第二百八十九話:第三試合サリアVSセラフィクオリア2
大技をまともに食らい、ボロボロの状態となったサリア。しかし、そこからのサリアはまるで別人とばかりに動きが目に見えて変わった。
サリアが一歩踏み込めば、かなりの距離が離れていても瞬時に間合いを詰め、手に生成した闇色のナイフで急所を刺しにかかる。その挙動はまるで暗殺者のようであったが、よくよく考えればサリアはそういう組織でボスに祭り上げられるほどの実力を持っているのだ。
相手が光属性だから隠密による完全奇襲は難しいまでも、音もなく相手の背後に忍び寄り、一息に急所を突く技術は独学ながらかなり洗練された動きとなっている。
ただ、すでに見つかっている状態で相手の背後を取るあの瞬間移動にも似た動きは見たことがない。
一瞬見える魔法陣から、おそらく身体強化魔法と風魔法を合わせたものだということはわかるけれど、サリアは風属性の適性こそあれ、そこまで得意というわけではなかったはずだ。少なくとも、相手の視界から一瞬外れるほどの速度で動くなんて芸当以前はできなかったように思える。
切り札として温存していたのか、はたまたピンチによって潜在能力が覚醒したのかはわからない。だが、これならば多少の勝ち目が見えてきた。
魔術師はその戦闘の性質上素早い相手を苦手としている。
動きが速ければ詠唱をしてから放つ魔法ではタイムラグがありすぎてまともに当てられないし、回避されながら近づかれでもしたら対抗する術は少なくなる。
多少速い程度なら五感を集中させて無理矢理当てに行くこともできるかもしれないが、サリアのそれはお姉ちゃんの動きにも似た高速移動。無詠唱とはいえ、目で追ってから発動していたのでは遅すぎる。
それにサリア自身が近づくことによって単純に魔法を発動してから相手に届く時間も短縮することが出来る。
あれはもはや魔法というよりは完全に暗殺術だが、魔法で作り出した武器を使っている以上は魔法を言い張ることが出来る。
まあ、二戦目のアルマゴレムさんが杖で殴り掛かっていたように、別に武器を使ってはいけないというルールはない。サリアは普段から腰にナイフを仕込んでいるし、わざわざ魔法を使うよりはそっちの方がいいんだろうけど、観客は魔術師同士の戦いを見に来ているわけだし、武器に頼った戦いをするのはあまり好まれない。だから、サリアもああやってちゃんと魔法で武器を作っているのだ。
アルマゴレムさんの場合は目新しい戦い方ということもあってそこまでブーイングは飛んでこなかったようだけどね。
さて、一転してサリアの攻勢となりセラフィクオリアさんは碌に対応もできずに攻撃を受けまくっている。
ただ、やはり魔道具が優秀なのか、食らった様子は全くない。というか、サリアの攻撃が届く瞬間に魔法が掻き消えてしまっている。
「あれって……」
普通、防御用の魔道具というのは攻撃のダメージを吸収することによってダメージを軽減している。だから、魔法の場合はその一部が魔力に分解され、霧散しているように見えることもある。
だが、それはほんのわずかな表層だけに過ぎない。魔力の一部がなくなっているから威力は大幅に下がるだろうが、攻撃自体はまともに食らっているように見えるはずだ。
しかし、見ている限りセラフィクオリアさんに当たっている魔法はそのすべてが掻き消えているように見える。まるで当たる直前に攻撃をすべて無効化されているような……。
魔道具に興味を持った後は色々な魔道具を見てきたが、あのような特性を持つ魔道具に一つ心当たりがあった。それはあらゆる魔法を阻害し、霧散させる魔術師殺しとも言える魔道具。……そう、魔法無効のローブだ。
以前、闘技大会で人質を取られた時、その組織が身に着けていたのがこのローブ。多くの魔法を無効化し、魔術師相手には無双できるであろう強力な魔道具だ。
一応、大量の魔法を当てることで魔石の魔力を枯渇させて効力をなくしたり、露出している魔石自体を叩くことによって破壊したりと色々対策はなくはないのだが、それを知らなければ魔術師は何もできないだろう。
もし、向こうの生徒が着ているローブがすべてこの魔法無効のローブだとしたら、相当理不尽なことをしていることになる。
