第三百十一話:腕輪の利用方法
遅くなりなました。すいません。
夕食を済ませ、寮母であるアリステリアさんの姿を探す。
いつも朝学園に行く時に見送ってくれたり、外で掃き掃除をしている姿が印象的だから多分寮にはいるんだろうけど、果たしてどこにいることやら。
夕食時に食堂であまり見かけたことがないから恐らく時間をずらして食べているか、部屋で食べているんだと思うけど、こうして探そうとするときには少し面倒だ。
まあ、とりあえず部屋に行ってみよう。そう思って一階にある彼女の部屋へと向かおうとした時、不意に曲がり角からアリステリアさんが現れた。
「わっ!」
「あら、ハクさんにサリアさん。こんばんは」
部屋に行くことしか考えてなかったので不意に遭遇に少し驚いてしまい、変な声を上げてしまった。
アリステリアさん。この女子寮の寮母で長い白い髪が特徴的なエルフだ。
年齢は聞いたことがないけど、聞くところによると結構昔からオルフェス魔法学園に勤めているらしい。エルフは100歳で成人らしいから、成人してから出てきたとなると少なくとも100歳は超えている事になる。
まあ、年齢のことは今はいい。向こうから会いに来てくれたのだし、早速聞いてみることにしよう。
「こんばんは。アリステリアさん、実は少し聞きたいことがありまして」
「あら、何でしょう? 私の知っていることであれば何でも聞いてくださいな」
「では……サキトクレストという人物を知っていますか?」
聞いた瞬間、アリステリアさんの顔がわずかにひきつった。しかし、瞬きのうちにすぐにいつもの柔和な笑みに変わり、静かな口調で語り始めた。
「サキト、懐かしい名前ですね。ええ、知っていますよ」
「ど、どんな人なんですか?」
「そうですねぇ、幼馴染と言ったところでしょうか」
アリステリアさんとサキトクレストさんは同じ集落で生まれたらしい。その頃はまだローゼリア森国などという国はなく、エルフ達はいくつかの集落に分かれて人気の少ない森の中で静かに暮らしていたのだとか。
多くのエルフと同じように魔法を覚え、弓を覚え、そこから狩りの仕方や薬草の採取法、精霊との接し方など様々なことを教わりながらすくすくと成長していった。
しかし、サキトクレストさんはある日森の中で魔物に荒らされた冒険者の遺体を見つけ、そこで見つけた魔道具を手にしたことで変わっていくことになる。
当時、魔道具というものはエルフの中では存在せず、せいぜい魔石をそのまま使って明りや火を確保する程度だった。そんな中、同等の魔石をそのまま使った場合よりも遥かに高い効率を叩き出す魔道具は異質だった。
サキトクレストさんはすっかり魔道具の魅力に取りつかれ、独自に魔道具の制作方法を確立。たった数年で、エルフの里に魔道具の概念を普及させていったのだという。
「集落の人はみんなサキトのことを称えていたわ。でも、他の集落からしたらそうではなかったみたいでね」
サキトクレストさんがいた集落は魔道具を手に入れたことによって生活の質が遥かに向上し、それに貢献したサキトクレストさんは称えられた。しかし、それは他の集落との差が大きく開くことを意味する。
もちろん、サキトクレストさんはできうる範囲内で多くの集落に魔道具を広めていった。しかし、エルフの集落は険しい森の中にあるため、そもそも移動するのが厳しい。そうなると、必然的にいけない集落も出てきてしまう。
エルフは比較的仲間意識が強い。だからこそ、そうした恩恵を受けられなかった集落にとっては裏切りとも取れる行為となってしまった。
結果、それらの集落はサキトクレストさんを奪おうとして内紛が勃発した。
一部の例外を除けば最も魔法の扱いに長けている種族というだけあって、その戦いは苛烈を極め、多くの森とエルフ達が命を散らしていくことになった。
サキトクレストさんはそのことに大きな責任を感じたらしい。自分が魔道具なんて作らなければこんな争いは起きなかった。自分さえいなければと激しい後悔に苛まれたらしい。
「そして、サキトはその責任を取るために滝に身を投げて命を絶ってしまいました。その時まだサキトは71歳。成人も迎えていない子供が命を絶ってしまったこと、そして、自らの過ちのせいで魔道具の製作法を失伝してしまったことを反省し、争いは収まりました」
「そんなことが……」
便利な道具を作り出してしまったがためにそれが原因で争いがおこる。なんとも悲しい話だ。
聞いた限りでは、とてもこんな魔道具を作るような人には聞こえないけど……。そもそも、すでに亡くなっているなら現在の問題に手を出してこれるはずもない。となると、【鑑定妨害】や呪いを付与したのは別の人物ってことかな。
「でも、どうして彼の事を? 私達エルフの間では有名ですけど、誰かに聞きましたか?」
「実は、この魔道具の制作者がサキトクレストさんらしいことを突き止めまして」
私は外した魔道具を見せる。
今現在は呪いは解除され、ただ魔力を吸い取るだけの魔道具と化しているけど、そうだとしても何のためにこんなものを作ったのだろうか。
製作者がすでに亡くなっている以上、これはかなり昔に作られたものってことになるけど、その時には有用だったのかな?
