第二百八十二話:ミスリル鉱石の価値
ロニールさんが滞在しているのはちょっと高級そうな宿だった。
普段ならばもう少し安い宿に泊まっているらしいのだが、今回は積み荷が売れなかったこともあり、防犯性を重視して部屋に鍵があるこの宿を選んだということらしい。
魔道具は一般庶民から貴族まで幅広く使われるものだから基本的に買い手には困らず、すぐにでも売り払えると思っていたところに今回の買取拒否。格安で買い取っただけあってこれでも売れさえすれば黒字らしいのだが、最悪王都ではなく別の町に売りに行くことも考慮に入れなければならないと考えあぐねているようだ。
もちろん、その商会以外の魔道具を扱っている商会に売りに行くことも考えたらしいのだが、三軒回って三軒とも断られたらしい。
これは明らかにおかしい。私も商会の事情を知っているわけもなく、どうしてそんなことになっているのかは皆目見当もつかなかった。
「さて、こんなところで申し訳ないが商談と行こう。これがお望みの魔道具だ」
部屋に着くなり見せられたのは大小様々な魔道具だった。
戦いの準備として用意された魔道具だけあって、冒険者向けの魔道具が多い。魔導銃も数丁あり、ラインナップとしてはかなり良かった。
そして、肝心の防御用魔道具はというと……。
「これが防御用の魔道具……」
見た目はアクセサリーのようだった。ブレスレット型、ネックレス型など様々な形状がある。最も多いのはネックレス型のようだ。
魔石の大きさを見る限り、まあそこそこ大きい。貴族が用意しただけあってちゃんとオーダーメイド製のようだ。これなら十分使えるだろう。
「どうだい? お眼鏡に叶ったかな?」
「はい。これなら十分使えそうです」
「それはよかった」
数の問題も防御用魔道具だけで10個近くあったので問題ない。
人数分でよければ5個で十分だけど、壊れる可能性もあるし一応全部買っておいた方がいいだろう。ここを逃せばいつ手に入るかわからないしね。
それに魔導銃も買っておいた方がいいかもしれない。アッドさんとかテトさんは対人戦に置いて少し難があるから、牽制として魔道銃を持っておくのは悪くないだろう。最新型というだけあって、威力も申し分なさそうだし。
他のランタンや水飲み袋も一応買っておこうかな。ダンジョン探索で使うかもしれないし。
これに関しては他の店でも買えるだろうけど、ロニールさんから買えるんだったらそっちの方がいいでしょ。
あれ、これ結局全部買う羽目になるのでは?
「ロニールさん」
「買うものは決まったかい?」
「はい、全部ください」
「……はい?」
絶対こんなに必要ないけど、ここを逃したら買えないのではと思うとやはり買っておきたくなる。私は限定という言葉に弱いのだ。
それに一応使い道がないわけでもない。ちゃんと対抗試合で使う可能性があるものばかりだ。だから、これは必要経費だと思う。
まあ、テトさんから預かったお金じゃ到底買えない金額になりそうだけど。
「全部って……いや、買ってくれるのは嬉しいけど、そんなに払えるのかい?」
「あ、すいません。こっちの査定もしてもらわなきゃですよね」
全部買える気になっているが、渡すつもりのミスリル鉱石をまだ見せていなかった。
買う時はインゴット数個で金貨500枚くらいしたけど、鉱石の状態だと売値はどんなもんになるんだろうか。
私はひとまずミスリル鉱石を一塊出してロニールさんに見せる。
「これなんですけど、これでどれくらいになりますか?」
「これは、鉱石かい? 加工の手間がかかるから鉱石の状態だとそんなに高くは……ちょっと待って、これって……」
何かに気付いたのか、食い入るように見つめるロニールさん。
懐から小さな眼鏡を取り出し、それをかけて穴が開くほど見つめるその姿はどこか鬼気迫るものを感じる。
やっぱりミスリルって珍しいのかな? 一応、手に入る金属の中では最強と言われている金属だしね。
「やはりミスリル……しかもこんな大きな鉱石は見たことないぞ……。は、ハクちゃん、これを一体どこで?」
「産地? を見つけまして、軽く掘ってきたんです」
