第二百九十一話:第四試合エルVSフィルノルド2
模擬戦にはいくつかのルールがある。それは極力魔法のみで戦うことだったり、相手を殺してはならないだったりとそんな具合だ。
今回フィルノルドさんが使った油を使った作戦はどう考えてもそれに反する。
油によって燃え盛った炎はそう簡単には消えない。
消すには当然水やら砂やらが必要だろうし、それをかけたとしても簡単に消えるものではない。そして、消えたとしても大火傷することは確定であり、下手をすればそのまま死に至る可能性が高い危険な行為だ。
だが、端から見ればこれは火魔法の延長にも見えなくない。もちろん、これで試合が終わった後に火が消えないとなったら反則確定だが、それも何らかの手段で消す用意があるならば関係ないだろう。
なにせ向こうには水魔法も土魔法も使えるだけの人材が揃っている。その気になれば光魔法で姿を消してこっそりと火を処理することも可能かもしれない。
わざわざ懐に油壷なんて潜ませていたってことは、元々こうする予定があったってことだろう。確かに態度は悪かったけどそこまでの卑怯な手を使ったというわけでもない前の人達と違って、こいつは確実に大怪我をさせに来ている。
今すぐにでも審判に直訴したいところだが、ここでそれは逆に悪手だろう。さっきも言った通り、何らかの手段で火を消す用意があるならば私の方が悪者にされてしまう。
だから、やるならこっそり伝えるか、審判自身が気付くかしないとだめだ。まあ、ただの形式とはいえ礼もしない相手を見過ごすような審判なのだからあてにならないだろうけど。
「だけど、まあ……」
わざわざ私が動かなくてもエルならどうにかするだろうという確信がある。
確かにエルにとって火は苦手なものの一つかもしれない。だけど、いくら苦手と言っても蝋燭の火を怖がるような敏感な性格ではない。
森を焼き払うような上級魔法ならばともかく、この程度の火ならばエルにとっては吹けばすぐに消える灯火でしかないのだ。
「……はぁ、まあその程度ですよね。人族なんて」
火だるまとなったエルが軽く手を払う。その瞬間、体を包んでいた炎が一瞬で凍り付き、ボロボロと崩れ去っていった。
エルと言えば、制服こそ焼けた跡が目立つものの何ら火傷などは負っておらず無傷と言っていい状態。
私の予想通り、エルはこの程度でピンチに陥るようなことはないようだ。
「なっ!? なんでそんな平然としていられる!?」
「あの程度の火花で私に傷をつけられるとでも? 本気で傷をつけたいなら……」
エルがおもむろに手を上げると、空中に氷の槍が形成されていく。
何のことはない。先程まで撃っていたただの中級魔法だ。しかし、それに秘められた冷気は尋常なものではなく、近づくだけで凍傷を負ってしまうと錯覚するほどだった。
「この程度はやってもらわないと」
無言で手を降ろすと、次の瞬間にはフィルノルドさんの足に氷の槍が刺さっていた。
当然、ローブもろとも貫いている。ローブの許容量など、人の身となってもエルにとっては超えるのは造作もないものなのだ。
「な……ぎゃぁぁあああ!?」
「さて、反撃と行きましょうか。次はどこを貫かれたいですか?」
「や、止め……ぐぎゃぁああ!?」
返事を待たず、再び飛んでいった氷の槍は腹へと突き刺さる。
ローブの許容量はとうに越え、魔法無効のローブはすでにただのローブでしかない。一応は防御用魔道具も装備しているようだったが、それすら意味をなさない。
圧倒的なパワーを前に、フィルノルドさんは膝を折るしかなかった。
「さて、このくらいでいいでしょうか? 審判さん?」
「……はっ! そ、そこまで! 勝者エル!」
あまりの光景にしばし呆然としていた審判もエルの声で我に返ったのか、即座にエルの勝利を宣言した。
エルはすぐに魔法を解除し、槍を消し去ったので傷は痛々しいがそこまでの傷には見えない。だが、触れれば凍り付くような冷気に晒されていたのだ、凍傷まではいかなくとも相当な激痛を伴うことだろう。
