第三百三話:魔物討伐戦
テトさんをあんな目に遭わせた犯人には後できっちりお返しをするとして、今は闘技場に急がなければならない。
時間までにメンバーが現れなかった場合は棄権扱いされてしまうからね。遅れるわけにはいかないのだ。
まあ、あんなことされた直後に何事もなく試合を続けろと言われているテトさんにとっては複雑な気分かもしれないけど、ここでテトさんが棄権するとなればそれこそ向こうの思うつぼだろう。
むしろ、妨害なんて無意味だとわからせてやるくらいの強気な姿勢の方がいいと思う。そして、出来れば対抗試合が終わるまでに証拠を掴んで、多くの観客の前で晒してやりたいところだ。
いや、晒すのはまずいかな? それだとアリスさんが色々と苦労してしまうかもしれない。国長の娘だし、最悪すべての責任を押し付けられる可能性もあるな。
うーん、やっぱりこっそり行った方がいいかも。とにかくまずは、証拠を掴まないとだね。
「さて、着いたね」
今日の予定ではあるが、まずはフィールドにて開始の宣言とどちらが先に戦うかを決める。そして、先攻から順に魔物を相手にし、討伐までにかかったタイムを競い合うというわけだ。
メンバーは五人一組になって戦うことになる。五対一になるわけだから楽かと思いきや、やはり対人戦と魔物相手は全く違い、ちゃんと協力し合わないと倒せない程度の強さを出してくる。
模擬戦が個々の強さを見極める戦いだったとすれば今回はチームとしての強さを見極める戦いってことだね。
さて、予想通りデビルアーチャーが来るか、それとも別のが来るか、楽しみだ。
「やっと来たか。遅いぞお前ら」
控室に行くと、すでにアッドさんが待っていた。
連絡がなかったから少し心配していたんだけど、この様子だと本当に特に何もされなかったらしい。
あれかな、宝石魔法って言うそこまで強くない魔法を使っていたから見逃されたのかな? 模擬戦の結果も負けだったし。
むしろ、狙われるべきはストレート勝ちしたエルか、一応神具にも勝利した私だと思うんだけど……、隙がないから仕掛けられないのかな? まあ、何もない方が楽だしそれでいいけど、相手の尻尾を掴むなら少しくらいは手を出してくれないと困るな。
まあ、魔物討伐が終わってもまだダンジョン探索があるし、まだチャンスはあるか。
「ちょっと色々ありまして。そちらは何もありませんでしたか?」
「例の襲撃って奴か? 何もなかったよ。……まさか、そっちには来たのか?」
「はい。テトさんが狙われました」
「マジかよ……。ほんとにあるんだな」
アッドさんにも襲撃の危険性については知らせていたけど、いまいち実感がわかなかったらしい。
まあ、嫌がらせをされていたとはいえ、アッドさんはその場面を実際に見たわけではない。魔法無効のローブも気づいていなかったようだしね。
だから、本当にそんなものが来るのかと疑っていたようだ。しかし、実際にはテトさんが襲われ、呪いをかけられた。
タイミング的にも、確実に向こうの仕業だろう。これで何の関係もない人の犯行だったら逆に驚くわ。
「何されたんだ? 大丈夫だったのか?」
「呪いを、かけられました……。でも、ハクちゃんが治してくれたので今は大丈夫です」
「呪いだと!? おいおい、それは流石にやりすぎだろ……」
呪いは一般的には禁止されているけど、昔は契約として普通に使われていた時代もあったらしい。だから、古くから続く魔術師の名門とかは呪いの事を知っている人もいる。
アッドさんの実家であるソーサラス家は名門らしいから、知っていてもおかしくはないか。
「……いや待て、治したって言ったか? ハク、お前浄化魔法まで使えるのか?」
「あー……まあ、そんなところです」
「嘘だろ!? 浄化魔法って言ったら、光属性の中でも最高位の魔法だぞ!?」
そうなのか……。一応一回だけ見たことはあるけど、解析できるほどじっくり見たわけじゃなかったから正直どんな魔法なのかは知らなかった。
最高位ってことは、上級魔法よりも上かな? でも、教会に行けば解いてくれるというのなら、すべての教会にそんな最高位の魔法を使える人がいることになるけど……。
あ、もしかして王都だからたまたまいただけで普通はいないのかな? だとしたら、結構運がよかったかもしれない。かなり高いお布施も最高位の魔法を使うと考えればわかるかも。
「優秀だ優秀だとは聞いていたが……まさか俺より、強い……?」
「アッドさん?」
「い、いやいや、そんなはずはない! 二年なんかに負けてなるものか!」
「?」
なんかぶつぶつ言っているけど、何してるんだろうか。
そんなに浄化魔法が珍しかったんだろうか。まあ、最高位って言うくらいだから珍しいんだろうけど、似たようなことだったら多分できるよね?
