第三百十四話:ヴァレスティン領
全員揃ったところで出発し、しばしの間馬車に揺られることになった。
一応、他国の生徒を預かるということで安全面では結構気を使っているらしく、予め通る道の盗賊や魔物は一掃しているらしい。闘技大会の時と似たようなものか。
馬車自体も結構いいものを使っているらしく、クッションこそ必要だが特にお尻を痛めることもない。実に快適な旅だった。
まあ、日程上一日だけ野営をすることになったが、それもなんだかんだキャンプのようで楽しかった。
そうして三日ほど移動し、ついに目的地に到着する。
「ようこそヴァレスティン領へ。皆さんを歓迎しますー」
テトさんの予想が当たり、本当にヴァレスティン領のガレスという町にやってきた。
町の入口では領主と思われる男性と、なぜかミスティアさんが立っている。
「ミスティアさん、何してるんですか……」
「ここはー、私の実家の領地だからー、おもてなししないとねー?」
なんでも、ここのダンジョンを候補地とした時にミスティアさんの方から領主に伝えるように言われたらしい。つまり、対抗試合以前からここが対抗試合で使われることを知っていたのだ。
それで、せっかくだからと領地に帰るついでに対抗試合のために色々手配しに回っていたらしい。
確かに始業式前後に見かけた後は全然姿が見えなかったけど、そんなことやってたのか。
「ということはそちらが?」
「うん、お父さんー」
「初めまして、ソルティア・フォン・ヴァレスティンという。君がハク君かな? いつも娘が世話になっているね」
「あ、いえ、こちらこそ……」
ミスティアさんと同じ茶髪で眼鏡をかけている。こうしてみると結構似ている、ミスティアさんはお父さん似なのかもしれない。
「さて、いつまでも町の前で立ち尽くしているのも何でしょう。屋敷に案内します。ついてきてください」
そう言って止めてあった馬車に乗り込み、先導するように町の中に入っていった。
どうやら私達の宿泊先は領主邸らしい。ただ、泊まれるのは私達選抜メンバーと教師陣だけで他の人達は別に宿をとっているとのこと。
まあ、流石にこの人数すべてを滞在させることはできないか。60人くらいいるもんね。貸し切りでも宿屋がパンパンになりそう。
そんな事情を聴きながら進むこと数分、私達は領主邸へと入った。
「オルフェス魔法学園、ローゼリア魔法学園の両生徒の皆様、また教師の方々、ようこそおいでくださいました」
中に入ると、メイド達の一糸乱れぬ歓待を受けた。
流石領主邸のメイドだけあってかなり洗練されている。てきぱきと荷物を運んだり、それぞれの宿泊部屋へと案内してくれたり、指示がなくても完璧に仕事をこなすのが凄い。
いやまあ、予めそうするように指示されていたのかもしれないけど、だとしてもきびきびと動くメイド達の姿は普通に凄かった。
私達が案内されたのは一階にある一室。人数が人数なだけに一人一部屋とまではいかないようだったが、それでも男女別で二部屋、それに教師の分も合わせて計六部屋と結構な部屋数を使っている。
普通客室ってそんなにあるものなんだろうか。ホテルじゃあるまいし。
「この場合、アッド君は幸運なんでしょうかね?」
「まあ、一部屋独り占めにできるわけだし幸運なんじゃないですか?」
私達のメンバーは女子四人と男子一人、つまり、男女別に分かれるとアッドさんが一人になってしまう。
まあ、メンバー分けによってはこうなる可能性は十分にあるし、かといって女子の誰かがアッドさんの部屋に行って一緒に寝るのは問題がある。
男性教師と一緒に寝るというのもありだが、今回のイベントの趣旨的にそれも憚られる。なので、結局アッドさんは一人というわけだ。
「まあ、私は別に一緒に寝てもいいけど」
「……ハクお嬢様、そういう発言はお控えください」
