第三百十話:呪いの装備の製作者
寮の部屋に戻り、腕につけられた魔道具を慎重に外していく。
面倒ではあるが、流石にこのまま放置していたら明日の朝には壊れてしまうだろうし、そろそろ外しておかないとまずい。
どうせ今日の夜も襲撃があるだろうし、魔法が使えないと面倒だしね。
魔道具にかけられている呪いが外すのを拒んでいるが、すでに呪いの文様は解析済み。後は少しずつ剥がしていけばなんとかなる。
というか、呪いも元を辿れば魔法の一種であることに気が付いたのだ。
呪いに用いられる文様は魔法で言うところの魔法陣。描かれている文字や構成は違うけど、ちょっと見方を変えれば似たようなものだとわかる。一種の刻印魔法のようなものだ。
違うのは、皆一様に契約を迫っているということ。魔法は魔法陣次第でいろんなことが出来るが、呪いは逆にいろんなことをできなくさせる。ある意味妨害系の魔法と言えるかもしれない。
だから、その契約を有効にしている部分の文様を削ってやれば呪いは効力を失う。まあ、この方法は道具に文様が刻まれているからできる芸当であって、肌に直接刻み込まれた場合は難しいけどね。
呪いの文様が描かれた腕を切り落とすとかすれば呪いは解けるかもしれないけど、それは流石にやりたくないし。
「さて、取れた」
なるべく元の形を残して文様を削り取っていき、ようやく外すことに成功する。
魔石の魔力はすでに九割を超えているだろうか。下手したら明日を待たずに壊れてたかもね。
「なあハク、ほんとに大丈夫なのか?」
今部屋には私の他にはサリアしかいない。エルとアリアはテトさんとアッドさんの護衛に行かせてしまった。
まあ、問題はないだろう。あの二人なら実力的にも信用できるし、私は私で身を守るくらいならできる。
そうだ、防御魔法を張っておかないと。その気になれば完全に侵入を防ぐこともできるけど、少し相手の手駒を見てみたい。昨日は入ってこなかったし、ちょうどいい機会だ。
「大丈夫だよ。お姉ちゃんがついてるし、それにみんなそんなに弱くないでしょ?」
「それはそうだけどさ」
私がサリアに魔法を教えているように、友達であるシルヴィアさん達にも魔法を教えている。まあ、向こうはサリアと違ってあまり覚えきれないみたいだけど、改良した魔法陣を使用しているから一つ使えるだけでもそれなりの防衛手段にはなるはずだ。
仮に人質にするために襲撃されたとしても身を守ることくらいできるはず。それに、最悪それが叶わず捕まってしまっても、すぐに殺されることはないだろう。人質なんだから。
猶予があるならお姉ちゃん達冒険者が見つけ出してくれる。最初から敵がわかっているならそこまで苦労はしないはずだ。
「それより、次の試合の方が心配だな」
「結局どこのダンジョンに行くのかわかってないのか?」
「そうみたいだね。でも、明日の早朝に馬車で移動するみたいだから少なくとも王都のダンジョンじゃないみたい」
第三試合であるダンジョン探索はその性質から観客がついてこない。ついていったところでダンジョン内の様子を見れるわけではないからだ。
一応、ダンジョン内に入る教師達からの報告を通信魔法で聞いて、それを逐一実況する形になるらしいが、まあ実際に見れない以上はそこまで盛り上がるはずもない。移動にも時間がかかるし、山場は第二試合までということだ。
まあ、元々対抗試合は生徒同士の交流と成長のためのイベントのため、一般人が立ち入るのはそもそもおかしいんだけどね。
さて、ダンジョンと言えば予想ではヴァレスティン領のダンジョンではないかと言われているようだが、果たしてどうなることだろう。
もしそのダンジョンなら、初めて見る森系のダンジョンらしいので少し興味がある。普通の森とどう違うんだろう? 楽しみだね。
まあ、どうせ邪魔されるだろうからあんまり期待しすぎるのもよくないんだけど。
「移動中に仕掛けてくるとかないか?」
「うーん、ないんじゃないかな。日程が遅れるのは向こうとしても面倒だろうし」
向こうが狙っているのはあくまでも対抗試合での勝利だ。
