第二百七十九話:保管庫の資料
正直ここまで来たら無駄な気がするけど、これをそのまま報告したら何となく馬鹿にされそうなのでもう少し粘ってみる。
ギルドは過去に行ってきた依頼や周辺に現れた魔物の情報なんかをすべて記録している。
もちろん、すべて保管していたらパンパンになってしまうから保存しているのは過去十年間のものだけで、残りは国の方で管理しているらしいけど、私が今調べたいことはそれで十分にわかる。
まあ、依頼者の機密なんかもあるので一般公開はされていないが、私はこれでもBランク冒険者。上級冒険者と呼ばれる重宝される冒険者だ。だから、頼めば普通に見せてくれる気がする。
「すいません、ギルドマスターはいますか?」
リリーさん達に別れを告げ、受付に話を聞く。
わざわざギルドマスターに声をかけるのは私の実力を知っている人だからだ。
今や王都では私の実力は知れ渡っているし、見た目で侮られることは減ったのだけど、やはり子供な見た目のせいか子供扱いされることが多い。
言葉遣いが柔らかかったり、お菓子をくれようとして来たり、とにかく対応が甘い。別にそれが嫌というわけではないけど、たまに子供扱いが行き過ぎて私を冒険者として見てくれなくなるのは問題だ。
今回の件はできるだけ早い段階ではっきりさせておきたい。ただでさえ少なくとも過去一年間くらいの資料を見直そうと思っているのに、そんな扱いを受けていたら余計に時間がかかってしまう気がする。だから、私の知り合いの冒険者ギルド関係者で、且つ私をあまり子供扱いしない人物、すなわちギルドマスターのスコールさんが適任というわけだ。
「あら、ハクちゃん。ギルドマスターならいつも通り部屋にいると思うわ。呼んできましょうか?」
「お願いします」
ギルドマスターへの客となれば対応も早い。ほどなくして、二階からスコールさんが降りてきた。
「ハクさん、どうかされましたか?」
「少し見せてもらいたいものがありまして。保管庫に入ってもいいですか?」
保管庫は先ほど言った過去の資料の他にも、死亡した冒険者の遺品を預かっていたり、買い取った魔物の素材だったりを置いていたりする。
割と重要な区画だから本来なら立ち入れない場所だけど、果たして入れるだろうか。
「保管庫に? なんでまた」
「過去にこの辺りで見つかった魔物の事を調べることになりまして、そういう情報ならギルドが一番かと思ったのです」
「なるほど。まあ、ハクさんなら変な気も起こさないでしょうし、構いませんよ」
「本当ですか? ありがとうございます」
スコールさんには色々と厄介な依頼を押し付けられたことも多かったから、その功績が認められたのかもしれない。
最悪見れなかったらすごすごと帰る予定でいたけれど、これなら少しはまともな報告が出来そうだ。
「ただ、一応機密もあるのでね、入るのはハクさんだけ。そちらのお連れさんは待っていてもらえるかな?」
「なっ!? 私は入れないんですか!?」
エルががーんと衝撃を受けたような表情をしている。
エルは一応冒険者だった頃もあるらしいんだけど、私のお世話で忙しかったこともあり、ランクを上げることはしていなかったらしい。しかも、それも何百年も前の話なので、今ではその冒険者証すら無効、今やただの学園の一生徒でしかない。
いくらエルが強くても、実績として認められていなければ意味がない。もちろん、この場で強さを示せばいいというものでもないし、エルには悪いが待っていてもらうしかなさそうだ。
「すぐ戻るから、しばらく待っていてくれる?」
「うぅ、出来ることならご一緒したいですが、そういうことなら仕方ありませんね……」
エルは私の事を守る気満々みたいだけど、私とて一応は竜の端くれ。即座にピンチに陥るようなことはないだろうし、いざとなれば逃げだすことくらいはできるはず。そこまで距離が離れるというわけでもないのだし、エルの下に合流することくらいは簡単にできるはずだ。
そもそも、行くのは保管庫であってダンジョンみたいな魔物の巣窟ではない。仮に何かあったとしても、ギルドマスターにまで上り詰めたスコールさんが一緒なのだ。そうそう後れは取らないよ。