「ハクちゃんって意外と大胆なんだね……」
「ハクが行くなら僕も行くぞっ」
エルからは蒼い顔をされ、テトさんには顔を赤らめられた。
私は単に前世では男だったから別に男と寝たところで何も起こらないだろうと言っているつもりだったけど、何かまずいことを言ってしまったらしい。
アッドさんだって私なんかに手を出さないだろう。そんなに心配する必要あるかなぁ。
ただ、サリアの事を考えるとやっぱりやめた方がいいかもしれない。サリアは可愛いし、危機感を持ってもらわないとね。
「とりあえず、ダンジョン探索は明日になるみたいですけど、今日は何をしましょうか?」
たった三日とはいえ、旅の疲れもある。一日ゆっくり休んで、しっかり万全の状態で挑むということらしい。
まあ、三日の旅の疲れが一日寝ただけで取れるとも思わないが、この世界の人達は頑丈なので多分大丈夫だろう。私はどうせ警戒しなくちゃいけないから寝られないだろうけど。
「一応、帰る際に希望者が多ければ一日観光に充てるみたいですから今は下手に出ない方がいいかと。まだ襲われる危険も残ってますし」
「まあ、確かに。早く終わって欲しいですね」
生徒には知らされていなかったけど、教師は多分この町のダンジョンに行くことは知らされていたことだろう。だから、先んじてこの町に手下を配置していたとしても不思議はない。
まだ危険が及ぶ可能性がある以上は大人しくしておいた方がいいだろう。
まあ、ヴァレスティン領の売りはダンジョンからとれる良質な木材や薬草などなのでダンジョンに行けば目的は達成できるだろうしね。焦る必要はない。
「それじゃあ、部屋で待機?」
「そうなるかな」
現在時刻は午後4時くらい。どのみち今から出かけるには少々遅い時間だったしちょうどいいだろう。
ただ、ずっと部屋にいるというのも暇だな。
「夕食は用意してくれるらしいですけど、それまでどうしましょうか」
「娯楽があまりありませんからねぇ」
前世であればゲームがあった。テレビゲームを始め、携帯ゲーム、ボードゲームなど様々な娯楽があった。
しかし、この世界ではそういうものがあまりない。人々にとっての娯楽は闘技場での戦いや劇場での演劇、歌くらいなものだ。
転生者という存在がいるのだから少しくらいそういうものが普及していてもいいんじゃないかとも思ったが、転生者はほとんどがセフィリア聖教国に保護されており、そうした技術はもっぱらセフィリア聖教国があるトラム大陸で流行っているらしい。竜の谷がある大陸だね。
たまにこちらにも輸入されてくるらしいが、やはり数が少なく、ほとんどは港町近くにしか流通していないらしい。
こっちにも回して欲しいものだ。
「簡単な紙芝居でよければやりましょうか?」
「え、そんなことできるんですか?」
「本当に簡単なものですけどね」
テトさんはそう言って筆を手に取る。そして、宙に向かって絵を描き始めた。
いつもは動物などを描いて終わらせるが、今回は背景付きだ。
川と思われる緩やかな曲線、そこを移動してくる桃、その先にいるおばあさん、なるほど、どうやら日本でも有名なあの昔話を再現しようとしているらしい。
「何これ、凄いねー」
「わっ、ミスティアさん!? いつの間に来たんですか……」
「さっきー。面白そうだから私も混ぜてー?」
「まあ、構いませんが……」
いつの間にか来ていたミスティアさんを加え、テトさんによる紙芝居擬きが始まった。
ミスティアさんはもちろん、サリアもエルも興味津々で、終始興奮状態だったのが印象深い。
私も何度も見た名作とはいえ、こうして絵が動いて表現されているのは中々に新鮮で結構楽しめた。
夕食に呼ばれるまでの間、テトさんによる紙芝居擬きは続いた。
感想、誤字報告ありがとうございます。