第二百九十七話:第五試合ハクVSアリストクロス6
思いの外長くなってしまった。
試合は最初の一方的な展開とは打って変わって殴り合いのような激しい攻防となっていた。
私が水の刃を放てば迎撃、あるいは魔力障壁による防御で対抗し、向こうが雷を放ってくれば私は避ける、あるいは迎撃する。
すでに魔力切れ寸前だったと思うのだが、神具の影響で回復したのか魔力切れの兆しはすっかり鳴りを潜め、それどころか圧倒的に威力の上がった魔法を次々と連発している。それも私が魔法を放つよりも早く正確に。
明らかに魔法の速度が上がっているし、威力も段違い。私もただ避けるなんて舐めた選択があまり取れなくなっていき、魔法による迎撃や防御魔法によるガードを交える必要が出てきた。
これが魔術師同士の戦い。私はバトルジャンキーとかではないと思っているのだが、なんだかぞくぞくするね。
「テュールノヴァをもってしても押し切れないなんて、あなた一体何者ですの!?」
「私はただの学園の生徒ですよ」
まあ、過去に色々とやらかしているからただの生徒というのは色々突っ込まれるかもしれないけどね。
神杖なんて言うチート武器を手にしてもなお、アリストクロスさんの『避けさせない』立ち回りは続いている。
さっきまでは最悪避けなくても防げばよかったが、威力が上がってきているせいで安易な防御は致命的な隙となってしまう。
だから、受ける場面は慎重に選ばなくてはならないし、まともに受けるのではなく受け流すことも重要になってくる。
私の目は単に動きがゆっくり見えるだけでそういう判断力に関してはまだまだ甘いところがあるからちょいちょい食らってしまうんだけど、それはあちらも同じこと。無敵に見える魔力障壁も仕様としては結界に近いところがあるし、発動はアリストクロスさんの意思によるものだ。だから、意識外の攻撃とか、あまりに強い攻撃とかは防げない。結果、お互いにじわじわと体力を削られていくような拮抗した試合運びとなっていた。
「それだけの精霊に愛されているだけはありますね。凡人と言ったのは訂正しますわ」
「それはどうも。そちらの相方さんも優秀なようですね」
「ッ!? あなた、リーアのことに気付いて……」
「私も妖精と契約していますから。それに探知魔法を使えば気配はわかります」
「探知魔法なんていつ……ほんとに化け物じみてますわね……」
魔術師同士の対決はほとんどの場合魔力が先に切れた方が負ける。そりゃ、魔力がなくなれば魔法が撃てなくなり、意識も失ってしまうのだから当たり前だ。
もちろん、不意を突いてでかい攻撃をぶつけて倒す、という決着もあるが実力が拮抗している魔術師の場合は魔力切れによる決着が多い。
ただ、今回の場合は体力切れによる決着になりそうだった。
というのも、アリストクロスさんは神杖テュールノヴァによって魔力補助と威力上昇を得て、私と同程度の魔法を相当な時間放つことが出来る。もし、体力とかを考えずに魔法を撃ちあっていたら恐らく夜になってしまうことだろう。
しかし、竜の力によって魔力体力共に強化されている私と違って、アリストクロスさんは魔力は補えても体力までは補えない。当然、同じだけ攻撃を食らっていればアリストクロスさんの方が先に力尽きるわけで、仮に妖精による支援があったとしてもそればかりはどうしようもないだろう。
向こうもそれがわかっているのか攻め方が大振りになってきている。一発でかいのを当てて私をノックダウンさせようってことだね。
避けにくさを追及しているだけあって大技であっても小技を織り交ぜて避けにくさを徹底している辺り、勝率はそこそこのように思える。普通の人ならばそれで十分勝ちを狙えることだろう。
だけど、私は生憎人ではない、竜なのだ。竜は魔法の扱いに関しては天下一品だが、その耐性においても同じことが言える。いや、火竜や水竜のような属性竜にとっては対抗属性に限っては弱点となりうるが、私の場合は身体を人間をベースに作られているせいか身体自体に属性というものがない。つまり、弱点属性はないのにめちゃくちゃ魔法耐性が高いということだ。
だから、仮に大技をぶち当てられたとしても少なくとも一発では倒れることはない。それに、もちろん私は避けたり防御したりと対抗策を取る。
アリストクロスさんが勝つにはそれらの対抗策をすべて潰した上で大技を数発当てる必要があるのだ。そしてそれは、砂漠で一粒の砂を見つけるようなもの。つまりほぼ不可能だ。
