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第三十一話:姉の噂

 第二章開始です。

 いつも通りにシャーリーさんに依頼を見繕ってもらっている時の事だった。

 昼だろうが夜だろうが冒険者で溢れ返っている酒場。そこでは常にいろんな情報が飛び交っている。

 最近現れた小さな女の子の冒険者が【ストレージ】持ちだとか、獲物の首をすっぱりと斬ることから首狩り姫と呼ばれる冒険者がいるだとか、先日の討伐依頼でオーガが出てきたとか色々。

 首狩り姫とかこわ。そんな異名付けられる人がちょっと可哀そう。私の話題もちょくちょく上がるけど、今は少し落ち着いてきたかな?

 まあ、それはいいんだ。いつもなら頭の片隅に置くくらいの気持ちで聞き流しているんだけど、今日はその中に聞き覚えのある単語があった。


「それでよぉ、そのサフィっていう冒険者が闘技大会に出るって言うんだよ」


 思わずその冒険者の方を振り返る。

 サフィは私の姉の名前だ。冒険者であり、すでに村を出ていたけど、よく村を訪れては私と遊んでくれた。

 とくんと心臓が跳ねる。もし、本当にお姉ちゃんのことだとしたら、そこに行けば会えるかもしれない。両親のことは嫌いだが、姉と兄は違う。

 私をとても可愛がってくれた。もし会えるのだとしたら、何としても会いたい。

 いても立ってもいられなくなって私はその冒険者に詳細の説明を求めた。

 急に話しかけた私に驚いたのか、目を丸くしていたが、私が急かすと色々と教えてくれた。

 サフィという冒険者が王都で開かれる闘技大会に出場するらしい。神速の異名を持つ冒険者で、大会の優勝候補なのだとか。

 異名の件については知らなかったが、特徴を聞くと、やはりお姉ちゃんの事のようだ。

 まさかこんなところでお姉ちゃんの情報が手に入るとは思わなかった。雑談でも耳を傾けていて正解だった。

 こうしちゃいられない、早く王都に向かわなければ!


「あの、王都行の馬車とかありませんか!?」


「お、おう……それならいくつかあるが、それに乗るくらいだったら護衛依頼でも探して受けた方が――」


「ありがとう!」


 聞き終わる前にさっと踵を返すとシャーリーさんの下に跳び帰る。

 飛びつくような勢いで戻ってきた私を見て、シャーリーさんは困惑したように首を傾げた。


「ええと、こちらの依頼でよろしいですか?」


「王都までの護衛依頼はありませんか!? なるべく早いやつです!」


「王都への護衛ですか? 少々お待ちください」


 いつもと違う様子の私に困惑している様子だったが、仕事はきっちりとしている。パラパラと書類を捲ると、一枚の依頼書を差し出した。


「ではこちらはどうでしょう。王都に向かう隊商の護衛です。報酬は一日当たり小金貨3枚。明日出発の予定なのですが、参加する予定の冒険者が急遽一人来られなくなったとのことで、代わりを募集しているのです」


「それでお願いします!」


「わかりました。……何か気になる噂でも聞きましたか?」


 手際よく手続きを進めるシャーリーさんの声を聞いて、ようやく私が注目を集めていることに気が付いた。

 普段なら上げないような大声で、しかも受付台に乗り上げるような形で食い気味に。私が子供の冒険者じゃなくても注目の的だ。

 一気に熱が冷めて受付台から降りる。ああ、恥ずかしい……。


「集合は明日の午前7時に東門の前です。遅れないようにしてくださいね」


「は、はい……」


「今日の分の依頼も受けていきますか?」


「い、いえ、いいです……」


 もう、一刻も早くこの場を離れたかった。突き刺さる視線が痛い。

 こんな時でもあまり動かない表情が恨めしい。いや、平静を装えているように見えて逆にいいのか? 全然反省していないようにも見えそうだけど……。

 足早にギルドを後にし、ぶらぶらと町に繰り出す。とりあえず、食料とか買っておいた方がいいよね?

