幕間:成長することを期待して
行商人ロニールの視点です。
ここ数日、俺は気が気ではなかった。
いつもならば商品を売り、新しい商品を仕入れて次の町に向かうところだが、今回はだいぶ長く滞在している。
というのも、次の町に向かうための道が封鎖されてしまい、出るに出られなかったという事情もあるのだが、本当に心配だったのは街道の道中で拾った少女の存在だった。
ボロボロの服に身を包んだ少女は最初は盗賊にでも襲われて逃げてきたのかと思ったほどだったが、事情を聞いてみれば両親に捨てられ、魔力溜まりに落ち、そこで一年以上過ごしていたというかなりぶっ飛んだ経歴の持ち主だった。
魔力溜まりで一年も生活するなんて尋常じゃない。頭痛や吐き気でまともに行動することもできないし、出来たとしても魔力溜まりに自生する植物はどれも魔力が濃すぎて人間の口には合わない。俺だったら一週間と持たずに生存を諦めるだろう。
少女――ハクが嘘を言っているという可能性もあるが、無表情ながらも言っていることは真剣味を帯びていてとても嘘をついているようには思えなかった。それに、仮に誇張表現だったとしても痩せ細り、怪我こそないもののボロボロの状態の姿を見て放っておけるほど非情にはなれなかった。
倫理的には助けるべきだったし、俺もその選択を間違いだったとは思わない。しかし、利益を優先する商人という観点から見れば見捨てるのが正解だっただろう。
両親に捨てられ、身寄りのない子供を保護したところで行商人に何ができるというのか。一緒に連れ歩けば足手纏いになることは目に見えているし、どこか孤児院などに預けるにしてもそれ相応の手続きが必要となる。そんなことをしている時間があるならば金勘定について考えた方が有意義というものだ。
拾った以上、ある程度の責任は取るつもりだった。一生面倒を見ることはできないだろうが、少なくともハクが独り立ちできるきっかけを作れるように努力するつもりだった。
だからこそ町に滞在している間はハクのことを常に注意していたし、手助けできることなら率先して手を貸した。
しかし、蓋を開けてみればハクは予想以上に優秀だった。
冒険者ギルドは10歳から登録することが出来る。ハクは明らかにその条件を満たしていなかったが、あまり深入りしないという暗黙の了解があるから年齢を偽れば入ること自体はできる。
しかし、10歳の冒険者が受けられる依頼などたかが知れている。常時依頼の薬草採取か、低級魔物の討伐か、あるいは町の雑用の手伝いか。いずれにしても賃金はあまりよくない。
なるべく安くて信頼が置ける宿屋を紹介したものの、オークを換金したお金だけではすぐに底を尽きてしまうと思われた。
だがハクはその依頼ですら完璧にこなし、普通の冒険者が稼ぐ以上の金額を叩き出してみせた。しかも連日だ。
挙句の果てにはポーションまで作成してしまう始末。どこで作り方を習ったのかは知らないが、それは大きな強みだ。あれなら町の薬師の見習いとしてもやっていけるだろう。
特段面倒を見なくても次々と生活の基盤を作り上げていくハクには舌を巻いた。
服に無頓着だったり、平然と森に入ったりすることには少し危機感を覚えるが、魔法が使えるハクならばある程度のことは大丈夫だろうという信頼もある。
だから、そんなハクがオーガに襲われたと聞いた時は肝を冷やした。まさか街道封鎖の話をしたらハクがそれに参加するとは思わなかったし、それにオーガが乱入してくるなんて考えもしなかった。
結果、ハクは重傷を負い、意識を失った。俺自身が依頼を出したわけではないが、参加するように焚きつけてしまったのは俺だ。ハクはとても賢いし、俺に恩義を感じてくれているのもわかる。だから、俺が困ってると聞いて助けたくなったんだろう。そうでなければFランク冒険者のハクがEランク以上が対象の依頼を無理に受けようとするはずがない。
とっくに仕入れは終わっていたし、あの様子ならば大丈夫と踏んでいたから封鎖が解除され次第出発するつもりだったが、俺のせいで怪我を負ってしまったハクを想うとそんな薄情なことはできなかった。
ギルド関係者でもないのでお見舞いに赴くこともできず、悶々とした日々を過ごしていたが、数日経ってハクが回復したと聞いた時は本当に安堵した。
最悪、ハクが冒険者として働けなくなっていたら引き取ることも考えていたが、意外にも傷一つなく完治しており、ハクの強さを改めて思い知った。
復帰した後はなんとCランクに昇格し、討伐依頼にも積極的に参加して着々と資金を増やしていっている。
これならもう、大丈夫だろう。名残惜しいが、俺は行商人だ。いつまでも同じ場所に留まっているわけにもいかない。最後の挨拶に行くと、自作したというポーションを貰ってしまった。
色々施していたつもりだったが、しっかりと恩を返されてしまった。本当に、子供とは思えないほど聡明な子だ。
「あの子ならきっと将来大物になるだろうな」
「違いないですね。今のうちにコネを作っておいたのは正解じゃないですか?」
魔物もいなくなり、多くの馬車が行きかう街道。すでにカラバははるか後方に見え、護衛のリュークと話しながら久しぶりの旅に体を慣らしている最中だ。
冗談で言ったつもりの言葉だったが、案外本当に出世するかもしれない。器量がよく、実力もあり、おまけに容姿もいい。むしろこれで出世しなかったらよほどの妨害があったのではないかと邪推してしまう。
ほんの数日間の付き合いであったが、彼女とはまた会う気がするな。
「今度会う時は宮廷魔術師にでもなっていたりして」
「さすがにそれは夢を見すぎだろう。まあでも、一端の冒険者にはなっているだろうな」
なにせすでにCランクにまで上り詰めているのだ。登録してからまだ数日だというのに、恐らく史上最年少最短でのランクアップだろう。
仮に次会った時にAランクに昇格していても驚かない。宮廷魔術師は流石に飛躍しすぎている気がするが。
まあ、気持ちはわかる。ギルドではちゃっかり『首狩り姫』なんて呼ばれていたしな。
「ところで旦那、次はどの町に行くんですか?」
「まずはマリーンだな。そこからぐるりと一周して、王都まで戻ってくる。できればゴーフェンに寄って魔道具を仕入れたいところだな」
「どこまで一緒に行けるかわかりませんが、お付き合いしますよ」
リュークは別に専属の護衛というわけではない。ただ、馬が合ったから一緒に来てくれているだけだ。そう考えると、あまり行路を外れて無茶するわけにもいかないが、隣国のゴーフェンくらいなら寄っても問題はないだろう。
あそこの魔道具は相当品質がいいから、こちらでも高く売れるはずだ。
カラバに戻ってくるのはいつ頃になるだろうか。半年か、一年か。それだけの期間でハクがどれだけ成長しているのか見物でもある。
のんびりと馬を走らせながらハクの事を思い出し、ふっと笑みが零れた。
楽しみがあるのはいいことだ。そうでなければ行商人なんてやってられない。いろんな出会いがあるのは面白いが、特定の家を持たないというのはやはり大きな重荷だ。
ハクの成長に期待しつつ、今積んでいる積み荷が売れる口上でも考えておこうか。
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