第二百八十七話:第二試合テトVSアルマゴレム
戻ってくると、すぐに時間となり第二試合が始まった。
こちらの次鋒はテトさん。相手方は少し大柄な男子のようだった。
「これより第二試合、テト対アルマゴレムの試合を始める。まずは互いに礼!」
エルフは基本的に背が高い人が多いが、アルマゴレムさんはかなりの長身だ。テトさんと比べると、頭二つ分くらい高い。
威圧感が半端なそうだが、テトさんはあまり気にしていないようだ。
しかし、アルマゴレムさんの方はそんな態度が気に入らないのかぎらぎらとした目で睨みつけながらドスの利いた声で話しかける。
「はっ、随分とか弱そうな嬢ちゃんだ。持ってるのは筆か? 杖と間違えてんなら今なら取り換えに行ってもいいぜ」
「いえいえ、これが私にとっての杖なので」
「ガハハ、そいつは面白れぇ冗談だ。その言葉後悔させてやる」
脅しつけるような言葉にもテトさんは涼しい顔。
元々テトさんはおおらかな性格というか、鈍感というか、あまり動じない性格のようだ。転生者として特別な力をもってこの世界に降り立ったこともあり、その余裕はかなり深い。
ただ、彼女の能力の性質上一対一はかなり不利となるのは明白。果たして勝つ算段は付いているのだろうか?
「それでは、始め!」
「おらぁ!」
開幕早々、アルマゴレムさんが飛び出していく。魔法を使うではなく、突進したのだ。
魔術師同士の戦いにおいて相手との距離というのは非常に重要な要素となる。射程が長い武器を使っている以上、その射程を正確に把握し、相手の射程外に出たり、こちらの射程に相手を引き込んだりする必要があるからだ。
もちろん、近づかれれば大きな魔法は使えず、下級魔法や身体強化魔法による近接戦を余儀なくされることになるため近づくのが間違いというわけではない。
普通は近づくこと自体が難しいだろうが、テトさんの場合は空中に絵を描くことによってそれを武器とする。なので、初動がかなり遅いのだ。
そうなれば、近づくことは容易。あっという間に距離を詰められ、そのまま杖で殴り掛かられる。
「おっとと」
しかし、テトさんも冷静だ。予想外の攻撃をされたにもかかわらず最小限の動きで躱していく。
しかし、描きかけていた絵は中断せざるを得ず、空中には歪な丸が残るだけとなった。
「おら、どうしたどうした!」
「うーん、そういう型かぁ……」
アルマゴレムさんはそこから離れることなく杖を振り回して殴り掛かることを繰り返している。
どうやら身体強化魔法特化型のようで、遠距離ではなく近距離を得意としているらしい。
魔術師としては珍しいが、そういう戦い方もなくはない。むしろ、それに特化した人であれば通常の格闘家よりもかなりの火力を出すことが出来るため普通に冒険者にも存在する戦い方だ。
通常、身体強化魔法は殴る瞬間だとか攻撃を受ける瞬間だとかにその部分に強化を施すことによって威力を高めたり攻撃を防いだりする魔法だ。
魔法が使える人ならば多くの人が覚えている魔法だが、使い勝手がいい反面効率はそこまでよくない。
例えばパンチの威力を上げるために拳に身体強化魔法をかける場合、殴る瞬間にかけるだけだったらそこまで消費は大きくないが、これを常時かけ続けるとなると話は変わってきて、かなりの魔力を消費することになる。
私も日頃から目に身体強化魔法をかけて持続させておくということしているが、始めは消費も大きくて中々持続させることはできなかった。
今では二重魔法陣による魔力軽減で実用に足る性能になっているけど、そういうのをなしでやる場合は相当魔力量が多くないと使えない魔法ということになる。
しかし、特化型の魔術師はその弱点を克服しているらしい。詳しくは知らないが、体内の魔力を操作して効率的に消費することによって最終的な消費を抑えているとかなんとか? まあともかく、私がやっているのと同じように常時身体強化魔法を発動させることが出来るらしい。
これを知ったのは学園に入った後だったし、実際に見るのは初めてだ。
魔法陣が特別視されていない現状を見ると私と同じように二重魔法陣を使ったというわけではなさそうだけど、そのメカニズムには少し興味がある。
