第三百十二話:賢者の役割と再びの襲撃者
「その賢者様って言うのはどういう人なんですか?」
「エルフの中でも特に優れた魔法の使い手がそう呼ばれています。エルフに何かトラブルがあった時は率先して助け、時にはアドバイザーとして助言をしていく、いわばすべての集落の監督役みたいな方です」
数百年に一度、集落で一番と認められたエルフ達が集い、魔法の腕を競い合うという。そして、その中で認められた数人が賢者となり、有事の際の抑止力として動くのだという。
もちろん、賢者になったからと言って何もしなければすぐにでも追い落とされる厳しい役職ではあるが、だからこそ皆賢者という役職に誇りを持っており、他のエルフ達もそんな彼らを尊敬している。
最近ではローゼリア森国のように外に出ていくエルフ達も多くなってきており、それに伴って様々な知識が必要とされ、まとめ役である賢者達もまた外の世界に繰り出し、多くの国を回っているのだという。
ローゼリア森国の建国にも関与しており、裏で色々口を出しているのだとか。
「賢者は長よりも偉いんですか?」
「基本的には賢者様の方が上ですね。多くの場合、長の意見よりも賢者様の意見が尊重されます」
「なるほど」
長よりも偉い存在か。
賢者はエルフの中でも魔法の扱いに特に長けた人らしいし、実力的にはかなり高い部類に入るだろう。ならば、【鑑定妨害】のスキルを持っていても不思議ではない。
もし賢者がローゼリア森国を裏から操り、人間を目の敵にするように仕組んでいるのだとしたら、学園の腐敗もわからなくはない。
なにせ長よりも発言力が上なのだ。長がどうにかしようにも賢者が言えば黙るしかない。だから、学園に手が出せないのかもしれない。
学園に通うのは皆成人前の子供ばかり。そんなうちから人間は取るに足らない奴だ、自分の方が偉いんだと教え込まれたらどうなるか、想像していないわけがないだろう。
恐らく賢者の狙いは人間の国への侵略。いや、もしかしたら人間以外の国も狙っているかもしれない。
今はゆっくりと思想を染め上げることで準備しているってところか。普通なら何代にも渡って成さなければならないようなことではあるが、長命であるエルフならそれも可能だ。
まったく、恐ろしいことを考えるものだ。
「今、ローゼリア森国を指揮している賢者の名前はわかりますか?」
「確か、エルマセイル様だったかと思います。雷帝とも呼ばれていますね」
エルマセイル、恐らくそれが今回の黒幕の名だ。
対抗試合に勝つためにちまちまと嫌がらせをしているとだけ言うとただの嫌な奴で終わるけど、それを何代にも渡ってやると考えれば話は別だ。
今のうちに考えを正しておかないと、他種族に対して常に傲慢であり続ける何とも面倒くさい種族が生まれることになる。しかも、魔法の腕はかなりのものだから迂闊に逆らうこともできなくなるだろう。
今のうちに正さなければならない。人間のためにも、エルフのためにも。
「……わかりました。ありがとうございます」
「お役に立てたかしら?」
「はい、十分に」
【鑑定妨害】や呪いを付与したのは恐らく奴だろう。もし訴えるならそのエルマセイルという人になるんだろうけど、長よりも権限が強いとなるとローゼリア森国では裁けない可能性もある。
いや、さぼっていたらすぐに追い落とされるとも言っていたし、賢者にふさわしいかどうかを見定める機関のようなものはあるのかもしれない。
ともかく、絶対に捕まえなければならない危険人物だ。場合によっては、対抗試合が終わった後にローゼリア森国に殴り込みに行く必要も出てくるかもしれない。
いや、そこまでやる必要があるかどうかはわからないけど、今すぐには問題ないとはいえ、数十年、数百年後には人間を脅かす存在になるかもしれないのだ。私は竜ではあるけれど、人間としての記憶がある、出来ることなら人間は助けたい。人間だけが上に立つ世界は見たくはないけど、エルフだけが上に立つ世界もまた見たくないのだ。
「ハク、これからどうする?」
「ひとまず、今日の襲撃を凌いだら普通に対抗試合をやろう。それで、もし黒幕が出てくるようなら捕まえて罪を自白させる。後は、国に任せようかと」
一国を巻き込んでいる以上、私だけでは荷が重い。仮にうまい具合に捕まえることが出来、自白を引き出せたとしても、だからと言ってローゼリア森国は納得しないだろう。仮にも賢者なのだから。
だから、何とかするには同じ国の力が必要になる。あるいは、別の賢者に事情を説明して裁いてもらう必要がある。
幸いアリスさんはまともなようだったし、父親である長もまだまともである可能性が高い。賢者の不正が明らかになれば、動いてくれる可能性はあるだろう。
どういう風に収まるかは国次第だ。もちろん、私も動けるだけ動くつもりだけどね。
「とりあえず、今日はもう寝ようか。明日は早いし」
