第二百九十三話:第五試合ハクVSアリストクロス2
試合開始の合図とともにアリストクロスさんは風の塊を放ってきた。
なるほど、彼女の適性は風らしい。私はそんなことを思いながらひょいとそれを避けた。
もちろん、魔術師を目指すからには適性は複数あることだろう。サリアのように一つの属性のみに特化して他の適性はあまり伸ばしていないというのもよくあることだけど、初手が風魔法だからと言って風魔法が得意とも限らない。
人間だと割と一属性特化になることは多いみたいだけど、相手はエルフ。魔法との親和性が高い種族だし、いろんな属性を使えても別に驚かない。むしろ、使えて然るべきだと思っている。
まんべんなく使えるようにしているのか、それとも他の属性は控えめなのか、どちらにしろ、まずは様子見だね。
「むっ、それならこうですわ!」
アリストクロスさんは続けて風の剣を形成し、私が避けた先に回り込むようにして飛ばしてくる。
風魔法は風を媒介にする関係上あまり目に見えにくい。そのため、回避にしろ迎撃にしろよく見てから動かなくてはならず、ワンテンポ遅れてしまうことから対人戦においてはあまり好まれないいやらしい魔法と言える。その上、風は屋外ならありふれたものなので制御も容易いことから、魔術師にとっては使い勝手のいい魔法として知られている。
だけど、それは回避や迎撃を目に頼った場合の話。優れた魔術師ならば魔力そのものを見て対処に当たるためその利点はあまり強くはない。
もちろん、私も竜の力によって大幅に強化されたこともあり、魔力制御や魔力感知はお手の物だ。だから、物理的に避けられない数を用意でもされない限り避けることは造作もない。
「これも避けるんですの!? だったら、こうですわ!」
続いて、今度は水魔法に切り替えたのか複数の水球を飛ばしてくる。
私を直接狙うものと避けた先に置くように放たれたもの。なるほどこれは避けにくい。
しかも、これはただの水球ではない。その背後にわずかに軌道をずらすようにして風魔法が仕込まれている。
水球を避けて安心したところに二段目の攻撃というわけだ。結構抜け目がない。
だけど、それは目で見て避けている人にしか通用しない技だ。目に身体強化魔法をかけているため動きがゆっくりに見えている上に、魔力感知によって感覚的にも捉えられている。さらに、私は即座に魔法を発動できるから迎撃も容易い。
ただまあ、ここは避けてみよう。いくら避けづらいとは言っても、完全に避けられる隙間がないわけじゃないからね。
「ほっ、と」
「はぁ!? そんな針の穴を縫うように……!」
いくら避ける先を潰したところで下や上には隙間がある。だから、しゃがむなりジャンプするなりすれば避けるのは簡単だ。
だけど、それをやってしまうと次の攻撃の際に不利になってしまい、結果的に当たる要因となってしまう。
次の動作を邪魔せず、且つ避けきるためには正確に相手の攻撃の位置を把握し、当たるギリギリの場所を移動していかなければならない。
口で言うと簡単だが、実際にやるとなれば難しく、いくらぎりぎりで避けようと思っても当たってしまうと思ったら少しでも大きく避けようとしてしまうのが心情だ。そして、大きく動きすぎれば他の攻撃に当たってしまうと。
だけど、私の場合はそこまで深刻に考えてはいない。なにせ、当たってもそこまでデメリットがないからだ。
竜状態ではない生身の身体の場合はそこまで防御力は高くないけれど、普通の人間に比べたら結構硬い。それに身体強化魔法をかければその部分に限っては完全に防御できるし、それに魔道具もあるから当たってしまったとしてもそこまで痛くないと思われる。
大きく避けて痛い思いをするくらいなら掠るくらいの軽症で済ませた方がダメージ的には少ない。そう考えれば、全然怖くはないのだ。
「もう終わりですか?」
「ぐぬぬ……まだまだ! これからですわ!」
私の挑発にきぃきぃ叫びながら再び魔法を繰り出してくる。
