第三百二話:呪いの経路
あれからしばらくして、ようやく泣き止んだテトさんは恥ずかしそうに頬を赤らめながら私と対面していた。
まあ、テトさんはどっちかっていうとお姉さんキャラだし、子供みたいに泣きじゃくるのは恥ずかしかったんだろう。とっさに結界を張ったから周りには漏れていないだろうけど、私達に聞かれたのは仕方ないと諦めて欲しい。
「そ、その、ありがとうございます。治してくれて……」
「いえいえ、お役に立ててよかったです。それより、何があったんですか?」
私の探知を掻い潜って部屋に侵入するなんて相当な手練れだ。
確かに、闇魔法の隠密は探知魔法にも引っかからずに潜むことが出来るらしいけど、私の場合はそれすらも見破れるように改良を重ねている。だから、仮に隠密魔法で姿を消していたとしてもわかるはずなのだ。
そりゃ確かに三十分おきくらいにしか使えてなかったからその隙をつかれたと言われればそれまでだけど、あんな手の込んだ呪いを、しかも三つもかけるとなったら絶対に三十分じゃ足りないと思う。
一体どうやって忍び込んで、どうやって呪いをかけたのか、それがわからないことには安心して眠ることはできない。
「それが、よくわからなくて……朝起きたら声が出せなくなってて、ものを持つと手が震えて……パニックになって、とにかく誰かに知らせなきゃと思って走っていたら、ハクちゃんの部屋だったんです」
「なるほど。夜に何か聞こえたとか、そういうことは?」
「いえ、私も警戒していたつもりなんですけど、特には……」
状況からして、夜のうちに呪いをかけられたのは間違いなさそうだ。
テトさんの警戒のレベルがどれくらいかはわからないけど、流石に扉が開いたり窓が開いたりしたら気付くだろう。
それで気づかなかったとなると、警戒のレベルが低かったか、相手が相当うまかったかってことになる。
まずは侵入経路を知りたいね。
「なら、今からテトさんの部屋に行ってもいいですか? 何かわかるかもしれませんし」
「そう、ですね。わかりました」
魔法的なことをやっていたなら何か痕跡が残っているかもしれない。私達はテトさんの部屋へと移動した。
テトさんは六年生のため、私達がいる寮とは別の建物になる。まあ、造りは一緒なので校舎から近いか遠いかくらいの違いしかないが。
テトさんの部屋に行くと、多少家具や小物の違いはあれど、特に変わったものはない。私達の部屋と違うのは、ベッドが四つある四人部屋ってところだろうか。
「あれ、誰もいない……?」
四人部屋である以上、ここにはテトさんの他に三人の生徒がいるはずだ。しかし、部屋には誰もいなかった。
テトさんの慌てぶりからして、普通は心配して様子を見に来たりすると思うのだが、そう言った生徒とすれ違うことはなかったし、テトさんを放っておいて朝食を食べに行くとも考えにくい。
というか、四人部屋ということにも驚いた。だって、昨日の探知魔法ではテトさんの他には一人しか気配がなかったからてっきり二人しか住んでいないと思っていたから。
「他の住人はどうしたんですか?」
「えっと、昨日私が戻った時にはアリーシャちゃんしか居なくて、他の二人は宴会の片づけを手伝っているから遅くなると聞いたので先に休むことにしたんです」
「そのアリーシャさんは朝には?」
「……そういえばいませんでしたね」
ベッドの様子からして、その遅くなると言っていた生徒は戻ってきていないように思える。それに、朝になったら消えていた同室の生徒。これは、もしかすると……。
「つまり、そのアリーシャさんという人がテトさんに呪いをかけた人ってことですね」
「そ、そんな……」
エルが淡々というと、テトさんは愕然とした表情になっていた。
まあ、単純に考えればそうだろう。その生徒が他二人を何かしら理由を付けて遠ざけ、夜テトさんが寝た後で呪いをかけ、その後姿をくらました。そう考えるのが普通だ。
「アリーシャちゃんに限ってそんなことは! と、友達だったんですよ?」
「でも、状況から言ってそうとしか考えられないのでは?」
「それは、そうかもしれませんが……」
テトさんは俯いてしまう。
まあ、同室だけあって交流は多かっただろうし、友達だったのは間違いないだろう。
