第三百八話:次なる手は
「それにしてもハク、そんなにやばい連中なの?」
「まあ、少なくともまともな連中ではないね。こんなものまで使ってきたし」
「それって……うわ、呪いの装備ってやつ? 大丈夫なの?」
「うん、もう解析は済んでるからいつでも外せるよ」
今回の相手、すなわちローゼリア魔法学園の教師陣だが、アリスさんが言っていたエンゲルベルトって人以外にも手練れがついている可能性が高い。
アリスさんは実行役はエンゲルベルトさんだと言っていたが、それにしては探知魔法で見た魔力はそこまで多くなかった。
いや、人間と比べたらそれは多いけど、オルフェスの教師より少し多いくらいでそこまでの差はないように思える。あれではとてもじゃないけど【鑑定妨害】を使えるとは思えない。
呪いの件はもしかしたらあの人かもしれないけど、この魔道具を作ったのはあの人じゃないだろう。そもそも魔道具の作成は魔術師ではなく魔道具職人の領分だ。確かに作る過程で魔法が必要になる場面もあるが、どちらかというと技術力の方が優先される。
まあ、クラン先生のように魔道具の知識がある教師もいるけど、少なくとも【鑑定妨害】をかけたのはエンゲルベルトさんじゃないと思う。
【鑑定妨害】はレアというか、実力がものをいうスキル。だから少なくとも、それを使えるくらいの実力を持つ誰かが手を貸してるってことだ。
もしかしたら、学園がそんな雰囲気なのはその人が操っているからかもしれないね。
「流石ハクね。でも、そんなにやばいなら私達が捕まえようか? 捕まってた人達の証言もあるし、証拠は十分だと思うけど」
「多分、この場で学園側に文句言っても証言くらいじゃ認めないと思う。やるなら国に言わないと。国自体は悪くなさそうだし」
前世だって、たとえ証言があっても物的証拠がなければ言い逃れられる可能性があった。その上、この世界には監視カメラなどの犯罪の証拠を押さえるための道具がない。目撃者さえいなければ、完全犯罪なんて簡単だ。
だから、当事者にいくら言ったところで認めなければ罪に問えない以上言っても無駄。もっと上の権力ある人から強制的に捜査でもされなければ罪が明るみになることはないだろう。
「面倒ね。エルフってそんなに嫌味な奴らだったかな?」
「本当に一部だと思うけどね。本来のエルフは精霊信仰の排他的な種族って話だし」
元々は他の人との関わり合いを極力避ける温和な種族。権力などに意味はなく、皆一族の一員として平和に暮らしているような種族だったはずなのだ。
それが、下手に表に出てきたせいで権力を振りかざすことの旨味を覚え、他者に対して傲慢に振舞うようになった。
森に引きこもっていては技術は発展しない。だから表に出ていろんな国と交流を持とうという考えは素晴らしいものかもしれないけど、それについてきた者達がその思想を正しく理解していなかったというのが問題だったんだろう。
エルフはその種族柄魔力が豊富で、一部の例外を除けば魔法の扱いはどの種族よりも得意とされているからそれで調子に乗ってしまったのだろう。
すべてが腐っているわけではないのだが、何とも嘆かわしいことだ。
「それじゃあ、対抗試合が終わるまでは静観する感じ?」
「直接手を出して来たらもちろん捕まえるけど、対抗試合自体は潰れて欲しくないんだよね。今日の夜か、次の試合中に絶対何か仕掛けてくると思うけど、場合によってはそこで試合がなくなりそう」
「楽しみにしてたもんね。次はダンジョン探索でしょ? 私も護衛に回ることにしたから、ほどほどに楽しんでおいで」
「うん、ありがとうお姉ちゃん」
今日、昨日の夜と同じように何か仕掛けてくるなら払いのける程度でいいかもしれないけど、試合中に直接何か仕掛けてくるようなら最悪試合自体がなくなってしまう可能性がある。
現在試合は一対一で引き分けているが、模擬戦のポイントを考えると総合点では恐らくこちらが勝っている。ローゼリア側が勝つには最後の第三試合で普通に勝つだけでは足りず、圧倒的大差をつけて勝つ必要があるわけだ。
第三試合の方法は、ダンジョンを探索し、運営が用意した証を先に手にした方が勝ちというルール。それぞれのチームが証に到達するまでの時間差がそのまま勝者の得点となるため、いかに早く見つけるかがカギとなる。
ダンジョン内では監視役の教師と護衛の冒険者が常に巡回し、不正がないように見張る予定だが、まあダンジョンは広いから隠れて不正をすることはぶっちゃけ可能だ。
ここでいう不正は相手の妨害や第三者の介入など。まあ、向こうがやらないわけないよね。
見つかれば当然失格だが、やり慣れているであろう向こうがそんなへまをするとも思えない。絶対に何か起こると予想できる。
ちょっとした嫌がらせ程度なら別にいいけど、もし命にかかわるようなことをしてきたら、その時は本気で相手をしよう。
「それにしても、みんなは人気みたいだね?」
「人気というか、嫉妬かな? あるいは焦りとか」
第一試合で大立ち回りを演じ、第二試合も僅差で負けとなったが連携の取れたチーム。多くの観客はその姿に感銘を覚えたし、応援したいと思ってくれたことだろう。そんな彼らが私達に目を向けるのはまあ自然と言えば自然だ。
だけど、今お姉ちゃんが言ったのはそういうことではなく、どちらかというと監視に近い。
少なくとも、この周囲に六人ほどのが隠れているようだ。魔力量が多いから多分いずれもエルフ。そして何より、その一人は件のエンゲルベルトさんだった。
恐らく次の嫌がらせの手を考えているのだろう。今度は何をしてくるつもりなのかね。
「どうする? 捕まえてくる?」
「いや、いいよ。きたら私の方で何とかする。お姉ちゃんは私の友達を見ていて欲しいな」
「そう? それならそっちは任せるけど、危なくなったら助けにいくからね?」
「うん、ありがとう」
そう言ってお姉ちゃんは離れていった。
さて、相手にとって邪魔者は消えたわけだけど、来るかな?
いや、流石に五人揃っている状態だし、人目につかないとはいえこんな校庭のただ中で何かするはずもないか。
奴らは多分、私達がばらけるのを待っているんだと思う。もう少し様子見して、手を出してこないようだったら離れてみるか。
「失礼、君達はオルフェスの選抜メンバーか?」
そう思ってしばらく待ってみると、意外にも一人の男がやってきた。
例のエンゲルベルトさんだ。
てっきり離れるまで待つと思ってたんだけど、そのまま来たか。話しかけてきたってことは、何か唆す気なのかな?
私はこっそりみんなに警戒するように合図を出し、冷静に返答した。
「そうですけど、あなたは?」
「私はローゼリア魔法学園の教師をしている、エンゲルベルトという者だ」
「先生ですか。私はハクと言います」
その顔には若干皺が刻まれているものの、やはりエルフというべきか結構男前で、物腰も柔らかなことから初対面の印象としては「いい人」という印象を受ける。
アリスさんの前情報がなかったらコロッと騙されていたかもしれないね。
「実は君達に頼みたいことがあってね。聞いてもらえるか?」
「私達にできることなら」
私の答えに人のよさそうな笑みを浮かべながら私達の顔を一瞥すると、少し声色を落としてこう言った。
「明日の試合、負けてくれないか」