第二百八十六話:第一試合アッドVSミストレイス
宝石魔法は威力がある程度決まっている代わりに少しの魔力を流すだけで魔法を発動することが出来る。
まず宝石を投げる必要があるので無詠唱とはいえそこまでのアドバンテージにはならないが、相手が詠唱をするような相手だったらそれでも十分先制できる差と言えた。
しかし、そこはやはり精鋭を選んできているというべきか、ミストレイスさんも即座に詠唱短縮で魔法を放ってきた。
威力は、互角。ちょうど二人の真ん中あたりで炸裂した魔法はお互いに相殺し合い、消えてしまった。
一瞬の事ではあったが、見た限り属性相性による相殺が起こったように見えた。
基本属性は火と水、風と土のように相反する属性同士がぶつかり合うとお互いに相殺し合い消滅してしまうという特性がある。
もちろん、初級魔法と上級魔法がぶつかればたとえ対抗属性だとしても上級魔法が勝つが、初級魔法と中級魔法程度の差だったらお互いに消滅してしまうこともある。
アッドさんが放ったのは火の宝石、ミストレイスさんが放ったのは水魔法。これによりお互いの魔法が相殺し合い、派手に消滅したと思われた。
基本属性の中で最も威力に秀でているのは火魔法だ。だから、相手が火魔法を使うことを予測して水魔法を放つというのは十分にあり得る。
そこらへんはミストレイスさんがうまかったというべきだろう。詠唱短縮で、威力もそこそこある魔法を瞬時にぶつけたのだからそれなりに実力があるのはわかる。
だが、それも最初の一発だけだ。
「おらおらぁ!」
アッドさんは次々と宝石を投げていく。
元々大量にばらまくのが好きだったアッドさんだから大きさが変わってもそのスタイルはあまり変わらないのだろう。
もちろん、大きいから一発一発を投げる速度は遅くなり、隙を晒すことになってしまうが、アッドさんは一個を投げる間にもう片手で次の宝石を用意することによってその隙を減らしていた。
継続的に投げ続けることが出来れば宝石魔法の長所が如実に表れてくる。
それは属性の多様性。どんな魔力だろうが、宝石は決まった属性の魔法しか発動しない。だから、適当に投げているだけで火魔法、水魔法、風魔法と言ったように様々な魔法を放つことが出来る。
これらすべてを対抗属性で相殺しようと思ったらかなりの動体視力と詠唱速度が必要となり、実質すべてに対応するのは不可能だ。
案の定、ミストレイスさんも徐々に対応しきれなくなり、次第に押されていく。そしてついに、宝石の一つがミストレイスさんに直撃した。
「やったか!」
直撃したのは火魔法。その威力の高さ故か、周囲の砂を巻き上げて辺りに砂煙が舞う。
いくら魔法耐性がある魔術師とはいえ、中級魔法クラスを受ければかなりのダメージとなる。
見たところ防御もできていなかったようだし、これなら初戦は勝ちで決まっただろう。
アッドさんもそう思っているのか、宝石を投げる手を止めてにやりと表情を緩ませていた。
……が、しかし。
「甘い」
「何!? ぐぅっ!」
砂煙の中から水魔法が飛び出し、アッドさんへと直撃した。無防備で食らったアッドさんは吹っ飛ばされ、数メートル先に仰向けに倒れる。
思わず砂煙の方に目を向けると、次第に晴れてきたその先には全くダメージを受けた様子のないミストレイスさんの姿があった。
「ば、馬鹿な! まともに食らったはずだぞ!」
「あの程度、俺には通用しない」
そう言って追撃の水魔法を放つ。
アッドさんはとっさに宝石を地面に叩きつけ、土魔法を発動させることによって壁を作りそれを凌いだ。
「くそっ、どうなってんだ……!」
一度不利になってしまうと宝石魔法は弱い。
絶え間なく放たれる魔法によって投げる暇を作ることが出来ず、逃げに徹することしかできなくなる。
もちろん、一生徒がそこまでの弾幕を張れるかと言ったら否ではあるが、ミストレイスさんは大人の魔術師も顔負けの速度で魔法を放ち続けていた。
