第三百六話:魔封じのブレスレット
「ハクちゃん、大丈夫なの?」
後衛にいたテトさんが話しかけてくる。サリアとアッドさんが妨害魔法で足止めをしている間、せっせと絵を描いていたようだったが、どうやら準備は終わったようだ。
宙には無数の動物を模した絵が描かれている。その数約20体。少ないように思えるけど、この短時間で描いたと考えれば十分多いだろう。
「少しめまいがするけど大丈夫です。ただ、あの矢には注意してください。毒が塗ってあります」
「毒!? で、でも対抗試合ですよ? なんで毒なんて……」
「まあ、十中八九向こうの仕業でしょうね。死んだら大ごとだから死なない程度の弱い毒かもしれませんが、戦闘中では致命的です」
私とエルが離脱している間、戦線はサリアとアッドさんによって保たれていた。
サリアは闇色の鎖でデビルアーチャーの動きを封じにかかり、そこにアッドさんが宝石魔法ででかいのをぶち当てていく。
しかし、デビルアーチャーの方もなかなか切れ者のようで、同じく闇魔法で対抗したり、隠密魔法で姿を消して攪乱したりと二人相手に互角以上に立ちまわっている。
実力的には同じくらいかデビルアーチャーが少し高いくらいだろうか。これ絶対Cランクの中でも上位だろう。捕まえるの苦労しただろうな。
「それと、私はどうやら魔法が使えなくされているようなので申し訳ありませんが囮程度しかできません」
「魔法が使えない? もしかして、呪いとか……」
「それはわかりません。なんか、魔力が消えちゃうんですよね」
試しにボール系魔法を使おうとして見るが、やはり魔法を構築した瞬間、その魔力がどこかに消えてしまう。
確か、魔法の中には相手の魔法を解除するという魔法もあった気がするが、あれはタイミングが難しい上に上級魔法だ。射程もそこまで長いわけではないし、少なくとも観客席からそれを使ったというわけではないだろう。
となると、何かで打ち消しているか、あるいは吸収しているか……そういえば、やたらと魔力が少ない魔石を使った魔道具を貰っていたな。
ちらりと左腕に着けた魔道具を見てみる。すると、さっきまで全然魔力がなかった魔石にかなりの魔力が溜まっていることがわかった。
「これか……」
試しに外そうとして見るが、外れない。これにも呪いがかかっているようだ。
ということは、あの教師は偽物か。ほんとにポンポン汚い手を使ってくれる。
だがまあ、理由がわかったのならこっちのものだ。見たところ、単純に魔石に魔力を吸収させているだけのようだし、魔石の許容量を超える魔力をぶつけてやれば壊れるだろう。
結構大振りの魔石が複数個使われているようだから、本気で魔法使っても少しは耐えちゃうかな? まあ、下手に強い魔法を使って大爆発じゃ困るし、これを外すのは後回しだ。
素直に戦闘に参加できないのは残念だけど、まだ楽しみは残っている。ここで勝っても負けてもどうせ最後に何か仕掛けてくるだろうし、その時にでも発散させてもらうことにしよう。
「テトさん、ちゃっちゃと追い込んじゃってください。エルが止めを刺します」
「あ、はい。じゃあ、いきますよ」
テトさんの合図によって宙に描かれた絵達がデビルアーチャーに向かって突進していく。
デビルアーチャーはもちろんそれに気づいたが、矢を放ったところで絵達はそれを軽々とすり抜けてしまう。どれだけ矢を放っても無意味だった。
回避しようにも、絵達は意思を持っているかのように追尾してくる。隠密魔法で隠れるが、フィールドを縦横無尽に駆け回る絵達の前には何の意味もない。
すぐに隠れ場所がなくなり、フィールドの隅へと追いやられた。
「エル、やっちゃって」
「了解です!」
追い込んだところをサリアが縛り、念のためにアッドさんが土の宝石で周囲を固め、容易に逃げられないように囲んでしまう。
