幕間:ハクという存在
子供冒険者ラルスの視点です。
朝早い時間。いつもなら仲間を伴って森に薬草採取に出かける時間だが、今日はギルドの前で待ち合わせをしていた。
待ち合わせの時間にはまだ間がある。こういったことは初めてで、どうにも落ち着かなくてそわそわと辺りを見回したり無意味に足踏みをしてみたりしていた。
まるでデートの待ち合わせみたいだと考えて、頭を振ってその考えを追い出す。
お、俺とあいつはそんな関係じゃない!
若干熱を持った頬を叩きながら、こうして待ち合わせをすることになったきっかけを思い出す。
事の発端は昨日の何気ない会話からだった。
仲間と一緒に森の浅瀬で薬草採取をしていた俺は、夕方頃になって森から出てくるハクの姿を見た。
ハクは最近冒険者になった子供で、年は6、7歳くらい。本人は11歳だって言ってたけど絶対嘘だと思ってる。
だけど、魔法が使えて、俺よりずっと強い。魔物がたくさんいる森の奥に入っても平然と出てくるし、最近聞いた話だと、街道に出たオーガとやり合ったという話もある。
ハクには色々と助けられている。ポーションをくれたこともあったし、仲間が森に入ってしまって魔物に襲われた時も助けてもらった。
年長者として小さい子に負けるっていうのはちょっと複雑な気持ちではあるけど、とてもいい奴だということは確かだ。
さっき言ったオーガ騒動のおかげでランクも上がったらしく、最近ではあまり森の方に顔を出さないのだが、この日は偶然にも森を訪れていたらしい。
帰る時間が被っているということもあり、ギルドに帰るまでの道中は一緒に帰ることが多かった。
そこで俺は、前から疑問に思っていたことを聞いてみたのだ。
「なあ、お前魔物を相手にして怖くないのか?」
魔物はとても恐ろしい存在だ。俺のような子供など、襲われたらひとたまりもない。なのに、ハクは子供であるにも拘らず魔物に立ち向かっている。
魔法が使えるから、というのもあるだろう。でも、普通は恐怖するはずだ。いくら戦える力があっても、常に死のリスクがあるのだから。
俺のそんな問いに、ハクは表情を変えず淡々と答えた。
「そこまでは。もう慣れましたし」
もう慣れた。その恐怖を克服するのに今までどれほどの魔物と対峙してきたのだろうか。
慣れるほど多くの経験を積んできて、挫けそうになった時はないのだろうか。
何でもないことのように言うハクは、逆に俺に質問してきた。
「ラルス君は魔物が怖いんですか?」
「当たり前だろ。出会ったら死ぬかもしれないんだから」
戦える力を持った大人だったらその辺にいる魔物くらいどうってことないのかもしれない。だけど、俺は子供だ。戦える力なんてない。
俺が魔物に対してできることなんて、そもそも会わないように慎重に立ち回ることだけだ。
「戦おうとは思わないんですか?」
「そりゃ、戦えるんだったらそうしたいけど、手ぶらで戦えるものではないだろ」
薬草採取と魔物討伐では報酬がかなり違う。魔物討伐の場合、討伐しただけでも報酬がもらえるし、状態が良ければ素材は高く売れる。収入の面で見れば、薬草採取なんかよりずっと見込みがある。
だからと言って、安易に魔物討伐をしようとは思わない。武器があるなら話は別だが、手ぶらで戦えるような魔物なんていないから。
出来るんだったら比較的リスクが少ないのであれば挑戦してもいいかなとは思うけど。
「それなら、武器を買いましょう」
「そんなお金ねぇよ。生活するだけで精一杯なんだから」
「だったら私が出しますよ」
「……は?」
武器が買えるだけのお金があるなら苦労しないと適当に返していると、思わぬ言葉が返ってきて思わずぽかんとハクの顔を見てしまった。
相変わらず、何を考えてるのかよくわからない無表情な顔ではあるが、その声色は真剣で冗談という風には聞こえなかった。
ハクはその年にしては結構稼いでいる。魔物討伐もしているし、今やCランク冒険者だ。収入も上がっているだろう。だとしても、わざわざ俺のために武器を買う? 一体どういう風の吹き回し何だか。
「明日の朝、ギルドで待っていますから、一緒に行きましょうね」
「え、あ、おい!」
気が付けばギルドに着いていた。ハクはそれだけ言い残し、そそくさと走り去っていってしまった。
とっさに伸ばした手が空を切った。
結局、俺はこうしてギルドの前で待っている。
待たせるわけにはいかないと思ってかなり早い時間に出てきたせいで周りに人はあまりいない。
挙動不審な姿を誰かに見られなくてよかったと心底思う。なんだってこんなに緊張しているのか自分でもわからない。
「ラルス、緊張してるの―?」
「べ、別に緊張なんてしてねぇよ!」
妹分であるシアンがちょっかいをかけてくるのを適当にいなす。
本当は俺一人で来るつもりだったのに、ちゃっかり付いてきたのだ。どうやら昨日の話を聞いていたらしい。
昔から好奇心旺盛で目につくものは何でも興味を示していた。その性格は今でも変わっていない。
「なんでお前まで付いてくるんだ」
「だって、私もハクお姉ちゃんと一緒に買い物したいんだもん」
シアンは以前、森で魔物に襲われていたところをハクに助けられて以来すっかりハクに懐いている。
見た目はどう見てもシアンの方が年上だけど、シアンはハクが11歳だと信じているようだった。
本当に11歳だったとしても同い年なんだけどな。
「遊びに行くわけじゃないんだからな?」
