第二百七十七話:お手伝いのお願い
ダンジョンに関しては他にも候補地が多すぎるということで絞り切れず、結局対策は後回しにすることになった。
確かにダンジョンには固有のギミックがあったりするところもあるみたいだけど、大抵はダンジョン特有の魔物や宝箱があるだけで特に仕掛けとかはない。せいぜい、罠として落とし穴や槍衾とかがたまーにあるくらいだ。
ダンジョン探索の勝負内容はダンジョン内に教師達が置いた『踏破の証』というものをどちらが先に入手が出来るかというもので、証に辿り着くまでのタイムによって得点が付く。
つまり、要はどちらが早く辿り着けるかということだ。
勝負はあくまでダンジョンの踏破であり、直接的な妨害や第三者の介入は禁止。それらに違反した場合はダンジョン内を回っている教師に見つかった時点で失格となる。
もちろん、踏破と言っても完全に探索しきる必要はない。いくら低レベルのダンジョンだったとしても、奥地には強い魔物が蔓延っている可能性もある。だから、恐らく安全が確保された中層くらいまでが範囲ではないだろうか。
正確にどこというのは伝えられないから結局探し回る羽目にはなりそうだけどね。
「他に話し合うことはあるか?」
「ダンジョンを攻略する際のリーダーを決めておいた方がいいんじゃないですか? 最終的な判断を下す人は必要だと思います」
「それなら俺だな。それ以外に適任がいない」
「……まあ、アッド君がそれでいいなら構いませんが」
一応、潜る際には制限時間が設けられ、時間になったらダンジョン内を巡回している先生達が生徒を拾いに来るらしいのだが、その他魔物に倒されてしまったりなどして戦闘不能になった場合はその時点で探索続行不可能とみなされ、ダンジョンから出されてしまう。
基本的には虱潰しに探索をして探していくのが基本だが、当然無理をすればやられる可能性も高くなるわけで、そういう無茶をするかどうかを決める人は確かに必要ではある。
まあ、アッドさんがやってくれるというなら異存はない。アッドさんはごり押し気味なところがあるから判断力には少し疑問が残るけど、仮にも六年生だし魔物が出てきた際の対処法くらいなら知っているだろう。
不意打ちでもされない限り多少の魔物であれば私達で対処できるし、むしろガンガン進んでしまいそうな私達を止めてくれる役は必要だ。
「では、ダンジョン探索の際のリーダーはアッドさんということで。アッドさんにもしものことがあった場合はテトさんがその役を引き継ぐって形でいいですか?」
「え、私なんですか?」
「私達はまだ二年生ですし、年上の指示に従った方がいいと思いますけど」
「年上、ね……」
テトさんがジトッとした目でこちらを見てくる。
テトさんとの密談の際、特に年齢に関する話はしなかったけど、喋り方や仕草を見る限り多分10代後半くらいじゃないだろうか。高校生か、あっても多分大学生くらい。
この世界では表面上は向こうの方が4歳ほど年上ということになっているけど、前世の年齢で考えるならその差を含めても多分私の方が年上だろう。むしろ、この世界でも700歳越えてるしね。
向こうも私の元年齢がどれくらいかわかっているのか、私の言葉に納得がいかないようだ。
まあでも、それを公然というわけにもいかないからね。誰が見ても、テトさんの方が年上という事実は変わらないのだよ。
「安心しろ。俺がやられることはないからお前の出番が来ることはない」
「まあ、そういうことなら」
「決まりですね」
ダンジョンのレベルがどれほどのものかはわからないが、まさか冒険者でも相当苦戦するような難易度を用意するはずもない。
刻印魔法入りの大粒の宝石を使えばアッドさんもかなりの火力を出せるだろうし、そうそうやられることはないだろう。あるとしたら、調子に乗って宝石を使いすぎて在庫がなくなることくらいだろうか。
それに関しても急場でよければ私が補充できるし、ダンジョン抜けるまで役立たずになるなんてこともない。
副リーダーを決めたのはあくまで保険だ。リーダーがいなくなったから統率が取れなくなりましたじゃあれだしね。私がやってもいいけど、やっぱり同じ六年生のテトさんがやった方がアッドさんも安心できるだろうし、この采配に間違いはないはずだ。
「こんなもんでいいか?」
「まあ、今日のところはこのくらいでいいんじゃないですか? まだ日はありますし、思いついたらその都度確認していきましょう」
「なら俺は帰る。ハク、宝石の件は頼んだ。これは借りにしといてやるから、何かあれば頼ってくれてもいいぞ」
そう言ってアッドさんは去っていった。
なかなか自信過剰な人ではあるけど、ちゃんと借りにしてくれる当たり割と義理堅い人なのかな?