もはやこれまでと悟ったのか、デビルアーチャーは最後の一撃とばかりにエルに向かって矢を放った。
「砕け散れ」
それに合わせ、エルが腕を無造作に振るう。すると、フィールドを冷気が駆け巡り、放たれた矢もろとも凍り付かせた。
氷漬けになったデビルアーチャー。その氷は数瞬後にはぴしりと亀裂が走り、粉々に砕け散った。中にいたデビルアーチャーもろとも。
「そ、そこまで!」
審判が試合終了の合図を出し観客の歓声が響き渡る。
即座に掲げられた幕を見てみると、タイムは18分10秒だった。
負けたか。まあ、毒矢を食らった衝撃で体勢を立て直すのが遅かったし仕方ないか。
むしろ、魔法が使えないことや毒矢というイレギュラーを考えれば十分早い方だろう。私達がいない間、足止めをしてくれたサリアやアッドさんはかなり仕事したと言える。
もちろん、追い込んだテトさんや止めを刺したエルもね。何もしてないのは私だけだ。
少し申し訳ないが、これは仕方ないだろう。この借りはきっちり返させてもらわないとね。
「ハク、大丈夫か!?」
「はい、大丈夫です。ご心配をおかけしました」
試合が終わった瞬間、アッドさんとサリアが駆けつけてくる。
そりゃ、絶対防ぐと思っていたのに普通に直撃食らって吹っ飛ばされたんだから心配にもなるだろう。特にアッドさんは目の前で胸を貫かれたのを見たわけだしね。
矢はかなりの勢いがあり、下手をすれば心臓に届いていたことだろう。私の体重が軽く、即座に吹っ飛ばされたからこそそこまで刺さらず致命傷を免れたと言った感じだ。
いくら多少の傷は大丈夫とは言っても、流石に致命傷を食らったらどうなるかわからない。いや、心臓に届いてなくても十分致命傷だったろうから多分大丈夫なんだろうけどさ、流石に試したくはないね。
傷自体はそこまで大きくなかったので、すでに治癒魔法で塞がっている。制服に穴開けちゃったのはまあ、仕方ない。予備を貰わないとなぁ。
「肝が冷えたぞ。しっかり防御しろ、お前ならそれくらい簡単だろ」
「はい、すいません」
この魔道具、付けているだけで装備者の魔力を吸い取って魔法を使えなくするみたいなんだけど、私の魔力が多すぎるせいかすでに魔石には八割くらいの魔力が溜まっている。
普通こういう系の呪いの魔道具って言うのは容易に壊れないようにできているから、本来ならこれに魔力をどこかに捨ててしまう機構がついているんだろうけど、これにはそんなものは見られなかった。
まあ、ついている魔石八つはどれもかなり大きく、並の魔術師なら数ヶ月は魔法が使えないくらいには容量があるみたいだからあえてつける必要はないと思ったんだろうけど、私なら余裕で容量を突破できる。これなら何もしなくても明日には壊れることだろう。
ただ、壊してしまうのはもったいない気がする。一応これは相手が残してくれた妨害の手がかりなわけだし、出来ることなら原形をとどめておきたい。
呪いだけ解いて、ちょっと解析してやれば外れるかな? 呪いの装備ということをアピールしなくちゃいけないから呪いの文様も少し残しておかないといけないし、意外と面倒くさそう。
まあ、最悪引きちぎればいいか。普通は無理だろうけど、竜の力があればそういう強引な手段も通じることだろう。呪いなんて強大な力の前では無意味だ。
「それじゃあ、戻りましょうか」
だいぶ早く終わってしまったため、午後から始まる交流会は少し前倒しになることだろう。
テトさんの呪いが機能していないことや、私が毒を受けてなお普通に歩けているという点で何かしら接触があるかもしれない。
出来ることならそこで何かしらの手がかりをつかんでおきたいところだね。
何かと心配してくれる皆に囲まれながら、私達は控室へと戻っていった。