仮に選抜メンバーであるテトさんを嵌めるために以前から仕組まれていたことだとしたら、それはおかしい。なぜなら、テトさんが選抜メンバーになるなんてわからなかったのだから。
選抜メンバーが決まったのは対抗試合の一か月前。だが、アリーシャさんは一年の頃からの友達だという。そんな前から計画しているとは到底考えにくい。
となれば、アリーシャさんが唆されて裏切ったのか。脅されていたならばそれもあり得るかもしれない。
ただ、だとしてもアリーシャさん自身が呪いの掛け方を知っているのはおかしい。呪いは公には禁忌として使用を禁止されているのだから。一生徒であるアリーシャさんが知っているのはおかしいだろう。
いや、一応魔術師の名門とかなら知っていてもおかしくはないけど、アリーシャさんの家はそういうわけでもないみたいだし。
ならば、可能性としては一つ。
「多分、そのアリーシャさんは偽物だったんじゃないかと思います」
「偽物……?」
「はい。変身薬というのはご存知ですか?」
変身薬。魔法薬の一種であり、変身魔法を元に作られる、文字通り変身できる薬だ。
その対象は人に限らず、動物や物なども含まれる。変身した姿と本物を見分けるのは非常に難しく、黙っていれば見破られることはほぼないだろう。
ただ、普通の変身魔法はかなり使い勝手が悪い。変身中は常に魔力を消費し続けなくてはならないし、その魔力の量も結構多いことから、並の魔術師ならば十分も持てばいい方だと言われている。
その問題点を解決したのが変身薬で、これは飲めば一定時間の間は魔力の消費なしに変身し続けることが出来る。つまり、他人に化けることも簡単だというわけだ。
「つまり、その変身薬で誰かがアリーシャちゃんに成り代わっていたってことですか?」
「そういうことです」
元々この変身薬はミスティアさんが開発したものだ。
そもそもの話、変身魔法はとても稀有な魔法で、使える者はあまりいない。仮に使えたとしても、普通はその使い勝手の悪さに使うのを諦める。
どうにか改良しようとした人はいるかもしれないが、それを魔法薬に応用して変身時間を伸ばすなんて考える人はいなかっただろう。魔法薬はすでにかなりマイナーな分野だからね。
でも、それをやってくる人が現れた。
まさかミスティアさんが提供したというわけではないだろう。以前から犯罪に使われる可能性については考えていたけれど、実際にやられるとなるほど、面倒くさいな。
「じゃあ、本物のアリーシャちゃんは……」
「多分、どこかに監禁でもされてるんじゃないでしょうか。もしかしたら、他の二人も……」
「大変じゃないですか!」
元からテトさんのルームメイトについて調べていたのか、それともどこかで知ったのかはわからないけど、未だに二人が帰ってこないあたり、一緒に監禁されている可能性は高い。
相手がどれだけの人数で来ているのかわからない以上、どこに捕らわれているかを探すのは少し骨が折れそうだ。
先生に報告するにしても、今は対抗試合の運営で手一杯だろうし、動くのはかなり遅くなりそうな予感がする。最悪、冒険者に依頼して終わりという可能性もありそうだ。
まあ、少なくとも王都からは出ていないと思うから、人手がいれば解決はできそうだけど……私からも頼んでみて、人手を増やしてもらうしかないか。
「大丈夫、すぐに見つかりますよ。冒険者ギルドの方に頼んでみます」
「ギルドに? 先生ではなく?」
「先生方は多分手が足りないでしょうから。私はこれでもBランク冒険者ですので、言えばすぐに動いてくれると思いますよ」
スコールさんならその辺り寛容そうだし、何なら観客に見慣れた冒険者が何人か来ていたからそこに頼むのもいい。
お姉ちゃんにも悪いけど頼むつもりだし、お姉ちゃんが動くとなれば一緒に動いてくれる人も多いだろう。お姉ちゃんを筆頭に探してくれれば、すぐに手がかりは見つかるはずだ。
「私達は私達にできる方法で対抗していきましょう」
すでに朝食を食べるには遅い時間になっている。そろそろ闘技場に向かわなければ遅れてしまうだろう。
ちょっとした窃盗くらいなら見逃そうとも思っていたけど、流石に呪いまで使ってくるのなら看過できない。
こんなことをした相手には、ちゃんと仕返しして上げないとね。
感想ありがとうございます。