「これほど大きなミスリル鉱石があるなんて一体どこの鉱山なんだ。これだけあればこの魔道具全部買ってもお釣りがくるくらいだよ?」
あれ、そんなに高いのか。仮にこの一塊が以前買ったミスリルと同じ量だとして、売値が金貨500枚程度ってことは、買値はそれよりもかなり下がるはず。それに鉱石の状態だから加工の手間も考えると、金貨200枚くらいが妥当かなと思ったんだけど。
……いや、確かにそれだけあればお釣りは来るのか? 魔道具の中で高そうなのは防御用の魔道具と魔導銃くらい。防御用魔道具が金貨5枚程度だとしたら、全部買っても多分金貨200枚くらいに落ち着く気がする。
そう考えると、ミスリルってかなり高いんだなぁ。
「これだけあれば今回の魔道具なんて目じゃないくらいの利益になる。ほ、本当にこれと交換でいいのかい?」
「はい。というか、これだけじゃ足りないのでもう少し出しますよ」
私は【ストレージ】からミスリル鉱石をもう五個ほど出す。
アダマンタイトのついでにミスリルもかなり回収したからこれでもまだまだ在庫は残っている。ロニールさんにはお世話になっているし、これくらいサービスしてもいいだろう。
あんぐりと口を開けているロニールさんの前にミスリル鉱石を置きつつ、正気に戻るまでしばし待った。
「こ、こんなにミスリル鉱石が……こ、これだけあれば、夢の自分の店を開くことだって……」
ロニールさんの顔が若干にやけている。
仮にこれの値段が一つ辺り金貨200枚程度だとして、それを六個で金貨1200枚程度。金貨一枚が前世で言う10万円くらいに相当するはずだから、一億円以上の稼ぎか。
この世界の生活環境なら普通に暮らしていれば、貴族でもない限り一家族につき一か月に金貨一枚も使わない。それに売る時はもう少し高値で売れるだろうし、遊んで暮らせると言っていいほどの金額が舞い込んでくることになるだろう。
そう考えるとやりすぎなのかなと思ったけど、ロニールさんは恩人だし、その夢を叶える手助けができるのならそれでもいいのかなと思う。
「ロニールさん?」
「……はっ! い、いや、すまない。あまりのことに少し呆けてしまった」
気を保つように頭を振り、半笑いを浮かべるロニールさん。
ミスリル鉱石の塊六個。行商人にとっては滅多にお目にかかれない貴重品なのかもしれない。
どうして私がそんなものを持っているのかとか、その産地はどこなのかとか聞きたいことは色々あるんだろうけど、ロニールさんはそのすべてを飲み込んで、やんわりとミスリル鉱石を押し返してきた。
「気持ちはありがたいが、一つで十分だ。これで儲けすぎて後ろから刺されるのはごめんだしな」
「そう、ですか。すいません、そちらの事情も考えずに……」
確かに、行商人がいきなり多額の儲けを出したら怪しむ人も多いだろう。こんな大きなミスリル鉱石、一体どこで仕入れたんだとか色々聞かれるに違いない。
それに、嫉妬による暗殺の可能性もある。出る杭は打たれるのだ、あんまり目立つのはダメだと私自身理解しているはずだったけど、忘れてしまっていたらしい。少し反省しなければ。
「いや、気持ちは嬉しいよ。だけど、俺はこんな形でなく、自分の力だけで店を持ちたいんだ。だから、もしそのミスリル鉱石を受け取るとしたら、それに見合う商品をハクちゃんに提供する時だろうな」
ここでミスリル鉱石を大量に渡してしまえば、周りから見ればロニールさんが法外な値段で魔道具を売りつけたようにも見える。だから、あくまで対等な関係で、ちゃんと私が必要とするものを持ってこれた時、受け取るべきだと考えたらしい。
まあ、その時はもしかしたらもう売ってるかもしれないし、ミスリル鉱石を使った物々交換をするかはわからないけど、仮に貰うことがあるとしたらその時だということだ。
「ありがとう、俺のためにこんな貴重なものを出してくれて」
そう言って優しく私の頭を撫でてくれる。その感触が気持ちよくて、思わず目を細めた。
何はともあれ、これで目的の魔道具は手に入った。後は宝石に刻印魔法を施す作業と魔物討伐で出てくる魔物の目星を付けるのみ。
対抗試合まで残り一週間ちょっと。頑張っていこう。
感想ありがとうございます。