第三百十六話:足止め
一説では、ダンジョンは生きているのではないかという考え方がある。
それはダンジョン内にある資源は一定期間で復活することからそう言われている。この復活する資源の中にはダンジョン内に生えている薬草や鉱石などを始め、魔物や置かれている宝箱なんかも当てはまる。
薬草や魔物はともかく、一度中身を取ってしまったはずの宝箱が再び設置され、しかも中身が復活しているなんておかしいだろう。
それに、ダンジョン内で死亡した場合、その遺体はいつの間にか消えてしまっている。これはダンジョンで死亡した冒険者を回収しようと救助隊が向かった際にどこを探しても見つからないことから、ダンジョンに食われたと表現されている。
遺体だけでなく、所持品も同じで、元からダンジョン内にあるもの以外は時間が経つと消えてなくなってしまうのだ。
このことから、遺体や所持品はダンジョンが吸収しており、宝箱の中身はその吸収した所持品の一つなのではないかという説が浮上した。このことから、ダンジョンは生きているのではないかという説まで発展したのだ。
「……じゃあつまり、踏破の証はそこらへんに落ちているわけではなく、ちゃんと相応しい場所に置いてあるってことか?」
「そういうこと。ダンジョン内でも例外的に遺体や所持品が消えない場所があるんですが、それがいわゆるボス部屋って言う空間です」
慎重に進みながらも説明してくれるテトさんに、へぇと少し感心する。
確かに、踏破の証がどういうものであれ、物である以上はダンジョンに放置されればいずれは消えてしまう。
もちろん、証を置いたのは昨日らしいし、一日やそこらで消えるはずもないから確実にそうとは言いきれないけど、もし証を置くなら放置しても消えない場所、つまりはボス部屋に置くのが当然と言えるだろう。
その他の方法としては生きた人が持ち歩いておくという手もあるが、学園長の言い方的に多分それはない。魔物に荒らされないように監視くらいはしてるかもしれないけど、多分極力生徒の前には姿は現さないんじゃないだろうか。
ボス部屋にはその名の通りボスと呼ばれるちょっと強い魔物がいる。そのボスが既に排除されているかどうかはわからないけど、踏破だけが目的なら排除されているかな? でも、第二試合でCランク以上の魔物をぶつけてくるようなイベントだし、達成感を得させるためにもあえて残している可能性もあるか。
いるとしたらどんなボスだろうか。森系のダンジョンだし、やっぱり植物系?
あんまりグロくないといいんだけど。
「ボスがいたらどうします?」
「そりゃお前、倒すに決まってるだろ。そうしないと手に入れられないだろうし」
「こっそり奪い取るという手もありますけどね」
もし仮に生きたまま証を置いたとするなら、教師達はボスに気付かれないように置くことが出来たわけだ。だから、何らかの方法でこっそり近づく手があるということになる。
まあ、その場合想定とは違う取り方になるだろうから何かしら文句言われそうだけどね。大人しく戦った方が楽かもしれない。
「にしても、全然魔物に遭わないな」
「ハクちゃんのおかげだと思うよ? みんな場所がわかってるみたいだし」
「まあ、ただ探知魔法を使ってるだけですから」
ここにいる魔物は木や花と言った植物系の魔物が多い。
ここに来るまでにも結構な数がいたが、そのほとんどとは戦闘せずに潜り抜けてきた。
なにせ、植物系の大半は待ちの戦法が多い。一部我先にと襲い掛かってくる凶暴な魔物もいるが、基本的に植物なので動くことが出来ないのが多い。だから、攻撃されたら身を守るために全力で応戦するけど、特に攻撃しなければ攻撃してこない魔物も多いのだ。
まあ、みんな森の中に擬態しているから気づかずに近づいてしまったってパターンはよくあるかもしれないけど、私の場合は探知魔法を使っているのでその心配もなく、実にスムーズに進むことが出来た。
今のところ戦ったのは道を完全に塞いでいる奴くらい。あまり見ない魔物だったので、死骸は【ストレージ】に回収してある。
みんなの許可が下りたら後で解体してもらおう。
「……と、そろそろお出ましみたいですね」
「なんか来たのか?」
「はい、この先に待ち伏せているようです」
探知魔法には明らかに囲い込むようにして布陣している反応がある。
植物系の魔物は総じて魔力が多いのでこれがエルフか魔物かは判別できないが、待ち伏せているということだけはわかった。
「どうする? 迂回するか?」
「うーん、さっきの分岐の先は行き止まりでしたし、迂回するとしたら相当戻らないといけませんね」
「全部蹴散らせばいいんだぞ」
「まあ、それが一番手っ取り早いかもね」
大雑把な作戦ではあるが、ここでいちいち迂回していては普通に負ける可能性がある。ここは正面突破してしまった方が後が楽だ。
さて、となると先制攻撃してしまった方がいいかな? いる場所はわかっているわけだし。
