第二百九十四話:第五試合ハクVSアリストクロス3
下級魔法の中でも最も簡単なボール系魔法。これがなぜ簡単かと言えば、まず形が簡単だ。単なる丸を作るだけでいいし、形にそこまでこだわらなければ多少いびつだったとしても効果は一緒ということもあって無意識に操作しやすい。
それに精度も甘めで構わない。そりゃ、一発で当てなければならないとなったら多少の精度は必要だが、ボール系魔法の長所として数を量産しやすいというものがある。要は数撃ちゃ当たるってことだ。
多くの数を放てば単純に直線に飛んでいくという動きを入れるだけでお手軽に避けにくい弾幕を張ることが出来、消費も少ない。後はお好みの属性で作れば、それで終わりだ。
だがしかし、そんな簡単なボール系魔法は結構奥が深い。
というのも、形は適当でいいと言ったが、もちろん意識すればいろんな形に変化させることが出来る。私が普段使っている水の刃はボール系魔法の応用だ。
それに精度にしたって、単なる直線でなく、例えばスピードに強弱を付けたり、ふらふらとした軌道にしたりと様々なバリエーションがある。
もちろん、そんなことをすれば下級魔法のメリットである消費魔力が少ないという点を潰してしまうためあえてやる必要は全くないが、多少魔力に自信があるならばこうして色んな形や動きをすることによって相手を翻弄することもできる。
……そう、今やっているように。
「きゃっ! どわっ!? んひゃあ!」
水球を始めとして、弓月型や小粒型、果ては人形型など様々な形をかたどった水魔法がアリストクロスさんの周囲を囲っている。
それらは一定の周期で中心にいるアリストクロスさんに突撃し、躱されてはまた周囲を漂うというのを繰り返している。
さっきから攻撃を全部避けていた私が言うのも何だが、360度すべての方向からランダムに飛んでくる攻撃を避け続けるアリストクロスさんも割と凄い。
何やら乙女らしからぬ悲鳴を上げているのも面白い。もうちょっと虐めてみようかな?
「こん、の! おわぁ!? ひ、卑怯ですわよ!?」
「はて、私は正々堂々戦っているつもりですが」
まあ、そう叫びたくなる気持ちもわかる。
反撃と思い、どうやって攻めようかと考えた時、まず初めに思いついたのは拘束系の魔法による無力化だった。
水でも闇でもなんでもいいけど、とにかく動きさえ封じてしまえば何のことはない。後はじっくり甚振るなり降参を迫るなりすればいいだけだ。
試合開始前はそういう方向で考えていたし、別にそれでもよかったのだが、その、なんというか、魔が差したというべきか。
彼女ならば面白い反応が返ってくるのではないかというちょっとしたいたずら心が芽生えた結果、こうして周囲を取り囲んでの一人ドッジボール大会が開始されたというわけだ。
もちろん、この攻撃はかなり手を抜いてある。相手が魔法を放てないぎりぎりのタイミングで攻撃を繰り出すが、ちゃんと避けられるように精度はかなり甘めにしてある。いや、周囲に漂わせる関係でちょっと魔法陣の面積を持っていかれているため直線にしか飛ばせないと言うべきだろうか。
この辺はもう少し改良できるだろうけど、今はまあこのままでも問題ないだろう。
結果は予想通りで、見事に面白い悲鳴を上げてくれた。
私は別に他人を甚振る趣味はないけれど、可愛い女の子が必死になって動き回る姿というのは、ちょっと可愛いなと思った。
「はぁはぁ、ぜ、絶対負けませんわ!」
すでにだいぶ体力を消耗し、息もだいぶ荒いようだが、まだ諦める意思はないようだ。
さて、もう少し眺めていたい気もするが、流石にずっとこのままというわけにもいかないだろう。観客にはそこそこ好評のようだが、そろそろお開きにさせてもらおう。
「かくなる上は……来なさい、リーア!」
『はいよー』
そろそろ一斉攻撃で止めをと思っていた矢先、アリストクロスさんが叫んだかと思うと一瞬にして周囲の水魔法が消え去っていた。
アリストクロスさんが掲げた手の中には見慣れぬ杖が収まっている。それにさっき聞こえた声と言い、どうやら向こうも本気を出してきたってことだろうか?
「神杖テュールノヴァ……使うつもりはありませんでしたが、こうなった以上は全力で叩き潰しますわ!」
ぶんっ、と大きく振りかぶった杖をこちらに向けて突き出してくる。
見た目は最初に持っていた長杖と同じくらいの長さで、つやつやとした光沢のある柄と先端についている青色の宝石が鳥の翼のような意匠によって囲われているのが特徴的だった。
見た目以上に軽いらしく、身の丈ほどもあるにも拘らず片手で振り回している。
神杖テュールノヴァ。大層な名前だが、何か特別な杖なのだろうか?
「テュールノヴァだって? あれが伝説の……」
「ローゼリア森国に代々伝わる秘宝……」
「かつての神が残した神具の一つ……」
観客がざわざわとざわついている。それを聞く限り、あれはどうやら神具らしい。
神具とはかつての神々が人類の脅威に対する対抗策として地上に残したとされている特別な武器や防具の事を差す。地上では加工が難しい神金属と呼ばれる材料を使っており、そのどれもが振るうだけで神にも匹敵する力を得ると言われている。
その多くは勇者召喚の聖地であるセフィリア聖教国が握っているらしいが、中には国宝として大国が所有していることもあるらしい。
ローゼリア森国はそこまで大きい国というわけではないが、国力で言えばかなり大きな部類に入る。魔術師の聖地とも言われているし、神具を持っていたとしても不思議はないか。
まあだとしても、こんな生徒同士の対抗試合の場に持ってくるのはどうかと思うが。
『アリス、呼んだってことは、私も手を出していいのかな?』
「ええ、でもこっそりとね。私の魔法に合わせて」
『はいよー、了解ー』
さっきから小声で何かを言っているようだが、これはあれだろうか。
私がアリアと【念話】で話すように、向こうも【念話】で誰かと話しているってことか。
リーア、と聞き慣れない名前を口走っていたし、もしかしたらアリストクロスさんの契約妖精とかかもしれない。
一対一の試合なのに妖精が介入するのはどうなのって思ったけど、アリストクロスさん曰く私には十近い精霊がついているらしいので今さらと言えば今さらか。力を借りている自覚は全くないけど。
「さっきのようにはいきませんわ! 食らいなさい!」
アリストクロスさんが杖を振り下ろす。その瞬間、周囲に無数の風の刃が出現し、私の周りを取り囲んだ。
これは意趣返しという奴だろうか? さっきまで私がやっていたのと同じような感じだ。違うのは、それがほぼ同時に襲い掛かってきたという点。
流石にこれは素で避けるのは厳しいからジャンプしてしまおうか。見たところ威力もかなり上がっているようだし。
そう思ってジャンプしようと思ったら、急に足が重くなってジャンプすることは叶わなかった。その結果、無数の風の刃が私に直撃することになる。
「ッ!?」
多数の魔法が触れ合ったことによる爆発が起きる。一つ一つは下級魔法とは言え、すべて合わさればその威力は尋常ではなく、巻き上がった暴風はその場に砂煙を発生させた。
元々避けるつもりだったので防御の間もなく直撃。しかも、先程までの攻撃ならまだしも、神具によるブーストのせいか威力はかなり上がっている。
次第に砂煙が晴れていく。私はその場で膝をつくしかなかった。
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