第二百九十九話:エルフの内情
こうして話してみると、アリストクロスさんは結構いい人だ。
言葉の端々にたまに高圧的な言葉が入ることもあるけど、それは国長の娘だと考えれば妥当なことだし、身分差を考えれば当然の事とも言える。
オルフェス魔法学園では生徒はみな平等というルールがあるけれど、ローゼリア森国の生徒までそうとは限らないしね。国長の娘というなら、それなりに偉い立場にあるのだし、そう考えればそこまで気にはならない。
それに私を真っ裸にしてしまったという負い目があるからか割と消極的だ。
最初に見せていた精霊云々やアルト王子云々も喉元過ぎればなんとやら、すっかり落ち着いている。
こうして話していると、たまにちょっとツンデレが入る普通のお嬢様だった。
「それにしても幸先が悪いですわ」
「模擬戦の事ですか?」
「ええ。私達ローゼリア魔法学園の生徒は圧勝することを求められていますの。人間など取るに足らない種族、魔法の質で圧倒的に勝るエルフが苦戦などしてはならないとね」
なるほど、そういう教えなのか。
今までの対抗試合は確かにローゼリア側がストレート勝ちしていたらしい。模擬戦はもちろん、魔物討伐もダンジョン探索も全部勝ちで、オルフェス側は手も足も出ない状況だったのだとか。
それからというもの、人間は取るに足らない種族であり、エルフの下位種族であると差別じみた発想が学園内に広まっていったのだとか。
まあ、そりゃ人間とエルフが魔法で戦ったら普通はエルフが勝つだろうね。今回は転生者のテトさんとか竜のエルとか色々とイレギュラーがあったからそうはならなかったけど。
「実際、魔法に関してだけなら私達エルフは人間の何倍も素養があると思っていますわ。まあ、あなたを見ているとその自信も少し揺らいでしまいますけど」
「いやいや、エルフは魔法に長けた種族ですし、自信もっていいと思いますよ?」
「そう? まあ、そんなわけでいつからかなんとしても勝つために学園側が色々と手を出してきたんです」
最初こそ、ちゃんと正々堂々と戦いそして圧勝してきた。だが、オルフェス側も負けて悔しくないはずはない。どうにかして勝つために、より深く魔法の知識を教え、その内エルフにあと一歩届くまでに育て上げ、なかなか拮抗するようになってきたのだとか。
だが、エルフ側はそれでは面白くない。人間はエルフの自尊心を満たすための道具であり、下手に力を付けて対抗してきてもらっては困る。
そこで考えたのが、様々な妨害。魔道具の買い占めや高級な魔道具の配布なんて序の口らしい。他にも様々な手を尽くして邪魔をしまくったらしい。しかも、表向きはそれを悟られず、向こうが勝手に自滅したと見せかけて。
その頃には、学園内でも人間はエルフの下位種族という考えが定着しており、妨害に関しても平然と受け入れるような体制が出来上がってしまっていたのだという。
なんとも悲しいことだ。
「それ、話しちゃっていいんですか?」
「ダメでしょうけど、私はそこまでして勝ちたいなどと思っていませんわ。ちゃんとしたルールの中で、正々堂々勝ってこそ、エルフは本物の魔術師を名乗れると思っています」
ルール内でなら使えるものは何でも使いますけどね、と笑った。
まあ確かに、魔法無効のローブも神杖テュールノヴァも別に反則ってわけではない。模擬戦において魔道具を始めとした道具の持ち込みは自由だし、武器等もあまり好まれないというだけで禁止というわけでもない。だから、好まれはしないだろうが別に反則ではないのだ。
「だから、予め忠告しておきます。ミスト、アルマ、フィルには注意しておきなさい。彼らは勝つためなら平然とルールを破る荒くれ者ですわ。特にフィルは要注意です」
選抜メンバーの男はみんな信用ならないってことか。
フィルノルドさんはともかく、他の二人はそこまで反則気味ではないと思うんだけど、そうでもないらしい。
「それから、エンゲルベルトという教師にも要注意ですわ」
「教師ですか?」
「ええ。不正の大半はあの人が実行役のようですから」