「せっかくですからアッドさん、派手にやっちゃってください」
「それはいいが、どの辺にいるんだ? 俺には見えないんだが」
「えっと、あの木の辺りですね」
「よし、それじゃ一発ドカンとやりますか」
私がやってもいいけど、いい加減アッドさんも暴れ足りないだろう。
貴族としてのプライドか、それとも六年生としての意地か、先頭を買って出てくれたのに結局あまり戦っていない。
まあ、宝石魔法は使う度に宝石を消費するから消費が少ない方がいいに決まっているけど、だからと言って他の人に頼りっぱなしではアッドさんも不完全燃焼だろう。
だからここは、アッドさんに見せ場を作ってやりたかったのだ。
「ダイヤモンドの輝き、受け取りな」
手にした白く輝く宝石を放ると、一瞬にしてその場を埋め尽くすほどの光を発し、光線を炸裂させた。
流石、刻印魔法を施しただけあって威力だけは高い。投げたあたり一帯は木が抉られ、土がむき出しになり、草花は倒れている。
同時に悲鳴も聞こえたから、ちゃんと当たったようだ。うん、先制攻撃としてはまずまずかな。
「ま、待て! 俺達は教師だぞ!」
「教師に対して攻撃するなど一体どういう教育を受けているんだ! 失格にしてやろうか!」
脅威は排除されたと進もうとすると、数人のエルフ達が食いついてきた。
一応みんな教師の格好をしているようだけど、本当に教師かどうかは怪しい。
なにせ、さっきの魔法によって一緒にいた植物系の魔物を何体か倒している。要は魔物と一緒に行動してたってことだね。
魔物と一緒に行動するのはテイマーという魔物使いか召喚士と呼ばれる特殊な魔術師しかいない。それらの職は教師と混同することはないので魔物と一緒にいた時点で彼らが教師でないことがわかる。
「おや、先生でしたか。すいません、魔物の影が見えたのでつい攻撃してしまいました」
「反省の色が見えんな。教師に攻撃したんだぞ? 我らの国では退学になってもおかしくない行動だ」
「そうだ。今すぐ失格にしてやってもいいんだぞ?」
一応先生という体で話を合わせてみたが、どうやらこいつらは時間稼ぎ要員のようだ。
いや、もしかしたら最初は魔物に襲わせてあわよくば棄権させる、というのが目的だったかもしれないが、魔物がさっきの攻撃ですべて倒されてしまったからせめて時間稼ぎだけでもってところかな?
なんにしても面倒くさい。この試合はタイムが重要になってくるので普通に足止めされるだけでもだいぶつらいのだ。
「今は試合中ですので話は後にしてもらえませんか? 早く先に行きたいんですが」
「どうやら状況がわかっていないようだな。いいだろう、ついてこい。貴様らは失格だ」
最初こそ慌てていたが、勝ちが濃厚とみるや勝ち誇ったようににやりと顔を歪ませて尊大な態度を取る。
こいつら、教師だって言えば何でも許されると思ってるのかな? だとしたらそれは大きな間違いだ。
「あなた達にそんな権限はないと思いますが? それに、生徒から求められない限り試合中の生徒に不用意に話しかける行為は禁止されているはずです。これ以上邪魔をするなら運営に訴えますよ」
「そちらから違反をしておいて何を言う。それに貴様らを失格にする権限は教師にはちゃんと……」
「教師が生徒を失格にできる条件は明確な違反行為を目撃した時です。今回の場合は魔物がいたから攻撃しただけであって、そこにたまたま教師がいたにすぎませんから違反行為には当たらないと思いますが? そもそも、教師に攻撃してはならないなんてルールありませんしね」
「なっ……!?」
そう、テトさんのいう通り教師に攻撃してはいけないというルールはない。
まあ、本来はそれは当たり前の事であってルールにする必要もないって感じだろうけど、明確な悪意を持って攻撃でもしない限りは違反とは呼べないだろう。
今回の場合、魔物が近くにいたからたまたま攻撃が当たっただけで、教師を狙った攻撃ではない。それに、魔物と戦闘中だったならまだしも、そうでないのに魔物の近くにいて且つ逃げようとしなかったというのは明らかにおかしい。
だから、この場合は逃げなかった教師が悪いのであってこちらに非は全くないということだ。
「これ以上足止めをしようというなら運営に連絡してしかるべき対処を取ってもらいますけど? どれくらいのペナルティがあるでしょうね?」
「くっ……」
教師が試合中の生徒を邪魔した場合は当然譲歩が行われる。
この場合、教師が邪魔した分だけそれに対応した得点が加算されることになるだろう。そんなことになれば当然ローゼリア側は不利になってしまう。
教師達は苦虫を噛み潰したような顔でしぶしぶ道を開けることになった。
「覚えていろよ……」
早速邪魔が入ったが、この程度なら可愛いものだ。
報告は当然するとして、少しペースを上げるべきかもしれない。
私達は足止めされた分少し速足で進むことになった。
感想ありがとうございます。