第三百十三話:襲撃の結果
翌日、あれから一応一時間おきくらいに起きて警戒していたがそれ以上の襲撃はなく、無事に朝を迎えることが出来た。
普通、襲撃者が戻ってこなかったら様子を見に来るなりなんなりすると思ったのだが、人手不足なのだろうか。それとも、他に手を回していて来れなかったとか? まあ何でもいいけどね。
私は少し眠気の残る目を擦りベッドから起き上がると、棚の上に置かれたぬいぐるみを見やる。
全身黒ずくめで背が高く、顔の整ったエルフのぬいぐるみだ。
もうおわかりだろう、これは昨日の下手人。サリアの能力でぬいぐるみに変えてもらったのだ。
ぬいぐるみにする能力に関してはほぼ封印案件だったけど、身を守るために使うなら問題はないだろう。後で戻すことも可能だし、場所も食事もとらないから罪人を拘束しておくにはうってつけだ。
まあ、扱い一つで簡単に殺せてしまうから扱いには注意が必要だけど、敵が相手なら特に心も痛まない。
サリアも元々ぬいぐるみ好きということもあり、快く協力してくれた。
まあ、あんまりやるとまたこの能力を使いだすかもしれないからあんまりやらない方がいいかもしれないけどね。
「んー……ハク、おはよう」
「おはよう、サリア」
途中で起こされたせいもあってサリアは少し眠そうだ。
私も実質二日徹夜ということもあって少し眠い。今は小さく翼を出すことによって竜の力を借りて眠気を誤魔化しているけど、これが終わったらちゃんと眠らないとね。
「朝食を食べたらすぐに馬車で移動になるから、早めに準備してね」
「あーい」
言いながら私もちゃっちゃと制服に着替えていく。
準備と言っても、持っていくものは特にない。道中の食事や野営グッズは学園側が用意してくれているはずだし、仮に用意してくれていなくても【ストレージ】にそれらはすでに入っている。
馬車も学園が用意してくれるし、護衛に関しても教師や冒険者達が付いてくることになっている。
一応、見れないまでも結果が知りたいということでついてくる観客もいるらしいけど、彼らは自腹で行くことになるから関係ない。
だから、後は顔洗って朝食を取ればすぐにでも出発できる。
「これ、どうしようかな」
下手人のぬいぐるみだが、いくら戻せると言ってもそれには専用の魔法が必要となる。当然、旅の途中で戻せるわけもなく、持っていく意味は薄い。途中で戻す意味もないしね。
だからまあ、置いていくのが妥当か。サリアはいくつかぬいぐるみを持って行くらしいけど、それは純正のぬいぐるみだし、下手人と違って可愛らしいものばかりだ。わざわざ持っていくはずもない。
「というわけだから、戻ってくるまで大人しくしててね」
ぬいぐるみがピクリと動いた気がしたが、まあ別にいいだろう。
私は気にせずに部屋を後にした。
待ち合わせ場所まで向かうと、すでに馬車が並んでいた。
学園の生徒は一応貴族が多いので、馬車も相応に立派なものになっている。まあ、これは学園の品位の問題もあるし豪華にするのは当然と言えば当然だが。
馬車は全部で七台。選抜メンバーの分と同行する教師、護衛の分、後は学園から応援に駆け付ける生徒の分もあるらしい。残りは食料とかの道具を積む荷馬車だね。
それに加えて観客として付いてくる一般の人々の馬車が二台ほど。どうせ目的地は一緒だし、護衛の手間もあるので一緒に行くわけだ。
まあ、本当は便乗はダメなんだろうけど、一応学園のイベントだし、親などの関係者が付いてくるならそれを守る義務は一応あるのかなとは思う。
大所帯の方が盗賊とかにも狙われにくいし、安全性を高めるのならこっちの方がいいかもね。
「あ、ハク、いたいた」
「お姉ちゃん」
護衛の中にはお姉ちゃんの姿があった。それ以外にも知り合いの冒険者がちらほら。昨日の事件を受けて急いで依頼を受けてくれたらしい。ありがたい限りだね。
