第二百九十二話:第五試合ハクVSアリストクロス
「これより第五試合、ハク対アリストクロスの試合を始める。まずは互いに礼!」
休憩の十分が過ぎ、私は最後の生徒、アリストクロスさんと対峙する。
会った時からずっと私の事を睨みつけていて、今も目の敵と言わんばかりに鋭い視線を飛ばしてきている。
しかし、その表情が初めてふっと余裕を浮かべるような笑みへと変わると、綺麗な声で話しかけてきた。
「あなたがハクね。まずは自己紹介しておきましょう。私はローゼリア森国の長ネクサンドロスが娘アリストクロス。あなたも魔術師というなら聞いたことがあるんじゃないかしら?」
「いえ、申し訳ありませんが聞いたことないです……」
国長の娘ってことは、こっちで言うところの王女様ってことだろうか。
ローゼリア森国は魔法の聖地として知られていて、多くの魔術師が住んでいる場所でもある。そして、歴史あるオルフェス魔法学園とも肩を並べられるほどの学園であり、その知名度は遠く離れたオルフェス王国でも有名と言われるほどらしい。
確かにローゼリア森国のこと自体は聞いたことがある。学園の生徒が話していたり、ルシエルさんに教えてもらったり、アリステリアさんが話しているのを聞いたこともあったか。
とはいえ、聞いたのはローゼリア森国がエルフの国であり、多くの優秀な魔術師を抱える魔法国家ということくらいでそこの長が誰だとかその娘がどうとか言う話は聞いたことがなかった。
申し訳なさそうに頭を下げると、なんだか呆れたような、見下したような目をして溜息をついた。
「まあ、いくら優秀だって騒がれてても所詮は人間ですものね。情報を調べるっていう考えがないんでしょう」
まあ、確かに情報を調べるって言うのはあまりやったことがない。
私は興味のあることなら積極的に調べるけど、それ以外の場合は適当に調べて終わりにすることも多い。
今回、対抗試合が開かれるにあたってエルフと戦えるって言う興味は沸いたが、それはエルフ自身に対する興味であってローゼリア森国ではない。それに楽しみにしておきたかったのであえて調べることもなかった。
まあ、実際にエルフの戦い方を目にした感想としては、悪くはないけど期待するほどのものでもなかったと言ったところ。
私の抱くエルフのイメージとしては、魔法の専門家で、人間が何年もかけて修得するような魔法を一瞬で使えるようになったり、豊富な魔力量を生かした強力な魔法を持っていたりとそんな感じだ。
まあ、これは前世の私のイメージなのでそれとは大きく異なることはわかっていたんだけど、実際に見てみるとこんなものかと思ってしまう。
そりゃ、相手はまだ学生だし、大人のちゃんとした魔術師ならもっと凄いのかもしれない。学生だって考えるならどの生徒もすでに詠唱短縮、もしくは無詠唱をマスターしていて人間に比べれば圧倒的に優秀と言えるだろう。
私の理想が高すぎたというのはあるかもしれないけど、これくらいだったら今の私には及ばないとわかってしまう。本気でやり合えるかもと思った期待は裏切られることになってしまったわけだ。
まあ、贅沢な悩みだと思うけどね。
「それなのに、何なんですのその精霊の数は! あなたみたいな凡人になぜそれだけの精霊がついているんですの!?」
「精霊?」
そういえば、前にアリアが私の周りには多くの精霊がついていると話してくれたことがあった。
精霊はとても気まぐれで、主に魔力の多い場所の下に集まる傾向がある。それは人の持つ魔力も含まれていて、多くの魔力に恵まれた人は知らずのうちに精霊の加護を受けることもあるのだとか。
大抵は一人、多くても二人とかそこららしいのだが、私の場合は十人以上の精霊がついているらしい。しかも、その誰もが加護を残していて、今や私の加護は大変なことになっているらしい。
これもアリアが言っていたことだけど、エルフは精霊や妖精を信仰する種族であり、精霊や妖精の加護を受けた者はとても尊ばれるのだとか。さらに、信仰の影響か、一部の者には精霊が見えるらしく特に意思疎通を図れる妖精にとっては大切なパートナーとなりうる存在であり、そう言った人達は妖精の加護を受けているらしい。
アリアは今はサリアについていていないが、それでも他の精霊は未だに私の下に集まっているらしい。もしかして、ずっと睨みつけていたのはそれが原因だったのかな?