例えば魔道具の買い占めもそのエンゲルベルトさんという人がやっているらしい。テトさんが目撃した魔道具を買い占めた男って言うのはこの人かもしれないね。
その他にも、生徒の私物を盗んだり、危険なものとすり替えたりと色々やっているらしい。
もう勝つためならなりふり構っていられないって感じだな。模擬戦の様子を見る限り、そんなことしなくても割といい勝負できそうなんだけどな。なんだかもったいない気がする。
「セラフィだけは私の味方ですから不正はしないでしょうが、他の人の不正を止めることはできません。だから、くれぐれも注意してくださいね」
「まあ、確かに学園の意向に逆らったら何されるかわかりませんもんね」
学園の教師だけでなく、生徒の大半もそういう思想に染まっているってことは、そこでそれは間違っていると言ったところで少数派として弾圧される未来が見える。
いくら国長の娘とはいえ、学園で孤立することになるのはまずいだろう。下手をしたら国を揺るがす事件に発展しかねない。
だから、表面上だけでも従っている姿勢を示す必要があるわけだ。何だか面倒くさいね。
「わかりました。気を付けておきます」
「迷惑をかけるけれど、頼みましたわ」
気を付けてと警告はしてくれたのはいいけど、不正は止められないし、なんか迷惑かけるけどどうにか頑張ってと言っているだけなのには気づいているのだろうか。
まあ、逆らったら身の危険があるわけだし、どうにもできないのは仕方がないか。明確に敵が誰なのかがわかっただけでも良しとしよう。
「おーい、ハク! 料理持ってきたぞ!」
「あ、うん、ありがとね」
そこにサリアがやってくる。両手に抱えきれないほどの料理を持って。
私の分も持ってきてくれたんだろうけど、そんなに食べれるかな……。
まあ、いざとなればサリアが食べてくれるだろうし、別に問題はないか。料理の乗った皿を受け取ると、お礼を言って頭を撫でる。
ふにゃりと笑うサリアの顔はとても可愛かった。
「それでは、私は失礼しますわね。明日、かどうかはわかりませんが、悔いが残らないように戦いましょう」
「はい。アリストクロスさんもお気をつけて」
「アリスでいいですわ。では」
そう言ってアリストクロス……アリスさんは去っていった。
本当なら一緒に食べてもよかったと思うんだけど、話を聞く限り私とあまり絡んでいると他のエルフからしたらあまり心象が良くないだろうし、さっさと離れるに限るのだろう。
交流会なのに全然交流しないのはどうかと思うが、まあ、これは双方の見解の違いがあるから仕方がないか。
「ところでサリア、遅かったけど何してたの?」
「ちょっとお話してた。セラフィだっけ? っていう人と」
セラフィ、ああ、セラフィクオリアさんか。
サリアの対戦相手だった人だが、アリスさん曰く味方らしい。
まあ確かに、一番礼儀正しかったし、一回大技を放ったもののそれ以外は特に危険な技も放ってこなかったからもしかしたらいい人のなのかもしれない。
「なんの話してたの?」
「なんか謝罪された。まだ本調子じゃないって言ったら回復魔法もかけてくれたし、結構いい人だったぞ」
ああ、そうか、光魔法の使い手だから回復魔法も使えるのか。
ちゃんと謝ってくるあたり、少なくともフィルノルドさんのような性格ではないらしい。少しほっとした。
「体は大丈夫そう?」
「おう! この通り元気だぞ!」
火傷が酷かったサリアの身体だが、治癒魔法が効いたのかすでに跡はほとんど見えなくなっている。
よかった、サリアみたいな可愛い子が一生ものの火傷を負うなんて可哀そうすぎるからね。食欲も旺盛のようだし、ほぼ完全復活と言ってもいいだろう。
これは明日には予定通り魔物討伐が行われるかな? 向こうの怪我の回復次第だけど。
魔物討伐、一体どんな魔物が出てくるのか。あわよくば調査結果が合っているといいなと思いつつ、食事を口に運んだ。
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