第三百一話:妨害の方法
翌日。意外にも懸念していた襲撃はなく、何事もなく朝を迎えることが出来た。
なんだか、凄い拍子抜けだなぁ……。
私は相手の事を過大評価しすぎていたのだろうか、絶対何か仕掛けてくると思ってたのに。
一応、夜中に何度も起きてその都度探知魔法を発動させていたが、アッドさんの部屋もテトさんの部屋も同室の生徒と思われる気配以外特に怪しいものはなく、防御魔法も破損していないから襲われた形跡もない。
もちろん、私達の部屋にも侵入者などなく、エルはずっと暇をしていたらしい。
私達の部屋はエルが起きていたのに気づいて入ってこなかった可能性もあるけど、他二人の部屋にもいかなかったってことはまだ攻める時ではないと思ったのか、それとも別の手で妨害しようと考えているのか。
別の手となると試合中に妨害してくるってところだろうか? だけど、場所は闘技場だし、周囲は観客でいっぱいになるだろうから表立って妨害を行うのは難しい気がするんだけど……。
魔物を差し替える、なんてできるわけないし、ありえそうな手としては何かしらの方法で魔物を暴走させるとか?
でも、あんまり暴走させすぎて騒ぎが大きくなりすぎれば対抗試合自体が中止になる可能性もあるし、あくまでも対抗試合で勝ちたいというならもうちょっと地味な手を考えてくる気がする。
うーん、何だろう。ちょっと思いつかないな。
「ふわぁ……ハク、おはよう」
「サリア、おはよう」
まあとにかく、まだ油断はできないが、何もしてこなかったのならいつも通りに振舞うしかない。
アリスさんの証言を先生に報告して調べてもらうというのも手だと思うけど、それだとアリスさんまで巻き込まれてしまいそうだし、最悪対抗試合自体が中止になる可能性もあるからやりたくない。やるならせめて、終わった後だね。
寝巻から制服に着替え、準備を整える。
ちなみに私の制服だが、案の定洗濯しても血の跡が消えなかったので、超速乾燥と合わせて新しく魔法を開発することになってしまった。
名づけるとしたら『クリーン』だろうか。汚れを分解して綺麗にする魔法。水魔法は得意だから意外と簡単にできた。
これ、旅をしていたらお風呂入れなくても服とかきれいにできるから便利そうだよね。身体にも使えるかな? 使えたら便利だな。
「ハクお嬢様、誰か来たようですよ」
エルがそう言うのと同時に、部屋の扉がどんどんと叩かれた。しかも、結構激しめに。
まさか刺客? いや、夜に来るならまだしも、朝になってからくるわけないから違うか。
とりあえず探知魔法を発動させてみると、知っている人だったので特に警戒もなく扉を開ける。
「……!」
そこにいたのはテトさんだった。なんだかすごく血相を変えて焦っているようだけど、なぜか口をパクパクさせるばかりで肝心の言葉が聞こえてこない。
ふざけている? ……訳ないよね。こんな必死だし。
「テトさん? どうしたんですか?」
「……!」
テトさんは必死に口元を指さしたり腕を見せて来たりと色々やっているが、やはり言葉にはなっていない。
いったいどういうことだろう? 喉が枯れた、とかじゃないよね?
「……ハクお嬢様、看破魔法を使った方がよろしいかと」
「看破魔法? わかった、やってみる」
看破魔法は相手の隠密を見破ったり隠されたものを暴いたりする魔法だ。使いどころは限定されるが、その場面ではかなり強力な魔法となる。
私はエルに言われるがままに看破魔法をテトさんに使う。すると、テトさんが声もなく慌てている理由がようやくわかった。
「これって……呪い?」
テトさんの喉と両腕の甲の部分、そこに青黒い色で歪な文様が描かれている。
ところどころ形は違うが、これには見覚えがあった。そう、以前サクさんを助けるために闘技大会に参加した時、例の組織につけられた呪い。それとかなり酷似している。
呪いとは、ある特定の行動を縛る力がある一種の契約のようなものだ。
例えば、犯罪奴隷などが付けさせられる『隷属の首輪』という魔道具。あれはこの呪いを応用していて、奴隷が主人の命令を聞くようにするためのものだ。
もちろん、今使用されている隷属の首輪はある程度理不尽な命令に対しては対抗できるし、主人も奴隷を大切に扱うように言われているが、以前はそれこそ主人の命令は絶対で、死ねと言われたら死ななくてはならないというほど強いものだったらしい。
呪いもそんな強力な魔道具と同じように、様々な行動を縛ることが出来る。私の場合は一部の事を喋れなくなる呪いだったね。
正確には喋れなくなるではなく、喋ったら死の危険がある痛みが伴うって感じだったけど、まあ似たようなものだろう。
で、テトさんがかけられているのは恐らくそれの強化版。完全に言葉を封じられてしまっている。