「では、行ってらっしゃいませ」
「うん、行ってきます」
ぎりぎりと歯を食いしばりながら見送るエルに苦笑しつつ、スコールさんの案内の下保管庫へと向かう。
魔物の素材を保管しているだけあって見た目は倉庫と言ったところ。血抜きなどの処理を行った上でちゃんと解体しているのでそこまできつくはないが、なんとなく独特な臭いがする。肉に関してはあまり多くはないが、毛皮とか爪とかの素材は結構置いてあった。
スコールさんはそんな魔物の素材が置いてあるただ中を進み、奥にある事務所のような場所に入っていく。
「ここが過去出現した魔物の情報をまとめている保管庫です。どれくらい前の事を知りたいんですか?」
「ここ一年くらいのものがあれば」
「わかりました」
部屋の中は多くの書類棚が置かれていた。
どうやら年ごとに保管されているようで、スコールさんは慣れた様子で一つの棚の引き出しを開けると中に入っていた資料を取り出して私に渡してきた。
「まずこれが一月前までの資料です。ここからここまでの棚が過去一年に目撃された魔物の情報なので、もっと見たければ自由に見てください。ただし、資料が混ざらないように注意してくださいね」
「はい、ありがとうございます」
さて、これは結構大変そうだぞ。
渡された一か月分の資料だが、結構な厚みがある。まあ、これは恐らくこの周辺だけじゃなく、王都のギルドに寄せられた依頼の魔物も書いてあるのだろうし、中には私の考えている条件から外れるものも多いだろう。
ざっと見た限り、確認された日時や場所、魔物の特徴やどんな被害をもたらしたかなどが事細かに書かれている。
ほとんどは依頼によって冒険者が討伐しており、捕まえたという話は書いていないが、まあ、流石にまだ一か月以内じゃヒットはしないだろう。
放課後にやってきたこともあって、今は割と時間が遅い。門限までに帰るとなると使える時間は限られている。今日中に全部調べるのは無理そうだな。
「まあ、地道にやっていくしかないか」
あんまり遅くなるとエルも心配するだろうし、出来るだけ早めに済まそう。
私はぺらぺらと資料を捲っていく。
とりあえず、討伐されたって言うのはパスだ。対抗試合で使うために捕まえるのなら討伐してしまったら意味がないし。それにFランクの低級魔物もパス。過去の傾向から言って、そんなに低いランクの魔物が選ばれるとは考えにくい。
討伐されておらず、且つE~Cランク級の魔物となれば、そこそこ数は絞れてくる。
それを基準に割と早いペースで捲っていたが、4か月前まで遡ったところでようやくそれっぽいものを見つけた。
「デビルアーチャー、か」
その資料には学園からの依頼でとある洞窟でデビルアーチャーを捕獲したと記載されている。
デビルアーチャーはスケルトンアーチャーの上位種で、身の丈ほどもある巨大な弓と片目に眼帯のような赤い布を巻いているのが特徴。正確無比な射撃の腕前を持ち、もし出会ったらどこへ逃げても射抜かれてしまうと言われている。
一般人はもちろん、生半可な冒険者では発見するまでに全滅させられてしまうほどの腕前であり、死神と呼称されることもある危険な魔物だ。
ランクはCランク。ただ、これは潜むのがうまく、見つける前に手痛い攻撃を受けるからであって、真正面から戦う場合はDランク程度とされている。
対抗試合で出すには少々強すぎる気もするが、依頼主が学園だし、可能性はなくはないかもしれない。
もしこいつが来るのだとしたら、魔法と弓で遠距離合戦になりそうだね。
ひとまず情報を掴めたことに安堵するが、気づけばもう日も傾き始めていた。
そろそろ戻らないと門限に間に合わない。私は急いで資料を片付けると、スコールさんにお礼を言って保管庫を退出する。
酒場の方で待っていたエルを迎えに行くと、何やら冒険者を相手に盛り上がっていたが、時間もないので引っ張ってすぐに駆けだした。
後から思ったが、転移魔法もあるのだからそこまで急ぐ必要もなかったなと少し恥ずかしかった。
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