「あなたには見えないでしょうけど、数多くの精霊があなたの周りに集っていますわ。しかも全員加護を落としている……こんなの、私はおろかお父様だって無理ですわ!」
「それは、ありがとうございます?」
「褒めてませんわ! この、この私を差し置いて……許せませんわ!」
アリアの話が本当なら私はエルフにとってとても尊ばれる人ということになるんだろうけど、アリストクロスさんはそうでもないらしい。
あれかな、自分は見えるし、精霊や妖精の加護ももらっている特別な人だったけど、それよりも圧倒的に多くの精霊に恵まれた人が出てきたから嫉妬してるってことだろうか。
私は別に何の意識もしてないけど、まあ私の周りに精霊が集まるのはどう考えてもお母さんのせいなので生まれの問題としか言いようがない。
「しかも、あまつさえアルト王子と恋仲ですって!? ふざけんじゃないですわ! アルト王子は私のものなのに!」
「私のものって、もしかして婚約者とか?」
「その予定ですわ! それなのに、アルト王子は君の気持ちに応えることはできそうにないと言って断ってきたんですわ! あなたのせいでね!」
まさかのアルト王子まで関わっているらしい。
私が原因で婚約を断られたってことは、ごく最近に婚約の話を持ってきたということだろうか。
まあ、国の王子王女が結婚するなんて珍しくもないし、由緒ある魔法学園がある国同士が繋がれば力も強くなるだろうしで悪いことはなさそうだけど……王子、まさか本気で私のために断ったんじゃないだろうな。
だとしたらちょっと説教しなきゃいけないかもしれない。王族に生まれた以上はそういう政略結婚的なことも受け入れなければならないだろう。なのに、他にふさわしい相手がいるならともかく、私みたいな平民を落としたいがために王女様の誘いを断ったんだとしたら許されることではないだろう。
いやまあ、確かに相手はエルフだし、人間とエルフが結婚したところで寿命の差でエルフの方が取り残されるだろうから、出来ればエルフはエルフ同士で結婚した方が身のためかもしれないが、だとしてももっと断り方があっただろうに。
「とにかく、私はあなたを絶対に許しません。ここでけちょんけちょんにして吠え面かかせてやりますわ!」
精霊に関してはともかく、王子に関しては私は別に王子に恋愛面で興味はないし勝手にやってくれって感じなんだけど……まあ、なんだかんだ王子のことは友達だと思っているし、婿となって国を離れてしまうのはちょっと寂しい。まあ、普通は嫁に来るんだろうけどさ。
結ばれる気はさらさらないけど、近くにはいて欲しいかなと思うこの矛盾した気持ち。これは婚約者を目指している彼女には失礼に当たる気持ちなんだろうか。
まあともかく、彼女が私を睨みつけてくる理由はわかった。
その鬱憤を晴らさせるのであればここは負けた方がいいんだろうけど、勝負をするからには勝ちに行きたいのが心情。二対二となり、私の勝敗によって大きく分かれるこの局面、悪いが、ここは勝たせてもらうよ。
「こほん、いいかな?」
「あ、はい、大丈夫です。進めてください」
試合前の言い合いは盤外戦術としてあるため多少は認められているが、流石に長くなりすぎれば咎められてしまう。
話に入りにくそうにしていた審判に合図を出し、さっさと試合を始めてもらうことにした。
「コホン……それでは、始め!」
両者構えたことを確認し、試合開始の合図がなされる。
さて、王女様の実力はいかほどのものだろうかね。
感想、誤字報告ありがとうございます。