いくらエルフが魔力に秀でた種族とはいえ、一生徒が持つには多すぎる魔力量。多分、魔道具かなにかで補っているんだろうけど、これはアッドさんには辛すぎる。
ここからアッドさんが勝つには、向こうがミスをしてくれるか、魔力が尽きて魔法をやめてくれるまで逃げ続けるしかない。しかし、ミストレイスさんの攻めは的確で、逃げる先に回り込むようにして魔法を執拗に放っている。結果、アッドさんはどんどん被弾し、次第にボロボロになっていった。
「ぐあっ!?」
ついに足を射抜かれ、蹲ったところでまともに食らってしまい、アッドさんは気絶した。
動かなくなったことを確認すると、相変わらず興味のなさそうな目でアッドさんを見下ろし、やれやれと首を振った。
「そこまで! 勝者ミストレイス!」
わっと歓声が沸く。宝石魔法による色とりどりの魔法、それに対抗する流れるような弾幕。それらは観客の目を大いに楽しませたらしい。
ミストレイスさんの事を称賛する声やアッドさんの健闘を讃える声もちらほらと聞こえた。
すぐさま救護班がアッドさんを運んでいく。その姿を見て、ミストレイスさんは小さく呟いていた。
「宝石魔法如きで俺に勝とうなんて100年早い」
静かに去っていく背中は、さながら孤高の戦士のようにも見えた。
さて、ともあれアッドさんの見舞いに行くことにしよう。次の試合はまた十分後だからそれまでの間だけど。
テントを抜け出し、医務室へとやってくるとすでにアッドさんは目覚めていた。
すぐさま治癒魔法をかけられたらしく、直撃を受けたのも二回だけだったためそこまでの致命傷にはならなかったようだ。
まあ、模擬戦で致命傷を出されても困るんだけど。
顔にガーゼを張り付けられ、苦々しげな顔で私達を見ているアッドさんは、力なく拳を握り締めていた。
「すまん、勝てなかった……」
「いえいえ、善戦した方ですよ。まだ何とかなります」
模擬戦は全部で五戦。三戦勝てばまだ勝ちの目はあるので一回負けた程度ではまだわからない。
しかし、最初の勢いをつけるのに失敗した事に責任を感じているのか、アッドさんの表情は結構辛そうだった。
「わざわざこんな大層な宝石までもらったのにな。情けねぇぜ」
「それだけ相手が強かったってことですよ。あまり気に病まないでください」
最初は結構いい線いっていた。押し切っていたし、先制で直撃を取ったこともあった。ただ、思いの外ダメージが通らずに一気に返され、防戦一方になってしまっただけで。
恐らく魔道具のせいだろう。私達と同じく防御用の魔道具を付けていたからダメージを逃がせた。そう考えなければおかしい。
ただ、私達の持っている魔道具はダメージの軽減こそすれ無効化することまではできない。現に、アッドさんも何度も攻撃を食らってチクチクとダメージを蓄積されて行ったのだから。
相当高性能な魔道具を使っているのだろうか。一応、私達が持っている魔道具だって、魔道具の産地であるゴーフェンで作られたオーダーメイド品のはずなんだけどな。
「とにかく、今はゆっくり休んでください。明日に響くといけませんからね」
「ああ、後は頼んだぞ」
よほどの傷を負っていない限り予定通り明日には魔物討伐が行われる。その時にダメージを残してしまっていたらかなり不利になるのでちゃんと休んでいてもらわないと。
宝石の在庫もまだある。仮に模擬戦で勝てなくとも、後の試合で巻き返すこともできるしね。
今を悔やむより、次に向けて休んだ方が建設的だ。
「次はテトさんですね。では、応援に行ってきます」
「ああ」
「あ、でもその前に」
私はアッドさんの肩に触れ、治癒魔法をかけておく。
治癒魔法なら既にかけてあるだろうけど、重ね掛けすれば多少なりとも回復速度が上がることだろう。
きょとんとするアッドさんをしり目に治癒魔法をかけ終え、改めて医務室を後にする。
さて、次の試合はどう転ぶかな。
感想ありがとうございます。