流石大将というべきか、その魔法は多彩だ。風に水、土に雷と実に四属性もの魔法を使いこなしているようだ。
通常の魔術師の適性が二個か三個ということを考えると、四個を扱えるアリストクロスさんは相当優秀と言える。
まあ、この常識は人間においてなのでもしかしたらエルフにとってはこのくらい普通なのかもしれないが、だとしても特殊属性の雷属性を使える時点で珍しいことに変わりはないか。
それに魔法の組み合わせ方もうまい。例えば、さっきやったように異なる属性の魔法を軌道をわずかにずらして連射するやり方はかなり有効的な戦術と言える。
魔法はたとえ下級魔法でも人一人を無力化するには十分な威力を持っている。まあ、今は魔道具のおかげもあって下級魔法の二、三発程度なら余裕で耐えられるだろうが、普通の人間が無防備で受けたら大怪我を負うほどだ。
それに加えて魔法は魔力に応じて数を増やすことが出来る。数が増えればそれだけ避けるのが難しくなり、当たれば結構なダメージを受ける。
このただでさえ避けにくい魔法にさらにひと工夫を加えられたら、それはそれは避けにくい魔法が出来上がるだろう。
対人戦において、避けにくいというのはかなり厄介な事案だ。なにせ、避けにくければ間合いを取りにくいし、こちらが攻撃する際に多く時間を取られやすい。相手の攻撃をいかに避けるかも重要ではあるが、いかに相手に避けさせないかもまた重要というわけだ。
その他、水魔法を雷魔法で撃ち抜くことによって稲妻を帯びた水を広範囲にばらまいたり、土魔法でフィールドを荒れさせ、足を取られやすくしたりと徹底して相手に避けさせないという意志を感じる。
もちろん、多数の魔法を連射しているせいか威力は結構控えめであったが、そのすべてが当たっていれば私の持つ魔道具はとっくに壊れていることだろう。
まあ、それでも避けられてしまうのだが、退屈すぎてあくびが出るなんて言えない。むしろ楽しい。もっとやってくれないかな。
「きぃぃぃ!! なぜ! なぜ当たらないんですの!? まさかあなた、『軌道逸らし』を使ってるんじゃないでしょうね!?」
「いえいえ、ちゃんと足で避けてますよ」
魔力も割となくなってきたのか、アリストクロスさんは肩で息をしている。最初よりも魔法の頻度も落ち、そろそろ弾切れかというところだった。
彼女の言う『軌道逸らし』というのは魔法無効のローブと似たような魔道具であり、文字通り攻撃された時にその軌道をそらす、というものである。
これだけ聞くとかなり強い魔道具のように聞こえるが、そんな便利なものではない。軌道逸らしと言ってはいるが、その実態は魔石の下に攻撃を『集める』というものだ。
つまり、攻撃される部位を強制的に変更させることが出来る。本来はその部分に一緒に盾や籠手を装備して攻撃を防ぐという使い方をするが、体の端っこにその魔道具を付けておくことによって急所を外し、当たる直前に引っ込めることによって攻撃を避ける、ということもできなくはない。
この攻撃箇所を限定して避ける戦法は身軽な人によっては割と嵌まる戦法ではあるが、下手をすればその部位に確実に攻撃を受けてしまうということもあり、多くの場合は手に装備するがために手に酷い怪我を受けてしまうというリスクもあるためあまり使われることはない。
そりゃ頭とかに食らうよりはましだろうけど、腕がなくなったらその後の生活に支障をきたすのは間違いないからね。それなら身軽にして避けるよりも、防御してがちがちに固めた方がまだ楽だ。
「私の魔法を、迎撃するでもなくただ避け続けるなんて……ありえませんわ!」
「ありえないということはありえないんですよ」
まあ、私が避けられているのはひとえに体のスペックに助けられているからだからあまり強くは言えないけどね。いくら見えたところで、あんなに徹底されたら普通は何発か当たってしまうものだし。
ただまあ、このまま避け続けるだけというのも面白くない。少しは反撃しないと観客もつまらないだろう。
そろそろ反撃と行きますか?
感想、誤字報告ありがとうございます。