第二百九十五話:第五試合ハクVSアリストクロス4
いや、危なかった。あと少ししゃがむのが遅かったら、その……見えてしまっていただろう。
私の身体は丈夫でも、着ている制服まで丈夫というわけではない。先の試合でみんな服がボロボロになったように、ちょっと強い魔法を受ければ制服なんてすぐにダメになってしまう。
そりゃもちろん、魔法学園の制服だから多少の魔法を食らった程度じゃ破れたりはしないだろうけど、流石にあの威力は耐えられなかったらしい。
なにあれ、軽く上級魔法レベルはあったよね?
私がいつも使っている水の刃もあれくらいの威力がある時はあるけど、さっきまで当たったところで傷一つつかないだろうっていうレベルだったのが当たったら腕一本持ってかれるレベルにまで引きあがったのだ。そりゃ驚く。
神具ってことは、あれってもしかしてオリハルコンが使われてるんだろうか? オリハルコンはまだ見たことないけど、ミスリルより軽くて頑丈で、尚且つ魔力伝導率が恐ろしく高いらしい。
普通の杖の場合、魔力制御がしやすくなったり魔法の構築を手助けしてくれたりと色々な効果があるらしいのだけど、杖を通して魔法を発動する場合、杖を通った際に魔法を構成する魔力の一部が消費されてしまう。
これは魔力が杖を通り抜ける際に一部が杖の持つ魔力に引っ張られてしまい、それを杖の効果である魔力制御のために使用する魔石の魔力と誤認してしまうことによって結果的に魔力が減ってしまうということだ。
この時に持っていかれてしまう魔力が多いと魔力伝導率が低いと言い、逆にあまり持ってかれない場合は魔力伝導率が高いと言える。
オリハルコンはこの魔力伝導率が相当高く、ほぼ消費なしで運用できる上に魔力制御、構築補助、ついでに威力上昇や周囲の魔力を取り込むことによって疑似的な魔力増加をすることが出来るというまさにチート級の効果を持つ。
結果、下級魔法の風の刃でもあれだけの威力が出たというわけだ。
実際、服がボロボロなのはもちろん、露出していた部分は多くの切り傷ができ、血が滴っている。
多分、これは防御用魔道具が発動して威力を弱めた結果こうなったと言ったところだろう。もし魔道具がなければ、生身ならばほんとに腕一本くらい持っていかれたかもしれない。
「……やりすぎたかしら?」
『いや、大丈夫でしょ。あれだけ精霊の加護を受けてるんだから』
砂煙が晴れ、相手の様子が露わになる。
少し心配そうな顔をしてこちらを見るアリストクロスさんはどうやら完全に勝負はついたと油断しているようだった。
実際はまだ勝負はついていない。確かに全身ボロボロではあるが、別にそんなに痛くはないのだ。ただ、見た目があれだから動きにくいだけで。
まあ、私としては別に恥部が晒されようがどうってことはないけれど、流石にこんな観衆の前で女の子が真っ裸になるのはダメだろう。
一部を抉り取るように破損したならともかく、全身余すところなく切り刻まれたせいでマジで精神的な面での防御力が薄くなっている。
当然魔道具も壊れているから物理的にも防御力は薄くなっているけれど、まあそれはまだ何とかなる。
避けようとした時の妨害にも心当たりはあるし、ちゃんと戦えばまだ勝機は全然ある。
「……審判さん、もういいのではなくて?」
「……はっ、そ、そうですね……勝者、あり……」
「あ、待って待って!」
いつまでも蹲って動かないことを戦意喪失とみなしたのか、審判が勝利宣言をするところだった。
慌てて立ち上がり、まだ動けることをアピールする。
いや、まあ、別に負けてもいいっちゃいいけど、やっぱり勝ちたい。それにまだ全然本気じゃないし、もう少し遊ばせてほしい。
せっかく神具なんて貴重な武器を出してくれたのだ。もう少し観察しても罰は当たらない気がする。
「えっ……ハク、まだ試合続行は可能なのか?」
「はい、大丈夫です。ただその、出来れば着替える時間が欲しいというか……」
