第三百十八話:ボス部屋へ
オルフェス魔法学園の歴史の中でローゼリア魔法学園との対抗試合は何度も行われてきたが、ここまで露骨に違反行為を行われたのは初めてだと迎えに来た教師が言っていた。
一応、今までも何度か不自然なことはあったのだという。参加メンバーの私物が当日になっていきなり紛失したり、序盤で割と優勢だったのにいきなり棄権したり、とにかく向こうに有利なことが起こったのだ。
だが、模擬戦においては当然のように無詠唱ができる点や優秀な魔道具を持っているから魔法の質や魔道具を購入できる資金力がないことから負けていると思っていたし、棄権についても直前になって魔物と戦うのが怖くなったんだろうと言われ、確かにそうかもしれないと納得していた。
対抗試合終了後のメンバーは総じて落ち込んでいたり怖がっていたりしていて、それらの不自然な事柄に関しても自分が悪いと言っていたことからそういうことなんだろうと思っていたらしい。
だが、今にして思えばその態度も不自然であったし、いくらエルフが優秀とは言ってももう少し調べてみるべきだったと反省したようだ。
今までは一応証拠らしいものは残していなかったようだけど、今回は被害者がエルフだ。彼女らの口から今までのローゼリア魔法学園のあくどいやり方が暴露されればそれなりに信憑性があるし、学園としても調べざるを得ないだろう。
特に今回は殺人未遂だ。ローゼリア森国で殺人がどれほどの刑かは知らないが、オルフェス王国においては殺人は未遂だとしても犯罪である。それも国の要人を手にかけようとしたとなればかなりの重罪だろう。
少なくとも、実行犯のフィルノルドさんとそれに協力したと思われるミストレイスさんとアルマゴレムさんには調査の手が入ることになる。当然邪魔してくるだろうけど、今回はエルフが証人だ。隠蔽するとしたらもはやアリスさん達の口を封じるしかない。でも、そんなことをしたらますます疑われるだろう。
唯一の証人の口を封じて後はどうにかしてもみ消すか、それともアリスさん達を裏切り者扱いして糾弾するか、どちらにしても向こうにとっては苦しい言い訳をする必要が出てくると思われる。
どうせフィルノルドさんはそこまで考えてはいなかっただろう。安易に仲間を殺そうとしたことを後悔するがいい。
「今どれくらい進んだかわかるか?」
「潜ってから大体一時間半ほど。事前に調べていたこのダンジョンの広さを考えると、邪魔された分も含めて上層の三分の二ってところでしょうかね」
ダンジョンは上層と下層に分かれている。広いダンジョンの場合にはその間に中層とかが挟まる場合もあるが、大体のダンジョンは二層構造だ。
そして、大体の場合は上層よりも下層の方が難易度が高いとされている。ダンジョンにつけられているランクは基本的には下層のレベルを基準に決められるので、上層だけを進むと割と簡単な印象を受けることになる。
もし今の調子で進んでいくとなると、順調にいって後三十分程度で上層を踏破。その後下層に向かい、下層で同じように進めれば多分四、五時間程度で攻略完了ってところだろうか。
踏破の証が上層のボス部屋にあると仮定すると、あともう少しで到着ってことになる。ただ、最初に十分のハンデとその後の妨害工作によっておよそ三十分以上はロスしているのでもしかしたらもう向こうはついているかもしれない。
ボスがもし排除されているとしたらもう負け確定だね。ボスが排除されておらず、戦う必要があるって言うならまだ可能性はあるけど。
「後もう少しってことか。でも、奴らの姿は見えないし、少し急いだほうがいいか?」
「いえ、急げばそれだけ罠や魔物に遭遇する確率が高くなります。ここは冷静に今まで通り進んだ方が結果的に短縮できるかと」
「む、そうか。まあ、焦ってもしょうがないしな」
一応リーダーはアッドさんのはずなんだけど、なんとなく私主体で事が進んでいる気がする。
まあ、魔物も罠も探知をしているのは私だし、この中ではダンジョン経験者は私とサリアだけだから意見を求められることが多いのはわかる。けど、アッドさんはそれでいいんだろうか?