今のところは相手の出方を窺うしかない。色々考えるのはその後でいいだろう。
私達は部屋へと戻り、寝る準備を始めた。
夜、皆が寝静まった時間。寝ている私の耳にかちゃんとドアを開ける音が聞こえてきた。
どうやら本当に襲撃が来たらしい。昨日と変わらずご苦労なことだ。
すぐに目を覚ました私は即座に探知魔法を発動する。
どうやら相手は一人のようだ。下手人は足音もなく忍び寄り、私の事を見やった後静かに梯子を上り始めた。
どうやら狙いはサリアらしい。恐らく、私のことは吸魔の腕輪で封じたと思っているのだろう。念のためにサリアもってところか。
だけど、そんなこと私が許すはずもない。私は起きざまに闇色の鎖を出現させると下手人の足に巻き付かせた。
「ッ!?」
流石というべきか、いきなり足を掴まれてもなお声を上げることはなかった。しかし、振り払おうとしてバランスを崩し、そのまま床に落ちてくる。
私はその隙を見逃さず、容赦なく鎖でぐるぐる巻きにしてやった。
窓にはカーテンが閉められていて月明かりすら入ってこない暗闇の部屋。闇が濃いほど威力が増す闇魔法にとってはまさに独壇場ともいえる環境だ。
拘束はあっという間に完了し、私は静かにその傍らに立つ。
「さて、何をしようとしていたか知りませんが、どうせローゼリア魔法学園の手のものでしょう? 色々と吐いてもらいますよ」
「ちっ、起きてたのか。だが、甘いな」
下手人の周囲から闇色の剣が浮かび上がる。それらは一瞬にして私の下に到達し、その体を切り刻む……はずだった。
「なっ!?」
実際には私の身体に当たった瞬間に剣は粉々になって砕け散った。
暗殺者という職業は、その性質から闇魔法の使い手が多い。というのも、隠密魔法を使えるのは主に闇か光だからだ。
一応、やろうと思えば他の属性でも出来ないことはないが、それをするには新たに魔法を作らなくてはならないので、それをやるくらいなら初めから使える闇属性か光属性を選ぶだろう。
そして、隠れるという行動においては光よりも闇の方が優秀だ。探知魔法にすら引っかからないからね。
だから、私が闇魔法で拘束したように、向こうも闇魔法による反撃をすることが出来ると踏んでいた。だからこそ、常に防御魔法を張っていたし、いつでも迎撃できるように警戒もしていた。
そして、下手人の魔法では私の防御を突破できないことが今判明した。つまり、こうして拘束された時点で下手人に勝ち目はなくなったというわけだ。
「甘いのはどっちでしょうね? 私が何の対策もしてないと思いましたか?」
「馬鹿な、貴様は魔法が使えないはず……」
「あれくらいで無力化できると思ったら大間違いですよ。テトさんを見ていなかったんですか?」
「くっ、あれは貴様の仕業だったか……」
呪いを短時間で解くことが出来たという時点で何か裏があると考えるべきだった。それをたまたまや偶然で片づけた時点で考えが甘いと言わざるを得ない。
さて、とりあえず物色してみようか。何か証拠を持っているかもしれないし。
「……あったのはナイフに防御魔道具くらいか。まあ、このマントは証拠になりそうだけど」
暗殺者らしいと言えばそうだが、ほとんど何も持っていなかった。
証拠を残さないように徹底したというべきかもしれないが、それにしてはこのマントはどうやらローゼリア森国製のようだ。あの国のシンボルが刻まれているし、【鑑定】で見る限り製作者もエルフっぽい。
まあ、たまたまその国の製品だったと言い張れるかもしれないけど、この場合はそれでは通用しないだろう。タイミング的に見て関与しているのは確実だ。
「あなた達はどれくらいの組織なんです? 構成員はみんなエルフですか?」
「答えるわけがないだろう」
「そうですか。まあ、大体想像は付きますからいいですけどね」
恐らく口は割らないだろうとは思っていたから別に期待はしていない。
着ていたマントがローゼリア製で、且つ下手人がエルフだったと考えれば状況証拠としては十分だろう。
一応隠蔽魔法で耳は隠しているようだが、私には通用しない。魔力の流れを見れば隠していることは丸わかりだ。
「さて、こいつどうしようかな」
防御できるとはいえ、流石にこいつをこのままにして寝るのはいささか不安が残る。たとえ口を塞いだとしても無詠唱ができる可能性もあるし、油断はできない。
気絶させたとしても、途中で起きる可能性もあるしなぁ。面倒なことになった。
「……あ、そうだ」
ちらりとベッドの方を見た時、身じろぎをしたサリアを見てふと思いついた。
ちょうどいい拘束法があるじゃないかと。
そのためにはサリアには一度起きてもらわなければならないが、どちらにしてもこいつがいたままでは安心して眠ることはできないのだ、起こす気はなかったけど仕方ないと諦めよう。
私は少し悪いと思いつつも、サリアを起こすために肩をゆすった。
感想ありがとうございます。