさんの視線を追ってみると、前方の道に大きな丸太が転がっているのが見えた。
倒木? 確かに街道のそばには森が広がっているからありえなくはないけど、こんな道の真ん中に?
不審に思っていると、ふと探知に数人の気配が引っ掛かった。
森の中に潜んでいるようで、数人が森に、数人が森を出てこちらに向かってきているようだ。
不自然な脚止め、そして馬車を囲むように広がりながら近づいてくる気配。まさか……!
「ちっ、罠だ! 気を付けろ、盗賊だ!」
ハッと弾かれたように顔を上げると、ゼムルスさんが護衛に指示を出していた。
しかし、気づくのが少し遅かったらしい。護衛が構える頃には汚い身なりの男達に馬車を囲まれていた。