第二百八十八話:第三試合サリアVSセラフィクオリア
「やりましたね、テトさん」
試合を制し、戻ってきたテトさんに駆け寄る。
正直、テトさんが勝てるとは思っていなかった。どう考えても絵を描く時間と魔法を撃つ時間では魔法の方が早いし、避けるために動いてしまえば絵は中断せざるを得なくなるため完成させることは難しくなる。だから、先手を取られた時点で負けが確定すると思っていた。
だけど、実際にはあの絵は私の思う以上に汎用性が高いらしい。まさか単純な線や丸だけで動かせるなんて思ってなかったし、予め空中に糸を張り巡らせていたのにも気づかなかった。
流石は転生者。自分の能力をよくわかっている。
「今回はたまたまうまくいっただけですよ。でも、勝ててよかったです」
「これで一対一だな。僕も頑張るぞ!」
サリアが意気込んでいる。
次は中堅戦、サリアの出番だ。ここでどちらが勝つかによって優位がどちらに傾くか決まる大事な試合。熱が入るのもわかる。
ただ、サリアはまだ無詠唱が苦手だ。下級魔法や一部の中級魔法なら無詠唱ができるが、他はせいぜい詠唱短縮しかできない。
サリアの詠唱短縮は魔法名を言うだけで発動できるくらい精度の高いものではあるが、一言でも言葉を発せなければ放てないのとまったく言葉を発せずに放てるのとでは結構な差が生まれる。
その辺りの差をどう埋めていくかが問題だな。
「サリア、あんまり気張らずにね。仮に負けてもまだ取り返せる範囲だから」
「おう。でもやるからには勝つぞ」
ここでサリアが負けると一対二で向こうの優勢。しかし、あと二回ともこちらが勝てば逆転勝利となる。そして、【人化】して手加減状態とはいえエルが負けるとは思わない。だから、勝負は私次第ということになる。
逆にサリアが勝てば、その次にエルが勝てば三勝でこちらの勝ち。私の出番はなく終わる可能性もある。
まあ、勝ちではあるけど、厳密には対抗試合の勝敗は得点制らしいので正確な得点を付けるためにやる可能性はあるか。
どちらにしろ、私の出番があれば全力で戦うけどね。……いや、全力で戦ったらまずいか、ほどほどに戦おうね。
「続いて中堅戦を行う。対象者は前へ」
と、そんな話をしていたら休憩の十分が過ぎたようだ。フィールドにいたはずのアルマゴレムさんはいつの間にやらいなくなっている。恐らく、見ていない間に救護班に運ばれて行ったのだろう。
「それじゃ、頑張ってね」
「おう!」
サリアの背中を押すと、元気よくフィールドの方へと飛び出していった。
対する向こうの人選は少し小柄な女性。私と同じ銀髪で腰まで届くほど髪が長い。
独特な歩き方をしており、歩いているはずなのに足音一つ聞こえない。
なんとなく、ただ者ではない感じがする。これは強敵かもしれないね。
「これより第三試合、サリア対セラフィクオリアの試合を始める。まずは互いに礼!」
サリアが深々と礼をするのに対し、セラフィクオリアさんはきっちりとした礼を返した。
この人だけは五人の中でも割とまともらしい。まあ、礼一つでねちねち言うのもあれだから別にそこまで気にしていないんだけど、妙な噂もあるしであまり信用できないのも事実。
今のところはそこまで嫌がらせらしい嫌がらせもしてないしね。
「あなたに恨みはありませんが、この勝負勝たせていただきます」
「僕だって負けないぞ!」
「……」
セラフィクオリアさんは一瞬胸に手を当てて何かを言いかけたようだったが、結局何も言うことはなかった。
なんだろう、何か複雑そうな顔をしているけど……。
「それでは、始め!」
その表情の理由に思い至る間もなく試合は始まった。
開幕の魔法合戦、サリアは無詠唱で闇色の剣を撃ち出した。
いつもならばもう何本かついでに生成しているのだが、やはりまだ無詠唱には慣れていないらしい。若干火力不足が目立っていた。
対して、セラフィクオリアさんは白色に光る矢を複数本精製し撃ちだす事でそれを相殺し、そのままサリアへと何本かを届かせてみせた。
あれは光魔法だね。
光魔法は闇魔法と同じく特殊属性に分類されているけど、一部の説では基本属性に光と闇を含めた六属性こそが基本属性であり、光と闇は打ち消し合う性質があるという説もある。
まあ、今回の場合は単純に火力勝負で負けた感があるけど、属性相性があるのとないのとでは全然違う。その差だけでも生死が分かれる時があるのだから。
「よっと」
