第二百八十一話:行商人との再会
「ハクちゃんじゃないか! 久しぶりだなぁ!」
そこにいたのは三十代くらいの男性。今日は仕事ではないのか、いつもの行商人スタイルではないけれど、きっちりと剃られた髭とどこか安心する声は見間違えようがない。
私が魔力溜まりから脱出し、街道を歩いていた際にわざわざ町まで馬車で送ってくれた、ロニールさんだ。
「ロニールさん? お久しぶりです」
「覚えていてくれたか。あれから一年ちょっと経つかな? いや、大きく……はなっていないか。はは」
ロニールさんは再会を懐かしむように笑顔を見せている。
少し見ないうちに大きくなったな、というのは親戚のおじさんとかが良く言う台詞だと思うけど、残念ながら私の身体は成長しない。
一年以上も経っていれば私くらいの歳の子ならば普通はその台詞は当てはまるんだろうけどね。実質的な不老なのはいいけれど、出来ればもう少し成長した姿がよかった。
「どうしてロニールさんがここに?」
「俺は行商人だからね、だから商売のためだよ。まあ、今回は色々と寄り道をしたからかなり遅くなってしまったけど」
行商人が物を売るために各地を回るのは当然の事か。
前に別れたカラバから王都は確か馬車で十日くらいだったと思うけど、あれからずっと王都にいたのに一年以上してから再会するってことは相当な寄り道をしてきたらしいね。
まあ、私が会えなかっただけで実際はすでに王都に来ていたのかもしれないけど。
「そうだったんですね。売り上げの方は好調ですか?」
「いや、それが少し面倒なことになっていてね……」
少し疲れた様にため息を吐くロニールさん。
ロニールさんの商売の腕前はよく知らないけど、カラバにいた時はちゃんと積み荷を全部売って新たに補充していたようだからそこまでへたくそってわけではないと思う。
話を聞いてみると、商会に商品を持ち込んだところ、なぜか買取を拒否されたのだとか。
事情を聞いてみても上が決めたことだと言うばかりで要領を得ず、何度か粘ったが結局受け入れてもらえずに追い返されてしまったらしい。
「あの商会は確かに年に一度くらいしか利用しない繋がりの薄い商会ではあるが、わざわざゴーフェンまで行って品質のいいものを買ってきたというのにそれを拒否するって言うのは正直よくわからない」
「なるほど……」
「上が決めたってことは扱う商品を大々的に変えようとしているのかもしれないが、だとしても以前まで扱っていた商品を全く拒否する理由にはならない。扱う商品を増やすというならともかく、売り上げも悪くなかったであろうものを唐突に扱わなくなるなんておかしいだろう?」
「まあ、確かに」
商会ってことは結構大きな場所だろうし、そこがいきなり経営方針を変えたらそこから商品を卸しているお店やそこの商品を当てにしている客からは不満の声が上がりそうなものだ。
もしやるならば少しずつ規模を縮小していってなくすとか、事前にこの商品を扱わなくなりますという告知をして混乱の無いようにしなければならないだろう。
信頼を失えば商売の世界ではやっていけない。そんなことがわからないほどその商会も馬鹿ではないはず。だから、あるとしたらその上とやらが何かを企んでいるということだ。
「ちなみに何の商品を売ろうとしたんです?」
「魔道具だ」
「……えっ?」
「あ、魔道具っていうのは魔石を使った便利な道具の事だ。宿に泊まってるなら見たことないか?」
「あ、いえ、魔道具は知ってるんですけど……」
魔道具がなくて困っているところに魔道具を持った行商人が現れる。こんな都合のいいことあるだろうか?
とはいえ、魔道具にも色々ある。私が探している防御用魔道具とは限らない。
逸る気持ちを押さえて詳しく聞いてみる。
「どんな魔道具なんですか?」
「色々あるぞ。魔石の魔力がある限り明かりが灯り続けるランタンとか、口を付けると自然と水が湧き出てくる革袋とか、後は最新式って言う魔導銃も仕入れているな」
「あ、あの、もしかして防御用の魔道具も?」
「お、よく知ってるな。もちろんあるよ。とある貴族から買い上げたんだが、ある戦いに向けて準備していたけどその戦いがなくなってしまって、不要になったからと売ることにしたらしい。おかげで質のいい魔道具を格安で買うことが出来たよ」
ビンゴ!
