第二百八十四話:宝石の回収
対抗試合まで残り三日ほど。地道に刻み続けてきた宝石の刻印がようやく終わった。
いや、結構余裕をもってできると思っていたんだけど、学園の授業もあったし、魔道具を探すのに割とてこずっていたこともあって思ったよりぎりぎりになってしまった。
これ、サルサーク君に手伝ってもらってなかったら間に合ってないよね。危うく授業中に内職をするところだった。
「あ、ハクさん……来たんですね……」
「うん。そろそろできているかと思って」
サルサーク君に渡した宝石は約五十個。半分くらいだ。
授業での腕前を見る限り、授業が終わる前に一つ刻み込めるってことは私よりも早いはず。だから、五十個くらいなら恐らくもう出来ていると思ったんだけど……。
何やらサルサーク君の表情は暗い。なにかあったのだろうか?
「もしかして、まだできてないとか?」
「い、いえ、出来てはいます。これです……」
そう言って大きめの革袋を渡してくる。
今回の宝石は一つ一つが拳大の大きさがあるからだいぶかさばる。だから、【ストレージ】を持っていないサルサーク君には持ち運びが面倒かと思って革袋と一緒に渡したのだ。
差し出されているのは間違いなく私が上げた革袋だけど、やたらと膨らみが少ない。開いてみると、宝石は二十個ほどしか入っていなかった。
まあ、少し失敗することも前提で渡したから少ないのはいいんだけど、流石に少なすぎでは?
サルサーク君がここまでミスするとは思えないんだけど。
「なんだか少ないみたいだけど……」
「そ、それが、その……」
サルサーク君は顔を俯かせて泣きそうな声を出している。
ちらちらと後ろの方に目線を向けていたから何気なくそれを追ってみると、宝石を片手に談笑しているグループが見えた。
なるほど、取られたか。サルサーク君気が弱そうだもんね。
「ごめんなさい……僕、何も抵抗できなくて……」
「大丈夫だよ。サルサーク君は悪くないから、気にしないで」
「で、でも……」
「こんなにたくさん大変だったよね。彫ってくれてありがとう」
残っている宝石を見れば私が指示した通りの魔法陣が綺麗に刻まれているのがわかる。グループが持っている宝石だって、よく見れば刻印が刻まれているのが見えた。
多分、今日私に渡すために持ってきたところを取られたってところだろう。
私が来るタイミングはばっちりだったわけだが、向こうもまさか持ち主が今日来るなんて思わなかっただろうな。
「ちょっと待っててね。取り返してくるから」
「え、あっ……」
呆然としているサルサーク君を置いておいて宝石を見せびらかしているグループに近づく。
というか、盗まれた本人が目の前にいるのに堂々と自慢大会とはどんだけ図太いんだこいつら。
向こうも近づいてくる私に気が付いたのか、こちらに話しかけてきた。
「ん? なんだお前、どこのクラスだ?」
「その革袋、ははん、サルサークの友達だな?」
「お、てことはこの宝石の持ち主ってやつ? いや悪いねぇ、こんな宝石貰っちゃって」
「サルサークみたいなカモにこんな高価な宝石預けるなんて馬鹿だねえ。こうなることは目に見えてんだろ」
向こうの中ではどうやら宝石を奪ったわけではなく貰ったという解釈らしい。だけど、どう考えても奪ったのは明白だ。
そもそも、サルサーク君が私からの借り物を勝手に上げるわけない。気が弱いから、言い返せなかっただけだろう。
「わかってるなら返してくれる?」
「誰が返すか。これだけあればしばらくは贅沢できるぜ!」
「お前もどうせEクラスとかの奴なんだろ? 俺達全員に勝てると思うか?」
「ま、どうしても返してほしかったら力ずくで来るんだな。ははっ」
どうやら私の事を知らないらしい。
割と有名人かと思っていたんだけど、Fクラスではあんまり話題になってないんだろうか?