道中はもちろん護衛が付くし、そもそも向こうも同じように移動するのだから、そこに襲撃をかけたら巻き添えを食ってしまう。
私達に怪我でもさせれば御の字だろうけど、こちらだけ一方的に怪我をして向こうが怪我をしなかったら不自然だろうし、偶然を装ったとしても怪我をしたなら回復するまで待ってから勝負をするだけなので無意味だ。
それならさっさとダンジョンに入って監視の目を掻い潜って中で事を済ませた方が楽に決まってる。
「襲撃してくるとしたら今日しかないね。今日もあんまり寝れそうにないなぁ」
「僕も起きてようか?」
「いや、サリアは寝てていいよ。私は大丈夫だから」
私は寝なくてもなんとかなるけど、サリアは寝なかったら疲れるだろう。
馬車旅をしなくちゃならないし、ゆっくり休んでおくことに越したことはない。
まあ、いざとなったら起こすけどね。
「それにしても、これ誰が作ったのかな」
私は外した魔道具を見る。【鑑定妨害】によって製作者も魔道具の名前も見ることはできないけど、恐らくエルフが作ったであろうことはわかる。
うーん、看破魔法で何とかできないかな。
私は早速魔道具に看破魔法をかけてみる。しかし、その後【鑑定】し直しても結果は変わらなかった。
「流石にそんな簡単にはいかないか」
他の人には見えない呪いの文様すら暴く看破魔法ではあるけど、かけた術者の実力が高いのかかなり厳重にプロテクトがかかっているようだ。
こうなると、もっと強力な魔法でないと無理だろう。少し試してみるか……。
「看破に探知、それに隠蔽、これを組み合わせて……」
光魔法と風魔法の融合。光属性で突破できずとも、他の属性なら突破できるかもしれないという希望と、隠蔽魔法を組み合わせることによって隠蔽に対する解析特攻を付与。
流石に三つもの魔法を組み合わせるとなると魔法陣の文字も膨大になってしまうが、そこはいつもの削減と二重魔法陣で補うことにする。
看破魔法を使う時点でだいぶ枠を取られるけど、幸い他二つはそこまで消費が大きいわけでもないのですぐに収めることが出来た。
そうして魔法陣と格闘すること数時間ほど、外はすっかり暗くなってしまったけれど、ようやく目当ての魔法陣が完成した。
「出来た。それじゃさっそく」
私は早速できた魔法を使って魔道具を解析する。すると、先程まで伏字だった内容がうっすらと見えてきた。
名称:吸魔の腕輪(呪) 製作者:サキトクレスト
ふむふむ、まあ名称は予想通りだからいいとして、サキトクレストさんね。
名前の響きからして多分エルフだけど、聞いたことはない。
まあ、この人自身が【鑑定妨害】をかけたかどうかはわからないけど、少なくとも関係者ではあるだろう。
これは重要な手掛かりになりそうだ。
「ちょっと調べた方がいいかな」
出来ることなら調べておきたいが、気づけばすでに日は暮れており、夕食の時間となっている。
流石に今から調べに動くのは無理だろう。誰かエルフの知り合いでもいれば聞けたかもしれないが、知り合いと言える人なんてアリスさんくらいしかいないし、どこに泊まっているのかも知らないから聞きに行くことはできない。迷惑だろうし。
先生に聞くとしても、今の時間だとすでに帰ってしまってるだろうしなぁ。いるのは当直の先生と寮母のアリステリアさんくらい……ん? そういえばアリステリアさんってエルフでは?
「もしかしたら、知ってるかも?」
すっかり忘れていたが、寮母のアリステリアさんはエルフだ。まあ、彼女がローゼリア森国の関係者かと言われたらそれはわからないけど、同じエルフであるならもしかしたら何か知っているかもしれない。いつもこの寮にいるし、聞きに行くのは簡単だ。
「……夕食を食べたら聞きに行ってみますか」
聞いたところで何ができるというわけでもないけど、聞くくらいなら構わないだろう。
まあ、でもまずはご飯だ。いい時間であることもあって、とりあえず食堂へと向かうことにした。
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