まさか本当に持っているとは、なんて運がいいんだろう。
魔道具を買い取らなかったという商会のことは気になるけど、今は買い取らないでいてくれてありがとうと言わざるを得ない。
私は思わずガッツポーズを決めてロニールさんに迫り寄った。
「その魔道具買います。現物を見せてもらえませんか?」
「えっ? ああ、そういえばハクちゃんは冒険者だったね。だけど、魔道具は割と高いよ? ハクちゃんが相手なら多少なりとも割引するが、お金はあるかい?」
「おいくらくらいですか?」
「魔道具によって色々あるが、さっき言ってた防御用の魔道具だったら金貨6枚……いや、5枚ってところかな」
金貨5枚か。それくらいだったら手持ちのお金だけでも十分に払える。
これまで散財らしい散財と言ったらミスリルを買ったくらいだし、それを差し引いてもまだ金貨数百枚くらいは残っている。
それにいざとなれば売ればお金になるものは結構持っているし、足りなければ買い取ってもらえばいい。
というか、どうせギルドに買い取ってもらうくらいしかないのだから、この際恩人であるロニールさんに買ってもらうって言うのもいいかもしれない。
ミスリルとか、格安で譲ればロニールさんも喜ぶことだろう。買いたい魔道具とミスリル鉱石一塊を交換とかでもいいかもしれないね。
「物々交換でもいいですか?」
「物にもよるけど、構わないよ。ポーションを譲ってもらったお礼もあるしね」
今でも大切に使わせてもらっているよ、と以前私が手作りしたポーションを見せてくる。
確かにそこそこの数を渡したけど、まだ持っているのか。まあ、まだ一年ちょっとだし大丈夫だと思うけど、あの時作ったポーションの小瓶は手作りであまり密閉性が高くないからそろそろ使用を控えた方がいいかもしれない。
「そのポーション、もしかしたらもう消費期限を過ぎているかもしれないので、交換した方がいいですよ?」
「消費期限? 封を開けなければいつまでも使えるんじゃないのかい?」
「いやいや、そんなわけないでしょう」
確かに薬の消費期限は未開封の状態で3~5年ほどとされているが、それは前世での話。瓶は粗悪品だし、保存状態もそこまでいいとは思えない。だから、寿命が短くなっていてもおかしくない。
まあ、もしかしたら魔力やらなんやらが原因で寿命が延びている可能性もあるけど、あまりにも時間が経った薬は使わない方が無難だ。
怪我を治すためのポーションなのに、それで具合が悪くなってしまったら申し訳なさすぎる。
とりあえず、余っているポーションをいくつか差し出しておいた。
「そのポーションは私が預かりますので、代わりにこれを。前よりはちゃんとした瓶を使ってますし、効果も高いですよ」
「いや、悪いよ。ちゃんと買い取るから」
「ならそのポーションと物々交換ということで。それならいいでしょう?」
「いや、全然釣り合わないと思うけど……」
一年もの間大事にしてくれていたのはありがたいけど、それで体調を崩されたら私の寝覚めが悪いのだ。
これはロニールさんのためでもあるけど、私のためでもある。だから、ここは素直に受け取って欲しい。
そんなことを言ったら、渋々ながらも受け取ってくれた。ロニールさんは話しのわかる人だ。
「それじゃあ、魔道具を見せてもらえますか?」
「わかったよ。じゃあ、ついてきて」
ひと悶着あった後、魔道具を買い取るためについていく。
さて、出来ることなら人数分欲しいけど、もし数が足りなかったら一つを使いまわす形になりそうだな。
模擬戦はそれでいいとしても、他はそれだとちょっときつそうだなと考えつつ、いざとなれば自作も考慮に入れてみるかと案を浮かべていた。
感想ありがとうございます。