魔術師にとって言葉が喋れないというのは致命的で、詠唱を使った魔法が一切放てなくなってしまう。だから、普通の魔術師にこんな呪いをかけたら当然無力化されてしまうだろう。
そして何より、テトさんの場合はそれだけではない。
「……! ……!」
筆談ならできるかと思ってペンを持たせてみたが、持った瞬間手がありえないくらい震えてすぐに取り落としてしまった。
恐らく、物を持てなくされてしまっているのだろう。寝巻のままだったのは慌てていたせいもあるだろうが、着替えられなかったというのもありそうだ。
テトさんの武器は筆を使って宙に絵を描くこと。当然、筆が持てなければ絵を描くことなんてできなくなるし、完全に無力化されたと言っていいだろう。何とも手の込んだことだ。
「こんな呪い、一体いつの間に……」
私の時はほんの一瞬で呪いを刻まれたけど、ここまで完璧に封じてきたってことは結構な時間がかかったはずだ。
私は何度も夜中に探知魔法で確認していたが、同室の生徒以外はテトさんの部屋に入った者はいなかった。昨日寮に帰っていく時は普通に話していたから、呪いをかけられたのはその後。一体いつの間に……。
「とにかく、呪いを解かないとですね」
普通、呪いを解くには教会に行く必要がある。安くないお布施を支払って、浄化魔法という特別な魔法を使うことによって呪いを取り除くらしい。
ただ、お金の問題はともかく、結構時間がかかる。呪いの強度にもよるらしいけど、私の場合は半日ほどかかった。
テトさんの場合だと、私よりも強力な上に三つもあるし、恐らく丸一日やっても足りないんじゃないだろうか。
当然、そんなに待っていたら対抗試合には参加できない。やってくれるね。
「落ち着いて、テトさん。すぐに治しますから」
涙目になって震えているテトさんの肩を抱いて安心させつつ、呪いの文様が描かれている喉元に手を添える。
教会に行かなければ呪いは解けないとは言ったが、何も解く方法はそれだけではない。
というのも、呪いは一種の契約のようなものなのだ。契約は魔法とは違い、その者の魂に直接結びつきを作る。だから、防御魔法で防いだところで防ぐことはできなかったわけだ。
だが、内容的には魔法と似通っており、契約として縛っている紐を千切ってやれば呪いはなくなる。魔法で言うなら、魔法陣をめちゃくちゃに破損させてやるってことだね。
まあ、もちろん普通はそんなことできない。目に見える魔法陣ならともかく、魂に直接結びついたものだ。普通なら触れることすらできない。
だから、私は自分の身体の特性を最大限生かすことにする。
「驚かずに、じっとしていてくださいね」
私がふぅと息を吐くと、手に力を籠める。すると、喉元に添えられていた手がずぶずぶと体の中にめり込んでいった。
テトさんがびくりと体を震わせる。不安そうな目で見ているが、私は今集中しているのでそれに応えることはできなかった。
私の身体は人間がベースではあるが、その本質は精霊だ。精霊は魔力生命体であり、魔力はほぼすべての物質を透過する。だから、一部を霊体化させることによって体の中に潜り込ませることが出来るのだ。
もちろん、ただ潜り込ませているわけではない。呪いの下を辿っていくことによって体の中心、核とも呼べる部分に到達する。目で見ているわけではないのでわからないが、直感的にこれがテトさんの魂だとわかった。
さて、後はこびりついている紐を丁寧に取り除いていけばいいだけだ。
「……!? ……!!」
魂に少し手が触れるたびにテトさんがびくびくと体を震わせてくる。痛みに耐えているのか、その表情はとても苦しそうだ。
……いや、どちらかというと苦し気というよりは気持ちよさそう? 魂に直接触れられると気持ちいいのだろうか。ちょっと試してみたくはあるけど、今は呪いを解くのが先だね。
「……!! ……んあぁぁっ!?」
しばらくいじくりまわし、丁寧に紐を千切ってやると、ちゃんと呪いは解けたらしい。テトさんの悲鳴にも近い声が部屋中に響き渡った。
手を引き抜くと、喉と腕にあった呪いの文様はなくなっていた。どうやらちゃんと解けたようだ。
「テトさん、喋れますか?」
「はぁはぁ……あ、ああ? しゃ、喋れる……よかったぁ……!」
テトさんはそのまま私に抱き着くと、ワンワンと声を上げて泣き始めた。
手も震えていないし、声もちゃんと出ている。どうやら大丈夫そうだ。
とはいえ、朝起きたら喋れなくなってて物も持てないなんて相当な恐怖だっただろう。いくら前世の記憶があって人生経験で言えば大人だったとしても、不安で不安で仕方なかったに違いない。
私はテトさんが泣き止むまでの間、ずっと背中をポンポンと叩いていた。
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