六年生に頼み事する時が来るかどうかは知らないけど、まあ頭の片隅くらいにでもとどめておくことにしよう。
「はぁ、何か気を使わせちゃったみたいでごめんなさいね?」
「いえいえ、これでも楽しんでますから大丈夫ですよ」
「そんな無表情で言われても全然説得力ないですけど……」
表情に関しては勘弁してほしい。私だって表情が変えられるものなら変えたいけど表情筋が死んでるのでほとんど無理だ。
なんでこんなことになっているのかお父さんに聞いてみたけど、私がハクとして転生する前、つまり私の魂をこの体に取り込む前に、一度自然に意思が宿らないかと待っていた時期があったらしい。
だが、いつまで経っても意思が宿る気配がなかったから、仕方なく私の魂を呼び出して今の身体に収めたのだとか。
その際、意思がない体はまるで人形のようであったため、その時の感覚が残っているのではないか、という話を聞けた。
私の顔は人形のような可愛さがあると評したことがあるけど、本当に人形だった時期があるとは。そう考えると納得できる、かな?
まあ、他の関節とかは普通に動かせるし、人形のようだったから人形っぽい無表情しかできないというのはちょっと無理があるような気がしないでもないけど……。
「まあ、わかりました。今はハクちゃんの言葉を信じます。対抗試合、頑張って勝ちましょうね」
そう言って去っていくテトさん。
まあ、どうせ夜になれば部屋に押しかけて来たりお風呂に誘ったりしてきそうではあるけど、まあいいだろう。
一緒にお風呂に入ることにまだ若干の抵抗はあるんだけど、だんだん慣れてきたし。
「さて、これから色々やっておかないとね」
宝石のカットに刻印魔法、そしてギルドで情報収集といつの間にか私のやることがめちゃくちゃ増えていた。
まあ、全部私が言いだしたことだから否やはないけど、あんまり安請け合いしすぎると間に合わなそうだから気を付けなければ。
放課後の訓練の後に会議していたこともあってもう夕方だがから今日は宝石のカットくらいしかできないが、明日から急いで消化していこう。
とりあえず、サルサーク君に連絡を取らないとね。明日はちょうど刻印魔法の授業があるのでちょうどいい。
私達は訓練室の鍵を閉め、鍵を返した後寮へと戻っていった。
刻印魔法の授業はまだ基礎の授業ということもあって実際に刻印を施す作業をすることはあまりない。お試し期間中にやったのはあくまで将来的にこんなことをやるんだという話であり、ちゃんとした刻印を刻むためにはちゃんと基礎を学ばなければならないのだ。
アンジェリカ先生だってまさかお試し授業中にあんなに完成するとは思ってなかっただろう。特にサルサーク君は授業を受ける必要があるのか疑問を持つくらい刻印魔法の腕に関しては一級品の実力を持っている。
それでも、授業は真面目に聞き、少しでも疑問があれば即座に挙手して聞いて行く。平民であることに劣等感を持っているようだけど、こんな特技があるだけで十分卒業後もやっていける気がするけどな。
「サルサーク君、ちょっといいですか?」
授業も終わり、ようやく話しかけるタイミングがやってきたので早速近づいていく。
サルサーク君はいつもすぐに帰ってしまうからタイミングは割と重要だ。
「な、なんですか?」
席を立とうとしていたサルサーク君はびくりと肩を震わせてこちらを見る。
話しかけてきたのが私だとみるや少し安心したように息を吐いていたが、その後ろにシルヴィアさんとアーシェさんがいることに気が付くと直立状態で固まってしまった。
やはり貴族に対しては緊張してしまうらしい。学園では対等の立場なのだから、少しくらいは肩の力を抜いてもいいと思うけどね。
「ちょっと頼みたいことがあるんですけど、いいですか?」
「た、頼みたいこと? 僕なんかが役に立つんですか?」
「はい。サルサーク君にしかできないことです」
私は宝石に刻印魔法を施したいという旨を話す。最初は驚いた様子のサルサーク君だったが、刻印魔法の事だと知って少し興味を持ってくれたようだ。
私は実際に宝石を取り出しながら、描いてほしい魔法陣の構想を書いた紙を渡す。
「私だけだと大変なので、手伝ってもらえると嬉しいです。もちろん、お礼はしますから」
「え、あ、う……」
刻印魔法のこととはいえ、高価な宝石に施すとなると流石に気が引けるのか、考えあぐねている様子。
もちろん、ある程度なら失敗しても構わないし、それに関してとやかく言うつもりはないということも伝えた。
もしダメだったら私が徹夜して刻んでいけばいい話だし、そんなに気負わずに受けて欲しいんだけど……。
「……わ、わかりました。やります」
しばし逡巡した後、サルサーク君は頷いてくれた。
よかった、これで私の負担が減る。少なくとも100個以上は刻まなければならないからね。人手が増えてくれるのは嬉しい。
「ありがとう。それじゃあ、よろしくね」
「は、はい!」
これで刻印魔法に関しては目途が立った。お次はギルドへの情報収集だね。
感想ありがとうございます。