痛みのあまり喚き散らすフィルノルドさんが救護班に運ばれていくのを見届けて戻ってきたエルはとてもいい笑顔で私に笑顔を向けてきた。
「ばっちり勝ってきましたよ、ハクお嬢様」
「まあ、うん、そうだね」
サリアが受けた傷に比べれば貫通するような傷とはいえそこまで酷い傷とは言えない。だが、もしあのまま試合が続いていたら冷気によってじわじわと凍傷が進んでいき、最悪足を失っていた可能性はあった。
模擬戦というように、これは殺し合いではない。魔法同士の戦いだからついついやりすぎてしまうということはあるだろうけど、基本的に相手を殺しうるような強力な魔法は使わないのが鉄則だ。
まあ、大半の生徒は使いたくても使えないだろうけど。
今回エルが放った魔法は中級魔法ではあるが、威力だけで言えば上級魔法にも引けを取らない。もしあれが腹や足ではなく、心臓や頭に直撃していたら命はなかっただろう。
だから、エルは十分やりすぎだと言える。
ただまあ、そのことに関して咎める気はない。あれは向こうが卑怯な手を使ってきたせいでもあるし、あんな挑発的な態度を取らなければエルもここまでしなかっただろう。
エルは私以外の人族に対しては割と厳しい。向こうがその気だというなら、売り言葉に買い言葉で勝負に出てしまう気持ちはわかる。
とはいえ、あれ大丈夫かな。明日には魔物討伐もあるというのに。
一応、一日目の怪我が酷い場合には一日間を取ってその次の日にやるということもあるようだが、一日で治らないような怪我が二日で治るとは思えないんだよな。
その場合は怪我が酷い生徒は棄権とされ、残りのメンバーで戦うことになるのでかなり不利になる。まあ、二勝二敗で怪我の比率は大体同じだからあまり変わらないかもしれないけどね。
「ハクお嬢様、お気づきかと思いますが……」
「うん、あのローブでしょ?」
「はい。加減としては人族で言うところの上級一歩手前くらいまで行けば十分かと思います。ご参考までに」
「なるほど。ありがとね」
魔法無効のローブと言っても、使われている魔石によってその性能はピンキリだ。以前これくらいだったからと放ったものが今回はやりすぎだったということもあり得る。
今回の場合、相手方が着ているローブはみんな同じもののように思えるからエルがそう感じたなら恐らく全部そうなんだろう。
生徒が撃つ可能性がある中級魔法に合わせて無効化してきたって感じかな。その気になればもっと強力な魔法も無効化出来るんだろうけど、流石にそこまでする必要性は感じなかったのかな。
さて、エルが言う上級一歩手前というと、私にとってはどれくらいだろうか。
正直、今の私の魔法の威力がどの程度なのかはあまり把握してない。
アリアの加護はもちろん、その他精霊の加護、竜の血による効果上昇、魔法の最適化と色々やっているから、下級魔法の水の刃だってその気になれば上級魔法クラスの威力を持つこともある。
加減はもちろんできるけど、どの程度加減すればエルの言った威力になるのかはわからない。
ここを間違えると最悪相手を真っ二つにすることになるから慎重にしなければならない。……いや、ここは安全策を取るべきか?
そもそも、攻撃魔法だから殺してしまう可能性が出てくるわけだ。ならば、拘束魔法で動きを封じ、急所に魔法を突きつけて降参を促せば殺す可能性は限りなくゼロになる。
まあ、降参してくれなかったらちょっと脅す必要があるけど、果たしてどうなることやら。
残っているのは五人の中でもひときわ目立つ髪形をした少女。くるくるとカールした金髪ツインテールはどこぞの悪役令嬢を思わせる。
じっとこちらを睨みつけている様子から見て素直に降参してくれるとは思えないんだよなぁ。
大将戦までもつれ込んだ以上、ここで負けるわけにはいかない。せいぜい頑張って勝ちに行くことにしよう。
感想ありがとうございます。