「昨日は大丈夫だった?」
「襲撃があったけど、大丈夫だったよ」
「やっぱり来たか。こっちも見張ってたんだけどね、黒ずくめの連中が来たから縛り上げておいたよ」
「あ、やっぱりそっちにもいったんだ」
お姉ちゃんには万が一に備えてシルヴィアさん達の事を任せていた。
恐らく、アリーシャさん達に逃げられたから急いで別の人質を取ろうとしたんだろうけど、あえなくお姉ちゃん達に返り討ちにされたらしい。
平然と誘拐しようとしてるけど、それ犯罪だからね? ばれたら一発で牢屋行きだぞ。
自信がある割には暗殺者も大して強くないし、よくこんなので今まで騙し通せたものだ。
「ギルドに引き渡しておいたから、その内吐かされると思うよ」
「ありがとう。助かったよ」
「ハクのためだからね、これくらいは当然だよ」
まあ、暗殺者が簡単に吐くかと言われたらそんなことはないと思うけど、ギルドから正式に国に引き渡されれば拷問もあるだろうし時間の問題かな。
私が何もしなくてもそのうち国は動くだろう。私はその後押しをしてあげられたら幸いかな。
「ハクちゃん、おはよう」
「あ、テトさん、おはようございます」
話していると、エルを伴ってテトさんがやってきた。
今回は呪いとか厄介なものはかけられていないらしい。よかったよかった。
「エル、そっちには誰か来た?」
「はい。二人ほど。ですが、すべて返り討ちにして外に転がしておきました」
「うわ、寒そう」
そろそろ12月に入ろうかという時に寒空の下放り出されたら下手したら凍死するんじゃないだろうか。まさかエルが意識を刈り取らずに放りだすはずもないし。
まあ、襲撃してきたのは向こうだし別に同情はしないけど。
「私のところとテトさんのところ、それにシルヴィアさんのところまで現れたとなると、アッドさんのところにも来たんだろうなぁ」
一体一夜でどれほど手を出す気なのやら。そりゃ人手不足にもなるわな。
まあ、昨日はすんなりいったわけだし油断していたのかもしれない。それか焦りから手を誤ったか。どちらにしても、そこまで頭はよくなさそうだ。
「ハクちゃん、今回のダンジョン探索大丈夫だと思う?」
「まあ、絶対に邪魔してくるでしょうね。どんな手で来るかはわかりませんが」
ダンジョンで有効な妨害手段と言えば、単純で簡単なのは魔物を押し付けることだろうか。
複数の冒険者が潜っているダンジョンで、奥で凶暴な魔物に出会った冒険者が逃げているうちにその魔物を惹きつけてしまい、他の冒険者も巻き込んでしまうという、いわゆる『トレイン』という現象だが、意図的に引き起こすこともできる。
魔物は基本的に本能で動いているから一つの餌に執着することはない。だから、一度押し付けてしまえば簡単に脱出できる。
押し付けて相手が魔物の対処をしている間に攻略を進めてしまえば有利になるというわけだ。
まあ、これは意図的でなければ別に違法というわけではない。自分の手に余る魔物に遭遇した場合は即座に撤退して助けを求めるのが普通だし、その過程で魔物が付いてきてしまうのは仕方ないことだ。ただ、巻き込まれる側からすればたまったものではないので、それをやった冒険者は恨まれることになる。
場合によっては被害に遭った冒険者へ賠償金を払う場合もあるので、ダンジョンを探索する冒険者は注意しなければならない。
共闘して倒せれば一番いいんだけどね。
「まあ、何をしてきても返り討ちにするだけですが」
魔物を押し付けられようが直接攻撃されようがやることは変わらない。私達はダンジョンを攻略し、場合によっては相手を潰す。それだけだ。
その後、アッドさんも合流し、アリアから昨日のことを報告してもらったが特に襲撃はなかったらしい。
なんというか、ある意味で不憫だなと思った。
感想ありがとうございます。