第二百九十六話:第五試合ハクVSアリストクロス5
「お待たせしました。もう行けます」
「わかった。確認するが、本当にまだ戦えるんだな?」
「もちろん。この通りまだまだ動けますよ」
着替えたとはいえ、血まみれなことに変わりはない。
試合の中断という明らかな隙に治癒魔法をかけるのもどうかと思ったので出来るだけそのままの状態で来たのだが、やはり傍目からは結構酷い状況になっているらしい。
観客もエルフ勢はいいぞいいぞと囃し立てているが、王都勢は私の裸が晒された時以外は静かなもので皆一様に心配そうな顔をしてこちらを見ていた。学園の生徒に至っては悲鳴を上げて失神する者までいたようだ。
審判も同じなようで、硬い表情で私に試合の続行が可能かどうかを尋ねてくる。
私は安心させるようになけなしの表情筋を振り絞って笑顔を見せたが、結局ピクリと少し頬が動いただけにとどまった。
「……確かにあなたのことは許さないと言いましたが、流石に殺す気はないんですのよ? たかが対抗試合、そんなムキになって命を縮める必要はないのでは?」
「別にムキになっているつもりはないですが、心配してくださってありがとうございます。優しいんですね」
「わ、私は別にあなたのことなど心配していませんわ! ただ、殺してしまうのは寝ざめが悪いだけです!」
声を荒げるアリストクロスさん。
国長の娘とはいえ、人死には慣れていないってことか、それとも戦争でもないのに人を殺してしまうのが嫌なのか、どちらにしろそういうことを気にすることが出来る感性があるってことは根っからの悪人ってわけではないだろう。
魔法無効のローブとか、魔道具の買い占めとか、色々ずるいことをやってはいるけど、これはもしかしたら生徒側じゃなくて学園側が意図してやっているのかもしれないね。生徒はそのことを知らされていないのかもしれない。
「私はそう簡単には死なないのでご安心を。さあ、続きを始めましょう?」
「ッ!? ど、どうなっても知りませんわよ!」
「……うむ。ではこれより、試合を再開する。両者構え……始め!」
私が審判に合図を出すと、試合が再開された。
さっきまでは防戦一方、というより様子見だったけど、相手の使う属性も武器もある程度把握できた。特に、あの神具があれば私が多少本気を出したところでちゃんと受け止めてくれることだろう。
最悪腕一本くらい切り落とすことになったとしても私ならすぐに治せる。大丈夫大丈夫。
「では、まずはお返しと行きましょうか」
「えっ……」
さっきまでは先手必勝とばかりに攻めてきたのに今は攻めてこない。なので、やる気を出してもらうためにもこちらから攻撃することにする。
さっきの攻撃はシンプルながら凄かった。相手の周囲を囲んでしまうというのは相手の逃げ道を塞ぐことになるから避けられにくいし、仮に防御したとしても360度すべてを瞬時に防御できる人は少ない。ドーム状に防御魔法とかを張れるなら別だけど。
だけど、あれはまだ未完成だ。私がジャンプして避けようとしたように、上が空いてしまっている。まあ、それを見越してのあの妨害だったのかもしれないが。
だから、私はその穴を埋めた上で全く同じことをしてやる。私が軽く腕を振るうと、瞬時に形成された魔法陣がアリストクロスさんの周囲を取り囲んだ。
風の代わりに水の刃だったり、数が倍近いことを除けばさっきと同じだ。私は魔道具と素の防御力で耐えたが、これだけ暇を与えれば防御魔法くらい張ってくれるだろう。それに威力も上級に少し入ったくらいに調整してある。ローブもあるし、これくらいなら防ぎきれるよね?
「なっ!? そ、そんな馬鹿な……!」
「では、行きます」
「くっ、リーア!」
『あいあい』
私がキーとなる魔力を流すと、その瞬間周囲の刃がアリストクロスさん目掛けて飛んでいく。
夥しいまでの量があるそれはもはや隙間から外を覗くことすら難しい。
着弾と共に多数の魔法が触れあって軽く爆発が起こる。砂煙が舞い、フィールドの一部が陥没していった。
威力は抑えめにしたつもりだったけど、やっぱり数が多すぎたか。後で直しておかないと怒られちゃうかな。
私は砂煙の向こうを探知魔法で探る。案の定無事なようだ。そして、どうやら相棒と思われる妖精らしき反応がある。
これは、妖精が防いだのかな? まあ、どちらでもいいけどね。
「けほけほ……り、リーア、大丈夫ですの?」
『うーん、ちょっと無理。威力半端ない』
「そんな……リーアをもってしても一撃防ぐので精いっぱいとは……」
『あはは、あの子やっぱり女王様に匹敵するほど強いよ。私じゃとてもとても』
さて、追撃してもいいけど流石に待った方がいいか。私の時も待ってくれたしね。
これはただの意趣返しの意趣返し。宣戦布告のようなものだ。これから正々堂々戦いましょうという意思表示でもある。
オリハルコンを使ったチート武器を持っているのだ、これくらいは挨拶にも入らないかもしれない。
さっきは妖精の方が防いだみたいだけど、これを防げる妖精も凄いよね。もし機会があったら話してみたいものだ。
『とりあえず、待ってくれてるみたいだから早いところ態勢を整えて。それか降参した方がいいよ』
「こ、降参など、大将の私がするわけにはいきませんわ!」
『なら全力で行くといいよ。殺しちゃうんじゃないかとか考えないで、むしろ殺すつもりでね。じゃないと、負けるよ?』
「わかってますわ! やってやりますわよ!」
砂煙が晴れていく。最初はへたり込んでいたようだけど、流石にあれだけの時間を与えればちゃんと立っているようで、杖を両手で構えてきっ、とこちらを睨みつけてきていた。
うんうん、そう来なくちゃ。最初は降参とか考えていたけどとんでもない。私は今とても楽しい。対抗試合に参加してよかった。
「少々、甘く見すぎていたようですね。ここからは全力で行かせてもらいますわ」
「ええもちろん。私も全力でお相手させていただきます」
挨拶を終えると同時に私は瞬時に飛びのく。すると、先程までいた場所に雷が降り注いだ。
戦闘中会話するのは時間稼ぎという場合が多い。話で時間を稼いで、無詠唱魔法を発動したり、敵の死角に魔法を配置したりと色々な策がある。
当然、こんな風に会話に乗ってくれる相手なら仕込みやすいことだろう。だけど、それすらも私は読むことが出来る。
魔法においてならば、私は人並み以上に使いこなせている自信があるからね。
「はっ!」
私は氷でできた針を無数に飛ばしていく。
針の形状にしたのは単に量を増やすためでもあるが、同時に見えにくくするためでもある。
テトさんの描く絵のようなものだ。そりゃ、完全に見えなくなるわけではないが、景色に溶け込ませて見えにくくすることは容易い。
それでいて、針は刺さった時の殺傷力が割と高い上、小さく細長い形状から速度を出しやすい。
まあ、威力で言うなら矢を使った方が断然強いのだが、牽制ならばこの程度で十分だ。
「させませんわ!」
アリストクロスさんは杖を振るい、目の前に結界のようなものを展開してそれを防いだ。
あれは、単なる魔力障壁かな? 魔法ではなさそうだ。
恐らく、あの杖の機能の一つなのだろう。魔法においては攻防一体の万能武器、それがオリハルコンの武器だ。
さて、ローブはもはや機能していないにしてもあの守りをどうやって突破したものか。
返す刀で放たれた風の刃を往なしつつ、どう攻めるかを思考していた。
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