第二百九十話:第四試合エルVSフィルノルド
大技、恐らくは中級魔法だろうが、それを食らったサリアは割と酷い状態だった。
制服の大半は焼け焦げているし、素肌の部分は火傷も多く見られる。まあ、治癒できる範囲だからそこまで酷くないという見方もできるが、少しやりすぎ、と思えるくらいにはボロボロの状態だった。
私は救護班と一緒に治癒魔法をかける。そのおかげもあってか、火傷の大半はすぐに治すことが出来た。
この調子なら夜には起き上がってこれるだろう。魔力も、その頃になれば多少は回復しているだろうしね。
私はサリアの胸元にしまい込んだ魔道具を取り出す。
やはりと言うべきか、魔石は割れ、中の回路も壊れてしまっていた。つまり、魔道具は十全に機能を発揮し、ダメージを軽減してくれていたということだ。
もし魔道具がなかったらもっと大怪我を負っていたかもしれない。そう考えると、魔道具があってよかったと思える。
あのセラフィクオリアって生徒、結構強いみたいだ。少なくとも、生徒の中であれだけの威力を放てる者はオルフェス魔法学園にはそういないだろう。
あれで魔法無効のローブなんて使わず、正々堂々と勝負してくれたのだったらまだ好感も持てるけど、やはりなんとなく卑怯だ、というイメージが拭えない。
確かにルール違反はしていないけど……なんかもやもやする。
『ハク、サリアは私が見てるから、もう戻って』
『アリア、お願いね』
今回アリアは戦闘時には離れた場所で待機してもらう予定だったが、そんなことせずとも離れる理由が出来てしまったな。
アリアは竜の谷に行っていた時にお母さんに力を貰ったらしく、容姿こそあまり変わらなくともその能力は大幅に上昇しているらしい。もちろん、治癒魔法だってお手の物だ。
以前から私の怪我を治癒してくれた実績もあるし、アリアに任せておけばサリアが無事に回復することは約束されたも同然。安心して任せられる。
私は念のため何かあったら呼ぶようにアリアに伝え、会場へと戻っていった。
少し戻るのが遅れてしまったが、幸いにもまだ試合は始まっていないようだった。
フィールドにはエルと男子生徒が向かい合っている。
「これより第四試合。エル対フィルノルドの試合を始める。まずは互いに礼!」
エルが頭を下げるのに対し、フィルノルドさんは会釈すらしない。
見下したように鼻で笑い、手にした杖を肩に当ててポンポンと叩いている。
「お前がハクの騎士とやらか。まあまあできるようだが、俺様は弱い者いじめが嫌いでな? どうせ負けるお前にせめてもの情けだ。さっさと降参すれば怪我しないで済むぞ」
「はっ、エルフ風情が笑わせてくれますね。そんなローブを着ていないと戦えないような羽虫が良く吠えることです。こちらこそ情けをかけてあげましょう、さっさと降参すれば痛くしないで上げますよ」
「あん? 人間風情が調子に乗ってんじゃねぇぞ。気が変わった、お前は完膚なきまでに叩き潰してやる」
「やれるものならどうぞ。私もあなたは気に食わないので叩き潰します」
バチバチと火花を散らす二人。
思えば、エルがまともに戦うところを見るのは初めてな気がする。魔法を見せてもらったことはあったけど。
エルの正体は竜の中でも頂点と言えるエンシェントドラゴンだ。普通に考えれば【人化】して弱体化しているとはいえ、負ける道理はない。
しかし、相手は一応魔法無効のローブを着ている。直接干渉する魔法であれば容赦なく無効化してしまうローブを前にエルの魔法はどこまで通用するだろうか。
「それでは、始め!」
「お前の弱点はわかってんだよ! 食らいやがれ!」
先手必勝とばかりにフィルノルドさんが放ってきたのは火魔法だった。
エルが得意とする氷魔法は水魔法に通じるところがあり、火魔法とは疑似的な対抗関係にある。その上、火魔法はその特性上火力が高く、多少の相性差は埋めてしまえるほどのポテンシャルを秘めている。
なので、火魔法は魔法同士の対決において勝利しやすい使い勝手のいい魔法なのだ。だから、初手で放つ魔法としてはいいチョイスと言える。