そりゃ確かに魔道具の持ち込みは許可されているし、どんな魔道具をどれだけ持ち込もうがルール違反には当たらない。だが、魔術師同士の戦いで武器を使った戦いがあまり好まれないように、魔術師の能力を著しく阻害するこの魔道具は使用してはいけないという暗黙の了解がある。
まあ、その気になれば魔法反射とかもっと凶悪なことをできるところを魔法無効で済ませている辺りまだ優しいのかもしれないが、まともに勝とうという気はさらさらないように思えた。
「サリアは、気づいてないのかな……」
サリア自身、あのローブはお気に入りで学園に入る前はよく愛用していた。確かに色は違うけれど、気づいている可能性はなくはない。
ただ、サリアの場合は性能というよりはお洒落として使用していた側面が強く、その性能を凄いと思ってはいても特に追及はしていなかった。だから、さっき言ったような『魔法無効のローブの弱点』を知らない可能性が高い。
あえて接近し、且つわざわざ魔法の武器を手に持っているのは魔法が無効化されてもそれを持っていた手による打撃は通ると思っているからかもしれない。
別に素手で殴りかかったところでルール違反ではないが、やはりあまり好まれた戦い方ではない。だけど、さっきまで持っていた魔法の武器が何らかの方法で霧散させられた結果、手で殴り掛かったように見えてもそこまでの批判は生まれないだろう。
サリアの腕力なんてたかが知れているからそれこそダメージにはなっていないだろうが、ローブをそのままにサリアが勝つ方法があるとしたらもはやそうやって物理ダメージを稼いでいくほかない。
片や高速移動しつつじわじわと切りかかっていくがダメージが通らず、片や防戦一方で攻撃する暇がない。
サリアの動きは見た目には派手でかっこいいが、流石に何度も見せられてはワンパターンと飽きられてしまうだろう。そして、これをいつまでやれば勝負がつくかなんてわからない。結果、とんでもない泥仕合となってかなりの時間を費やすことになった。
「はぁ、はぁ……」
長期戦となって不利になるのは当然サリアだ。
元々かなりのダメージを負った状態であったし、攻撃のために一本だけとはいえ魔法で武器を作り出している。それに高速移動だって少なくない魔力を使っているはずだ。
当然、その度に魔力は消費されていくので、いずれは魔力が尽きる。魔力が尽きてしまえば意識を保っていられなくなり気絶してしまう。
対して、セラフィクオリアさんは攻撃の合間にちょいちょい魔法を放ってはいるもののほとんど消費はしていない。その気になれば全くの無抵抗でもダメージを受けないのだから、どちらが早く魔力が尽きるかなんて火を見るよりも明らかだ。
荒い呼吸を繰り返すサリア。最初の頃に比べ、明らかに速度も落ちている。
その気になればもう当てられるくらいには遅くなっていたが、セラフィクオリアさんは消耗を待っているのか結局攻撃することはなかった。
「……」
ばたり、とサリアが倒れる。どうやら魔力切れで気を失ってしまったらしい。
審判が駆け寄り、意識を失っていることを確認すると、ようやく勝敗が決まった。
「勝者、セラフィクオリア!」
大技を食らってからの巻き返しに称賛の声をかけるものもあったが、やはり途中からのワンパターンな戦法が不評だったのかあまり観客の声は大きくない。
魔法無効のローブは一般には冒険者くらいしか買う機会がないし、知らない者から見ればサリアの魔法がめちゃくちゃ弱いんじゃないかと思った者もいるかもしれない。
でも、サリアは圧倒的不利な状況から必死で戦った。それだけはわかって欲しい。
救護班に運ばれていくサリアに付き添いながら、ちらりとセラフィクオリアさんの方を見る。
控えにいる他のメンバーからはよくやったと賞賛されているが、本人は何やら複雑な表情でサリアの事を見送っていた。
魔法無効のローブなんて言う魔術師戦では反則ともいえるようなアイテムを使ったことに罪悪感でも抱いていたのだろうか? 作戦勝ちと言われればそれまでだが、あのやり方に関しては私は好きになれそうになかった。
感想ありがとうございます。