 確か、リュークさんの時はロニールさんが食事を用意してたけど、そういうのって雇う人が用意するものなのだろうか。

 まあ、いらなかったとしても持ってて損するわけでもないし、買っておこう。

 商業都市と言うだけあって、商品に関してはより取り見取りだ。

 この世界の食べ物は前世と同じ名前でわかりやすい。元々同じなのか、それとも別の転生者が広めたのかは知らないけど、わかりやすくていいね。

 そういえば、あんまり考えたことなかったけど、私と同じような境遇の人っているのかな。捨てられたとかじゃなくて、前世の記憶を取り戻した的な意味で。

 今のところそういう話は聞かないけど、もしいるなら会ってみたいな。同じ境遇同士何か通じ合えるかもしれないし。

 それはともかく、とりあえず適当に食料を買い込んでおいた。肉に野菜、魚、それに調味料もいくつか。醤油とか味噌とか絶対手に入らないと思ったのにあったよ。なんでも、東の方にある大陸の国から仕入れたのだとか。

 【ストレージ】に入れておけば時間が進まないって相当便利だよね。冷蔵庫いらずだ。

 他には……水も必要だよね。後調理用のナイフとか。

 うーん、意外と買うもの多い?

 なにせ護衛依頼なんて初めてだ。見たことはあるけど、実際自分でやるとなると何を用意していいかわからない。

 護衛依頼の準備というよりは旅の準備っぽいけど、まあ、備えあれば患いなしともいうし、揃えておいて損はないか。


 とりあえず、必要そうなものをあらかた買っておいた。これだけあれば少しくらいなら旅をすることもできるだろう。

 買い物しているうちに結構時間が経ってしまった。またお昼食べ損なってるし。

 一応、余裕がある時はなるべく食べるようにしてるつもりなんだけどね。どうにも、別にいいかと思ってしまう。

 だってお昼くらい抜いたって別にそんなに困らないし。

 まあ、それはいいとして、あとやることあるかな? うーん、あ、そうだ、宿を引き払っておかないと。

 王都までは数日かかるだろうし、着いた後もお姉ちゃんを探すので滞在するつもりだからしばらくここには戻ってこないだろう。いない間も宿代を払い続けるのは意味がない。

 一か月分まとめて払っちゃってるんだよねぇ。払い戻しとかしてくれるんだろうか。

 まあ、してくれなくてもそろそろ一か月経つし、そこまでの痛手にはならないけど。

 一応、お世話になった人に挨拶くらいはしておこうかな。


 各所に挨拶を済ませ、宿に帰る頃にはすっかり暗くなっていた。

 リリーさんがなかなか見つからなかったんだよね。王都に行くことを話したら私も行くって言いだしたけど、護衛の枠は残り一人しかなかったし、お断りしておいた。

 というかリリーさん、別に王都に用事とかないよね? 私のことを心配してくれるのはありがたいけど、別に魔物討伐に行くわけじゃないんだから。


「そのサフィって人、どんな人なの?」


 部屋に戻ると、姿を現したアリアがそう尋ねてきた。


「私のお姉ちゃんだよ。小さい頃、村によく訪ねてきて、よく私と遊んでくれたんだ」


 私が子供の頃にはすでにお姉ちゃんは冒険者だった。

 その時の私はよく遊びに来てくれる優しいお姉さん程度の印象だったけど、親から姉だということを告げられ、将来はあの姉のようになるんだよとよく言われた気がする。

 姉の更に三つ上にもう一人兄がいて、たまに一緒に帰ってくることもあった。

 二人とも私の事をとても可愛がってくれて、村を去る時はいつも別れを惜しんでいた。

 村を出てからというもの、完全に音信不通となってしまっているけれど、今はどうしているんだろう。

 今回、そんな姉の情報が手に入って舞い上がっているのはそんな理由がある。

 親はもう信用できないけど、あの二人だったら信頼できるからね。家族と呼べるのはもうあの二人だけだ。


「へぇ。会えるといいね」


「うん!」


 ああ、本当に楽しみだ。まだ王都についてもいないのに心がうきうきしてくる。

 とりあえず今日はもう寝よう。明日も早いし。

 ベッドに入り毛布に包まったが、興奮してなかなか寝付けなかった。

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― 新着の感想 ―
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