「ふっ」
しかし、そんなアドバンテージも無駄な発言によってほとんど消えてしまう。そんな発言をすれば、自分がどんな属性を放つかを宣伝しているようなものだ。
それでも対抗属性だからどうしようもないと思ったのだろう。普通の相手ならば確かに苦戦を強いられたかもしれない。
だが、相手はエルなのだ。魔法に関しては一流ともいえる竜なのだ。
エルはあえて後手に動き、氷魔法で相手の魔法を相殺して見せる。一見すると慌てて放ったように思えた魔法だが、的確に相手の魔法に合わせ、綺麗に完全消滅させている辺り完全に狙ってやったことだろう。
いくら対抗属性と言えど、使われている魔力が違いすぎればあまり意味をなさない。本気を出せなかったとしても、エルの魔力は一級品だった。
「先手は取った。お前にもう勝ち目はない」
畳みかけるようにしてフィルノルドさんが魔法を連発する。それに対し、エルは指さし確認をする如く的確に魔法が飛んでくる場所に氷魔法を飛ばして防いでいく。
果てはわざとらしくあくびまでする始末。エルにとってフィルノルドさんは敵とはなりえないらしい。
「さて、少しは反撃してみますか」
攻撃の合間を縫って少し遅めに氷の槍を放つ。その速度は尋常じゃなく、見事にフィルノルドさんの腹へと命中した。
しかし、やはりそこは魔法無効のローブの力が働き、氷の槍は掻き消えてしまう。
流石のエルも、魔法を無効化されてしまっては勝つのは厳しいだろうか。
「無駄無駄! 俺様にそんな攻撃は効かねぇんだよ!」
「ふむ、この程度なら大丈夫なんですね」
その後も間隔を開けて何度か氷の槍を放って行くものの、悉くかき消されてしまう。
フィルノルドさんはどうせ食らわないからと避けることすらしていないが、それに浮かれてエルの考えには気づいていないようだ。
ちゃんと見ればわかるが、エルの放つ魔法は徐々に威力が上がっていっている。これは、魔法無効のローブがどれほどの魔法までなら無効化してくれるのかを計っているのだ。
あのローブも魔道具である以上は魔石の魔力を元に効果を発揮している。当然、魔石の許容量を超えるような魔法を受けてしまえば魔石は壊れ、その効果は失われるだろう。
確かに人族同士が戦う分には無類の強さを発揮するだろうが、次元が違う竜を相手にするには何とも力不足な一品というわけだ。
まあ、素材を吟味したり魔石を複数使うなどすればもしかしたら竜の魔法にも耐えうるような魔道具が出来上がるかもしれないが、防げてもせいぜい下級竜か普通の竜くらいなものだろう。
「そろそろ魔力が尽きてきた頃か? 俺様はまだまだ余裕だぜ」
「奇遇ですね。私もまだまだ余裕です」
フィルノルドさんが放っているのは燃費のいい下級魔法ではなく中級魔法。サリアの様に数を制限しているならともかく、何度も何度も数十本単位で使っていればすぐに魔力が尽きてしまう。
だが、そこは何か策があるようで、フィルノルドさんは魔力の枯渇の心配はしていないようだ。
恐らく、大量に魔石を用意しているか、そういう魔道具を用意しているんだろうけど、あの制服の中に一体どれだけ仕込んでいるのやら。
魔力を肩代わりしてくれる魔石を持ち込むのは別におかしなことではないが、そういうのはダメかと思って自重してきた私達はなんとも複雑な気分になる。
「ふん、痩せ我慢を。だったらこれでも防いでみな!」
フィルノルドさんは生成した火の矢を飛ばすと同時に懐から何かを取り出して投げつけてくる。
何か液体をまき散らしながら飛んでくるそれはどうやら小さな壺のようだった。
その液体が火の矢に触れた瞬間、盛大な炎が上がり、周囲を火の海にしていく。
まさかあれ、油か?
「そのまま焼け死にな!」
油壷はそのままエルに直撃しエルは油を被ることになった。当然、周囲の火は燃料の下に集い、エルの身体は一瞬にして燃え盛った。
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