「これで、終わりなさいな!」
最後の力を振り絞り、放ったと思われる大技。足元は土魔法によりガタガタになり、周囲には風の刃が取り囲み、逃げ道を封鎖している。
満を持して放たれた轟雷は大地を割かんばかりの轟音を響かせ、私の頭上へと落下してきた。
うん、まあ、流石にあれ食らったら死ぬかも……。流石に不可能は言いすぎたかもしれない。
全力で行くという言葉に嘘はなく、もはや殺すことすら厭わない全力の攻撃。
それくらいしなければ私を倒すことはできないと思ってくれたことは光栄だけど、私の対処にも限度というものがある。
そりゃ、魔力はまだまだ余裕があるし、奥の手の空間魔法を使えばあの攻撃自体を別の場所に逸らすことだってできるけど、空間魔法は竜専用ともいえる特別な魔法だし、あまり人目に触れるのは憚られる。
そうなると既存の属性で対処しなきゃならないんだけど、私がとっさに思いついたのは防御魔法を重ね掛けし、身体強化魔法で防御を固めることくらいだった。
頭上に連なるように展開された防御魔法が次々と打ち破られる。バリンバリンと砕かれる防御魔法の音を聞いて急いで追加を生成するが、それすらも上回る速度で破られていく壁。
しかし、数十枚も重ねれば流石に威力も収まってきて、ついに私に届いた頃には普通の上級魔法並みの威力となっていた。
いやまあ、上級魔法なのだから普通に食らったら消し炭になる所だけど、そこは身体強化魔法による防御のおかげで何とか耐えることが出来た。
「……勝負あり、ですかね?」
「……ええ、あなたの勝ちですわ」
攻撃をしのぎ切り、呆然と立ち尽くすアリストクロスさんに近づいてトンと首元を叩く。
魔法ですらないし、本当に軽く叩いただけだから痛くもなんともないだろうけど、それだけでアリストクロスさんは敗北を察したようだ。
その場に座り込み、冷や汗を流しながら顔色悪そうにしている辺り相当無理をしていたに違いない。
私はそっとその肩を抱き、ちらりと審判の方を見やる。審判はその視線を察し、試合終了の宣言を下した。
「勝者、ハク!」
試合時間は最も長かったサリア戦を遥かに超えてトップに立っていた。
お互いの全力のぶつかり合い、神杖テュールノヴァという切り札、そして、それに対抗する私の魔法。それらは観客には大いに受けたようで、終わった瞬間大きな歓声に包まれた。
ちょっと目立ちすぎた感はあるけど、神杖テュールノヴァのインパクトがあるからそこまで注目されることはないだろう。
私はアリストクロスさんをそっと抱き上げると、すぐさまやってきた救護班に引き渡した。
「ハク、私はあなたを誤解していましたわ。あなたならば、アルト王子が惚れるのもわかります」
「私はそこまで気にしていないので、出来ることなら頑張って落としてやってください。応援しますよ」
「まさかあなたに応援されるなんて思いませんでしたわ。でも、ありがとう。きっと成し遂げてみせますわ」
「ええ。ですが今は、ゆっくり休んでください」
アリストクロスさんはすがすがしい笑顔を見せてすっと目を閉じた。
テュールノヴァによるブーストがあったとはいえ、それはあくまでテュールノヴァを持っている時限定の力だ。
戦いが終わったことによりもう必要ないと感じたのか、テュールノヴァはすでにアリストクロスさんの手からはなくなっている。
恐らく、リーアと呼ばれた妖精が回収したのだろう。一瞬で消したところを見るにもしかしたら【ストレージ】持ちかもしれないね。
「ハク、君も早く医務室に行きなさい」
しみじみとしていると、審判が私にそう言ってきた。
そういえば、私も見た目はかなりの怪我を負っているからさっさと医務室に行くべきだったか。
これくらいなら治癒魔法をかけておけばすぐに治ると思うけど、流石にそれを観衆の目の前で見せるわけにもいかないし、さっさと医務室に行くのは当然かもしれない。
「ハクちゃん、早く行きますよ! エルさんもなんでそんなに冷静なんですか!」
「まあまあ、ハクお嬢様はあれくらいじゃ死にませんから」
テントからやってきたテトさんが強引に、しかし優しく手を掴み、先導していく。
エルは私のスペックを正しく理解しているので冷静だが、テトさんにとってはやはり気が気でないらしい。
ここは素直に連れていかれるとしよう。私は掴まれた腕の温かみを感じながら後を追った。
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