「わかってるよー」
口ではそう言うが本当にわかっているかどうかは怪しい。
まあ、ハクが一緒ならばどこだろうが喜んでついていくだろう。あまり気にしないことにする。
「あ、ハクお姉ちゃん!」
「シアンちゃん、おはようございます」
しばらく待っていると、道の先からハクがやってきた。
以前はボロボロの布切れみたいな服を着ていたが、新しく服を買ったらしく今では旅人のような印象を受ける。
まだ馴染んでおらず、服に着られているという感じだが、それはそれで可愛いと思った。
「すいません、待たせてしまいましたか?」
「いや、別に」
本当は一時間以上待っているが、それは言わなくてもいいだろう。
ハクの姿を見た途端、心臓が早鐘を打ち始める。
それを気取られないようにそっけなく返すのが精一杯だった。
本当に、何をそんなに緊張しているんだ。前は毎日のように一緒に帰っていたというのに。
「それじゃあ、行きましょうか」
「お、おう」
ハクが歩き始めるのを見てその後に続く。
シアンは相変わらずハクにべったりで、今も手をつないで満面の笑顔を見せている。
俺もあれだけ気楽な気持ちで接することが出来ればなぁ。
商業都市ということもあり、街は朝から賑わいを見せていた。
ギルドに着いたばかりの時はほとんどいなかった人通りも、店が開いた途端多くの人々が行きかっている。
ハクは手慣れた様子で街を歩いていくと、一軒の店に入っていった。
店先でちらりと見えたが、どうやらここは武器屋らしい。壁の棚に掛けられた剣や槍など、様々な武器が揃っている。
まさかとは思ったけど、ほんとに買うつもりなのか……。
一応、お金は持ってきた。微々たる金額ではあるが、払えるのであれば払おうと思ったのだ。
しかし、かかっている値札を見ると到底足りるものではなかった。
一番安い物でも小金貨が必要になってくるような金額だ。経済難の俺達に買えるわけもなかった。
「いらっしゃい」
店の店主は俺達の姿を見て少し顔を顰めたが、ハクの姿を見ると何も言わずに商品を見させてくれた。
どうやらオーガ騒動のせいでハクはちょっとした有名人になっているらしい。
同じ子供でも、俺達とは雲泥の差があるように感じた。
「ラルス君はどんな武器が欲しいですか?」
「え? うーん、やっぱり、剣かな」
正直、戦うなんて考えたこともなかったからどんな武器がいいかなんてわからない。けど、剣ならば大抵の戦いで役に立つ気がする。
ナイフであれば薬草採取の時に使っているおかげもあって慣れているし、その延長だと思えばなんとか? ならないか。
俺の言葉にハクはきょろきょろと視線をさ迷わせると、一本の剣に目を付けた。棚に飾ってあったショートソードだ。
店主に断って持たせてもらうと、意外に軽く、俺でも軽々振り回すことが出来る。
ただ、かなり高い。小金貨8枚とか、それだけあれば一か月くらい余裕で暮らすことが出来るだろう。
しかし、ハクは俺が気に入った様子なのを見るや、値段に臆することなくすぐに購入を決めてしまった。
おいおい、こんな高いの俺なんかのために買っていいのかよ……。
仲間のためというならわかるが、俺とハクはよく会う冒険者くらいの関係のはずなんだけど。
それとも、もしかして俺に気があるとか? ……いや、そんなまさかな。
その後もシアンが強請ったのを見て新たに弓を購入したり、防具もないといけないよね、とか言って別に店で革の防具を買ってくれたり、今日だけで相当散財したな。こんなにお金使って大丈夫なんだろうか……。
そんなに使わせてしまって結構胃が痛いのに、さらにお昼までご馳走になってしまった。まともに食事したのなんていつぶりだろう。
「なあ、どうしてそこまでしてくれるんだ?」
耐えきれなくなって、思わず質問してしまった。
ただ一緒になることが多いというだけでここまで気にかけてくれているというのなら、相当なお人好しだ。
今までも助けられたことは何度かあったが、俺達がハクを助けたことは一度もない。
なのに助けてくれるのは何か理由があるのか、それとも本当に善意だけなのか、不安になった。
俺はハクにどう思われているのだろうか。
「うーん、気まぐれと言えば気まぐれなんですが、ラルス君が一生懸命だからですかね」
「は……?」
口元に手を当て、僅かに口角がぴくついているのは笑っているつもりなのだろうか。
一生懸命。確かに仲間達と一緒に日々依頼に励み、支え合って暮らしていくために努力はしている。けれど、それを誰かに言われたことは初めてだった。
思わずまじまじとハクの顔を見てしまう。無表情で、掴みどころがない表情ではあるけど、それでも、感じる暖かさは俺のことを認めてくれたようで嬉しかった。
「さて、食べ終わったら実戦練習ですね。剣は使ったことないのでわかりませんけど、立ち回りくらいはなんとか教えますよ」
そう言ってちびちびと飲み物を啜る。
武器を買ってもらった上にそこまでしてくれるのかとも思ったが、戦い方を知らなければ宝の持ち腐れになってしまうだろう。こうなったらとことんまでお世話になってしまおう。
戦いの方法を身に着け、いつか魔物を討伐できるようになったら、その時はハクのために精一杯力を貸そう。
そう意気込みながら、食事をかき込んだ。
こういう別視点は書いてて楽しいですが、あんまりやりすぎると時系列を見失うので本編ではあまりできないというのが悩みです。