サリアはあらかじめ撃ち負けることがわかっていたのか矢をひらりと躱す。
そしてすぐさま自身に隠密魔法をかけて姿をくらませた。
闇魔法は拘束や妨害といったものに適した属性で、隠密魔法もその適性のうちの一つに入る。その効果のほどは、探知魔法でも探知できないほどだ。
これを見つけ出すには光魔法の看破魔法が有効で、やはり闇と光は相性が悪いと言える。
セラフィクオリアさんの適性属性は光。案の定、すぐさま看破魔法で居場所を暴いてきた。
「隠密魔法は私には効きません」
「む、ならこれはどうだ! シャドウチェーン!」
サリアが地面に手を置くと、自身の影から闇色の鎖が飛び出しセラフィクオリアさんに纏わりついていく。
本当ならこれは相手の陰から鎖を生成する方法であるが、その辺りは対策しているのかセラフィクオリアさんの影は薄い。多分、光魔法の応用だろう。
影がなければ闇魔法はあまり力を発揮できない。結果、自分の影からしか生成できなくなった鎖は届くまでに僅かに時間を要することになった。
「はっ!」
その一瞬で見切ったのか、セラフィクオリアさんが振るう杖によって闇色の鎖は粉々に砕け散った。
これは、あまりにも相性が悪いな……。
対抗属性はお互いに相殺し合い消滅することからお互いに有利が取れるが、光と闇は違う。それはそれぞれの属性の性質の問題で、闇魔法は影などの暗い場所では効果が増し、光魔法は日光が照り付ける場所などの明るい場所で効果が増す性質を持っている。
それぞれが魔法を使う場合、光魔法を使うとそれが光源となってしまい、影が少なくなるが、闇魔法を使っても光の面積が減ることはない。
もちろん、場所によっては光を飲み込むほどの闇魔法を使うこともできるが、基本的に日中、太陽の光が降り注いでいる時間帯では闇魔法より光魔法の方が有利だ。
だから、いくらサリアが魔法を放ったところでよほど隙をつかない限りは相殺されてしまうし、逆に返り討ちに遭うことになる。
今回の場合は相手もうまいだろう。サリアは割と素直な性格だから行動を読まれやすい。その結果、即座に対応を返されてしまう。
なんとかして隙を見つけなければ勝ち目は薄い。
「あまり苦しめたくはありません。一撃で決めてみせましょう」
そう言って詠唱を始める。ここまでセラフィクオリアさんは無詠唱で魔法を撃っていたが、無詠唱に対応していない魔法、つまり大技ということだ。
サリアは即座に闇色のボールを放つが体に触れるとまるで何かに阻まれたかのように掻き消えてしまう。
この光景、さっきも見た気がする。なんだろう、前にもどこかで見たような気がするんだけど……。
「ホーリーレイ」
詠唱が完了し、眩いばかりの光の雨が降り注ぐ。
サリアはとっさに闇魔法で壁を張ったようだがすぐに破られ、いくつもの光のレーザーを浴びることになった。
「かは……」
本当にレーザーだとしたら大怪我どころでは済まないだろうが、流石にそんな死の危険があるような魔法は使わなかったらしい。服は焼き焦げ、ボロボロではあるがサリアはなんとかその場に立っていた。
「これ以上の戦いは無用です。降参することを勧めます」
「誰、が、降参なんて……」
それでも相当なダメージであったのか、サリアはもうフラフラだった。
どう見ても戦える状態ではなかったが、サリアはまだ諦めていないようだ。
あまり無理はしなくていいと言ったのに……。でも、サリアの気持ちもわからなくもない。
私はハラハラしながら行方を見守ることにした。
「ならば、残念ですが止めを刺させていただきます」
セラフィクオリアさんがゆっくりと詠唱を始める。
恐らくこれはいつもは無詠唱で撃っているものだろう。サリアに対して敬意を払ったからこそ、ちゃんと詠唱して止めを刺そうというのだ。
しかし、その詠唱は最後まで続くことはなかった。なぜなら、次の瞬間には目の前にサリアの姿があったから。
「なっ!?」
「隙あり」
手にした闇色の短剣を腹に突き刺す。残念ながらそれは魔道具の効果によって皮膚に刺さることはなかったが、サリアはここに来て初めて相手に一撃を入れてみせたのだ。
「勝負はまだこれからだ」
慌てて距離を取ったセラフィクオリアさんにニッと笑って宣言する。
相変わらずフラフラの様子ではあったが、サリアはまだ戦えるようだった。
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