「これは、吸魔の腕輪ですね。魔力暴走の治療を目的に開発したと聞いたことがあります」
「魔力暴走、ですか」
魔力暴走とは、体内にある魔力が何らかの理由で乱れ、その結果体に変調をきたす症状の事である。
大抵の場合、発熱や体のだるさなどの軽い風邪のような症状なことが多いが、酷くなってくると体に裂傷ができ始めたりちょっとしたことで魔法が暴発したりと危険な状態になることもある。
私も一回似たようなことになったことがあるが、あれは結構辛いものだ。
治癒手段は体の魔力の乱れを治すこと、あるいは魔力をすべて使い果たしてしまえば収まることがある。
普通、後者の場合は余計な被害が出てしまうのであまり推奨されないが、なるほど、そこでこの腕輪の出番というわけか。
魔法を発動しようとしても腕輪が魔力を吸ってしまうから魔法が発動しない。でも、魔力自体は消費されている。つまり、魔法を使い続けようとすれば必然的に体の魔力がなくなり、魔力枯渇状態になって意識を失う。
後は目が覚めれば魔力の乱れも収まり、魔力暴走は完治するというわけだ。
ローゼリア森国ができるよりも前となると結構昔だろう。その時点でこれほどの魔道具を開発したとなれば天才と言ってもいいかもしれない。
当時の魔道具なんてせいぜい光の魔石を使ったランタンくらいしか有用なものはなかっただろうし、そこから自力でこれを導き出したと考えればかなり頭がいいだろう。
これ、死なせてしまったのはかなりの損失だっただろうな。生きていれば、優秀な魔道具職人としてエルフの国も発展させられたかもしれないのに。
「それはどこで? サキトの作品は集落で大切に保管されているはずですけど」
「ローゼリア魔法学園の教師に押し付けられました。おかげで第二試合は魔法が使えませんでしたよ」
「まあ、そんなことをされたのね。困った人達ですこと」
口調こそ穏やかではあるが、その目は笑っていなかった。見る人が見れば明らかに怒っていることがわかるだろう。
アリステリアさんは幼馴染と言っていたけど、きっともう少し親しい間柄だったんだろうな。もしかしたら、兄妹のような関係だったのかもしれない。
そんな彼の作品が今や悪用されている。そりゃ怒るわけだ。
「大切に保管されているってことは、容易には持ち出せないってことですよね? これを持ち出せる人に心当たりはありますか?」
「そうですねぇ、持ち出せるとしたら集落の長かローゼリア森国の長、それに賢者様くらいかしら」
「ローゼリア森国が持ち出せるんですか。なぜ」
「あの国は私がいた集落からできたものですから」
「なるほど」
サキトクレストさんと同じように、変わり者のエルフがいたってわけか。
ローゼリア森国の長というとアリスさんのお父さんということになるけど、それよりも気になるのは賢者の存在。
なんだかどうにも胡散臭い雰囲気がするけど、一体どういう存在なのだろうか。もう少し踏み込んでみることにしよう。
感想ありがとうございます。