作ってみないことにはわからないけど、看破魔法と治癒魔法の魔法陣を組み合わせれば行けそうな気がしないでもない。まあ、看破魔法が割とコストが重いから二重魔法陣になりそうだけど。
また呪いをかけられるようなことがあったら考えてみるとしよう。魂に直接触れるのは何か危ない気もするし。
実際、さっきからテトさんは私の事をちらちらと見てそわそわと落ち着かない様子。息遣いも少し荒いし、無理をしているのではないかと心配になってしまう。
聞いても大丈夫としか答えないから信じるしかないけど、試合途中で倒れなきゃいいんだけどね。
「そ、それよりハク、早く宝石をよこせ」
「あ、私も筆が欲しいな」
「あ、そうでしたね」
預かっていたのをすっかり忘れていた。私はすぐにポーチから【ストレージ】を開き、それぞれに宝石と筆を渡す。
ちなみに宝石の在庫だが、結構余っている。昨日の試合、アッドさんは最初こそ景気よくばらまいていたが、途中から防戦一方になってしまって中々使う機会が訪れず、そのまま負けてしまったため思った以上に残ってしまっていた。
まあ、残っていること自体は別に悪いことでもないし、その分ここで多く使えるのはメリットだからいいんだけどね。ただ、あんまり袋に詰めすぎると取り出すのが大変そうだからそこだけ注意してほしいな。
「それで、ハクちゃん、アリーシャちゃん達のことは……」
「大丈夫。さっき来る途中に通信魔法でギルドには報告済みですよ。今回の対抗試合の警備には冒険者が多く起用されているので、うちの管轄だと張り切っていましたからすぐに動いてくれると思います」
人が多く集まる所には当然警備が必要になってくる。
一応、このイベントは国側が学園に要請しているものだから警備には城の騎士達が重用されているけど、騎士は割と貴重なのでそれだけでは当然足りない。なので、冒険者ギルドに警備の依頼を任せているのだ。
もちろん、今回の警備に当たる冒険者はみんなCランク以上の実績ある人ばかり。それも、事前にギルドが調査して品行方正に問題ない人選をしているので警備の冒険者が騒ぎを起こして問題になる、なんてケースになる可能性は少ない。
うちの管轄だとは言っていたけど、寮の警備は学園が雇った警備の人の仕事だから実際は管轄じゃないのは言わないでおこう。今回は例外だし、多分許されるはずだ。
コンコン。
そんなことを話していると、不意に控室の扉が叩かれた。
開始時間まで残り僅かだし、それを伝えに来た人かな?
はーい、と返事をしてから扉を開くと、そこには教師の制服を着た女性が立っていた。
「そろそろ時間となりますのでフィールドに集まってください」
「あ、はい」
やはり集合の合図だったか。
もう少しゆっくりしていたかったけど、お客さんも待っていることだし待たせるわけにはいかない。
軽く身だしなみを気にしながら、私達は準備を整えた。
「あ、それからハクさん、あなたにはこれを」
「? これは?」
そう言って先生が渡してきたのは妙な形の石が連なったブレスレットだった。
これは、魔道具? 常時発動の探知魔法から察すると、やたら魔力が少ない魔石を使っているようだが、いったいこれは何なのだろうか。
先生の方を見上げると、にこりと笑ってこう答えてきた。
「これはチームのリーダーである証です。観客にわかりやすいように両チームに着けるように言われています」
「なるほど」
いわゆる目印という奴か。私がリーダーかと言われたら微妙なところだけど、模擬戦で大将を務めたという意味では確かにリーダーかもしれない。
一応、本物のリーダーであるアッドさんに目線を向けてみたが、ゆるりと首を振って断ってきた。
私が付けていいってことらしい。なんで?
「着けていないと失格になりますので、くれぐれも忘れないようにしてくださいね」
「わかりました」
そんな厳しいのか。まあ、ちゃんとつけていれば問題ないわけだし、別に構わないか。
私はそっと左腕にブレスレットを嵌める。以前ヒック君がくれた貝殻のブレスレットと合わさって、割とごつい見た目になってしまったな。
そんなことを考えていた私は、にやりと口をゆがめる先生の顔に気付くことはできなかった。
感想、誤字報告ありがとうございます。