魔法のコストは削減してなんぼだからね。もちろん、それで威力が落ちたりしたら元も子もないけど、同じ性能を引き出せるならコストは低い方がいいに越したことはない。
「魔法の一発も放つ余裕もないようだな。降参するなら今のうちだぜ?」
「まさか、降参はしませんよ」
ぶおんともの凄い風切り音を響かせながら迫る杖を紙一重で躱していく。
いくら転生者とはいえ、授かった能力は絵を描く能力。それ以外は普通の人間と同じであり、ほんわかしてそうなテトさんが武術に通じているとも思えないからこれだけしっかり避けれているのには少し違和感がある。
どういうことかと目に身体強化魔法をかけてみれば、その理由はすぐにわかった。
振り抜かれる杖が当たる瞬間、空中に描かれた線やら丸やらが杖の軌道を逸らしている。
どうやら描きかけでも動かすことが出来るらしい。いや、どちらかというとそれが完成形となるように計算して描いていたのかもしれない。
普通、迫りくる敵を前にして悠長に絵なんて描いてる時間はない。どんなに簡単な絵だって、無詠唱魔法の前にはその時間を取ることはできないだろう。
しかし、ただ線や丸を描くだけだったら一瞬でできる。しかも、ただでさえ空中では見えにくい絵なのだからそんな小さなものが攻撃をそらしているなんて気づこうはずもない。
テトさんはかなり押されているように見えて、その実戦いの主導権を握っているのだった。
「ふん、避けるのが得意のようだが、こいつは避けれるかな?」
そう言って一瞬距離を取ると、地面に向かって杖の柄を叩き付けた。するとその瞬間、テトさんの周りの土が盛り上がり、檻のようにテトさんを閉じ込めた。
「これなら避けようがねぇだろ!」
再び急接近して空中へと躍り出る。周囲を土で壁を作って逃げ道を塞ぎ、唯一の出口である上から攻撃を仕掛ける。
なるほど、これなら確かに避けようがない。周囲を土の壁で覆っている影響で杖のような長い武器はあまり効果がなさそうだが、拳で殴ればそれも関係ない。
絶体絶命、そう思えた。が、しかし……。
「やっと跳んでくれましたね」
「なに? ぐぅ!?」
振り下ろされるはずだった拳は空中で止まり、アルマゴレムさん自身も空中で動きを止める。
空を飛ぶ魔法こそあるが、ただの生徒が使えるような魔法ではない。あれは上級魔法の中でもかなり難しい魔法であり、仮に魔法が得意なエルフでも使える者は少ない。
ではなぜアルマゴレムさんが空中で留まっているのか。その答えはよーく目を凝らしてみればわかるだろう。
「これは……糸か?」
「当たり。正確には蜘蛛の糸ね」
アルマゴレムさんの身体に巻き付いているのは見えないほどに細い糸。
テトさんはあらかじめ空中に糸を張り巡らせていたのだ。相手が跳んだらそれに引っ掛かるように。
もちろん、相手が跳ぶかどうかなんてわからない。普通の魔術師相手だったら魔法を放つだけで自身が跳ぶなんて状況はずっと訪れなかっただろう。
しかし、それを考えていないテトさんではない。今回アルマゴレムさんが自分から引っかかってくれたのはただの自爆で、飛ぶことを誘発する作戦は別にあったのだ。
でも、それをお披露目することはない。なぜなら、そんなことをしなくても準備する時間は十分に取れてしまったから。
「さあ、みんな。傷めつけちゃって」
「や、やめ、ぎゃぁぁああ!」
動けないアルマゴレムさんを前に即座に絵を描き上げたテトさんの指示によってデフォルメされた動物達の絵が襲い掛かる。
傍目には可愛らしく、戦闘能力なんてないように思えるが、その威力は本物の動物にも匹敵する膂力を持っている。
あっという間に蹂躙されたアルマゴレムさんは、その過程で糸を切られ、地面に力なく落下した。
動く様子はない。意識はあるようだが、傷だらけで動けないようだった。
「そこまで! 勝者テト!」
審判の宣言によって観客席から歓声が轟いた。
第二試合はテトさんの華麗な策略によって見事に勝利を飾ることが出来たのだった。
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