事前に決めたリーダーはアッドさんだったし、アッドさんは自分の実力にとても自信を持っていた。実際、初手の単発火力だけだったらこの中ではエルを除いて一番かな?
言動に関しても自分中心的な発言が多かった気がするんだけど、いつの間にやらリーダーが私に変わっていた。
なんでだろうね。模擬戦で負けちゃったから? それとも魔物討伐の時に庇ったからだろうか。
どんな心境の変化があったのかは知らないけど、だいぶとっつきやすくなってくれたのはありがたい。アッドさんは六年生だからもうすぐ卒業しちゃうけど、今後も付き合っていければいいね。
「……皆さん、着いたみたいですよ」
流石に策が尽きてきたのか、あれから襲撃のようなものはなく、無事にボス部屋と思われる部屋の前までやってきた。
便宜上部屋と呼んでいるが、実際は部屋のように広い空間というだけに過ぎない。このダンジョンは森の中のような見た目だし、すべてまとめて大きな一部屋と言っても過言ではないけど、ボス部屋だけは若干人工的な雰囲気が残っていた。
周囲を囲うように並び立つ巨木。地面には地表にまで飛び出してきた木の根が張り巡らされており、それらが複雑に絡み合って何かの模様のようなものを作り出している。
部屋の中央には巨大な花が咲いており、その前には真新しい台座のようなものが設置されていた。
「どうやらあれが踏破の証みたいですね」
台座の上には青く透明な優勝杯が置かれていた。
なるほど、踏破の証ね。確かに見ればすぐにわかる。
まあ、大抵は先に着いた方が優勝となるから優勝杯というのはわからなくはないけど、場合によっては得点負けしてせっかく優勝杯を手にしたのに相手に渡さなければならないなんてことにもなりかねないからちょっと微妙な気もするけどな。いや、それはそれでありなのかな? どうだろう。
なんにせよあれを手に入れれば勝ちってことだろう。探知魔法を見る限り、監視役兼タイム計測役の教師もいるようだし、さっさと手に入れるべきだ。
……まあ、一筋縄ではいかないだろうけどね。
「どうやらボス戦みたいなので、皆さん気を引き締めて」
「ボス? そんなのどこにも見えないが……」
「いるじゃないですか、そこに。ちゃんとアッドさんの目にも映ってますよ」
一見ただ無防備に優勝杯が置かれているだけのように見える。しかし、探知魔法にはしっかりと魔物の存在を示す反応があった。
それは目に見えているけど、把握できないもの。目立った格好ではあるけど、この場においてはそれを不自然と思えない擬態。植物系の魔物特有の能力だ。
「……まさか」
「ええ。ではアッドさん、最初に一発でかいのをお願いします。先制攻撃と行きましょう」
台座の後ろに咲く巨大な花。それこそが魔物の正体だ。
あの状態ならもしかしたら戦わずして取れるかもしれないが、周囲の土の状況を見ればそうも言ってられないことがわかる。
なぜなら、周囲の土は最近掘り返されたように真新しく、いくつかの蔦が張り巡らされているからだ。
十中八九最近誰かがこの魔物と戦っている。それは昨日踏破の証を置いたという教師か、あるいは先行していた向こうのチームか、どちらかまではわからないけど、近づけば襲われることは確実だろう。
ならばとるべき行動は一つ。殲滅あるのみだ。
「植物系なら火だよな。そんならこれだ」
アッドさんは懐から赤い宝石を取り出す。例によって刻印魔法が施された特製の宝石だ。
アッドさんは一度私達の方を見て確認を取る。私達は各々準備を整えてからそれに頷いた。
「よし、行くぞ!」
アッドさんが宝石を投げ込む。花弁に宝石が触れた瞬間、花を包み込むように巨大な炎が包み込んだ。
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