「そ、そうだな。認めよう。一時試合を中断、着替えた後に続きを行う!」
慌てて立ち上がってしまったせいでなけなしの布切れがボロボロと落ちてしまい、結果的に私の恥部が晒されてしまう事態になってしまった。
観客はなぜか大いに盛り上がっていたけれど、流石にこの状態で戦うのは恥ずかしい。いや、やりようによってはごまかすこともできるけど、出来れば着替える時間が欲しい。
本来なら試合の中断はあまり認められないが、流石にこれは審判も目に余ると思ったのだろう。意外とすんなりと許可が下りた。
いや、よかったよかった。隠すことはできなくはないけど、真っ裸で戦うのはごめんだからね。
「あ、あなた、まだ動けるんですの……?」
「ええ、まあ。まだ何とかなりますよ」
「でも、血だらけで……」
「これくらいなら問題ないです。では、すいませんが少し失礼しますね」
私はそう言って私はテントに戻っていく。
一応、制服は二着支給されているので予備はある。【ストレージ】にしまっているのですぐにでも着替えることが可能だ。
ただ、テントは骨組みに屋根を付けただけのいわゆる旅用のテントではないので外から丸見えだ。だから、仕切りを用意するなり工夫する必要がある。
「ハクちゃん、血が! 血がぁ!」
「見事に血まみれですね。大丈夫ですか?」
「まあ、何とか」
テントに戻ると、テトさんは大慌てでタオルを持ってきて、エルは冷静に私の事を観察している。
ちゃんと見れば傷はそこまで深くないことはわかるだろうが、見た目は血まみれなので確かに大怪我しているようにも見える。
タオルを用意してくれるのはありがたいが、拭いた傍から血が溢れてくるのであんまり意味ないかもしれない。
これ、予備の制服も血まみれになるよね。明日の衣装どうしようか。
学園側で支給してくれるのが一番だが、いざとなったら洗濯してから超速乾燥させて何とかすることにしよう。私の生活魔法ならそれくらいできると思う。
ある程度血を拭きとってから予備の制服に着替える。
目隠しにはテトさんとエルがなってくれた。まあ、それ以外にも光魔法でちょいちょいとぼかしを入れたからたとえ見えていたとしてもよくわからないと思うけどね。私に抜かりはない。
どうしても血が滴ってくるのであっという間に制服が血濡れになっていくが仕方がない。あんまり待たせてもあれだし、今はこれで我慢することにしよう。
「ハクちゃん、その、ほんとに大丈夫なの?」
「大丈夫ですよ。テトさんは、私の事をよく知っているでしょう?」
「それは……そうだけど……」
暗に転生者なのだからこれくらい大丈夫と言ってのける。
まあでも、転生者で特別な力を持っていると言っても別に無敵になるというわけではない。身体系の能力以外の人だったら普通に耐久力は人並みだろうし、どんな魔法を食らっても大丈夫、なんてことはない。
テトさんは私の能力を魔法の才能だと思っているからなおさら心配になることだろう。
今回の事で私の能力について疑問に思ったかもしれないけど、これも魔法の力と説明できなくもないし、もっと仲良くなったら竜のことを話したってかまわない。
だから、今は疑問のまま胸の内に秘めておいておくれ。
「それじゃ、行ってきますね」
「気を付けてね……」
心配そうなテトさんに勤めて軽く返しながら、再びフィールドへと戻る。
中断するにあたり、アリストクロスさんもテントに戻る権利を与えらえたが、どうやらずっとフィールドに留まってくれていたようだ。
私のことを心配してくれていたのか、その表情はあまり優れない。でも、むしろそれくらいの力を出してくれた方が私としては楽しい。
普通なら神具なんてチート武器をこんな試合に持ち出すことはマナー違反というか常識を疑う行為かもしれないけど、私としては嬉しかった。
さて、今度はもう少し攻め手を増やしてみようか。あの威力なら、私の魔法でも簡単に相殺してくれるよね?
感想ありがとうございます。