まあいい。力ずくで来いって言うならその通りにさせてもらおう。
「じゃあ遠慮なく」
「ほう、面白れぇ、やれるもんならやって……ぐえっ!?」
とりあえずわざとらしく見せつけてくる男子生徒から宝石を取り返す。
別に特別なことは何もしていない。普通に宝石を掴んで引き寄せただけだ。
……まあ、アリアがこっそりと男子生徒の頭に蹴りを食らわせていたから、相当痛かっただろうが。
本来妖精であるアリアは物理攻撃はそこまで得意じゃなかったはずなんだけど……身体強化魔法でも使ったんだろうか? まあなんにせよ、アリアの支援はありがたかった。
私はアリアがいる方に軽くサムズアップする。
「え、い、今一体何が……」
「次はあなたですね」
「何を、ぐはっ!?」
アリアを認識できない時点でこいつらに勝ち目はない。まあ、仮に認識できたとしても勝ち目はないと思うけど。
「な、なんで!? 何もしてないのに!」
「まさか隠密魔法で誰か近くにいるのか!?」
きょろきょろと辺りを見回すがアリアの隠密魔法がその程度で見破れるはずもない。
隠密魔法に気付いたのは褒めるべきだが、それで私自身を見失ってしまったら何の意味もない。
さて残りは……この鞄かな?
「あ、ちょっ……!」
おお、出るわ出るわ。よくもこんなに奪い取ったものだ。
数も合っているし、これで全部回収できただろう。
もしかしたら別の誰かにも盗られているんじゃないかと心配したが、無事に全部回収できてよかった。
「おいてめぇ、返せ!」
「返すも何も、これは元々私のですが?」
「お前みたいな奴がこんな宝石持ってるわけないだろ! どうせ上級生とかから盗んだ奴なんだろ?」
「ここで俺達に渡しておけばこのことは黙っておいてやる。だからその宝石は置いていけ」
まあ、平民からしたらこんな宝石持ってるのは不自然ではあるか。
だが、これはなんと言おうと私の宝石だ。サルサーク君に依頼して刻印魔法を刻んでもらったのだから確認も取れている。
だけど、ここで去ってあることないこと騒がれるのも面倒くさいな。少し脅しつけておくか。
「そうですか。では私は後で学園長に進言しておきましょう。Fクラスに平然と窃盗する輩がいると」
「はっ、学園長にそう簡単に会えるわけないだろ」
「それにお前がそんな宝石持ってたらお前の方が疑われるはずだ。そんなこともわからないのか?」
やれやれ、Fクラスは平民が多いとは聞いていたけど、流石にレベルが低すぎる。
サルサーク君だって刻印魔法の腕に関しては一流レベルだし、他の授業の成績もいいと聞くっていうのに。同じクラスでも、やはり差はついてしまうようだ。
「そうでもありませんよ。私は選抜メンバーですから、近いうちに会うことは確定しています」
「……は? 選抜メンバー?」
「はい。私はハク。三日後にある対抗試合の選抜メンバーですよ」
選抜メンバーは本来六年生を中心とした実力ある生徒が選ばれることになっている。二年の、それもFクラスの面々には関係のない話だから知らないかもとは思ったが、私の名前には心当たりがあったようだ。
生徒達の顔色がどんどん悪くなっていく。そして、一斉に頭を机にこすりつけて謝ってきた。
「ご、ごめんなさい! ま、まさかあなたがハクさんだなんて知らなくて!」
「も、もうしませんから許してください!」
学園での私の肩書は目新しいものだと闘技大会優勝者だろうか。それ以外にも化け物並みの魔法を使うだとか色々言われているけど、まあFクラスの生徒が相手して敵うわけないとは思ってくれていたようだ。
まあ、同級生ならまだともかく、上級生にまでそう思われているのは少し心外だけど。
「わかればいいです。それと、サルサーク君とはお友達なので、あんまり変なちょっかい掛けないでくださいね」
「はい、もちろんです!」
「わかればいいです」
なんかサルサーク君虐められそうな性格だし、少しくらいはフォローしておいた方がいいだろう。
平謝りする生徒達に背を向けて、入り口で呆然としているサルサーク君の下へ帰ってくる。
「ね、大丈夫だったでしょ?」
「そう、ですね……。やっぱりハクさんは凄いです」
少し安堵したような表情で見つめてくるサルサーク君の視線はどこか熱っぽかった。
まあ、怖い目に遭ったようだし、泣きたくもなるよね。
私は最後にサルサーク君の頭を一撫でしてからその場を去った。
向こうの方が背が高くて少し背伸びしないと手が届かないことに若干悔しさを感じたのは内緒。
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