第二百七十四話:宝石魔法の欠点
ひとまずその日はそれ以上の会話もなく別れたが、友達になろうという言葉をどう曲解したのかテトさんはその日以降何度も私の下を訪れてきた。
まあ、大半の名目は対抗試合のために訓練しましょうってお誘いで、やってることもそれに準じた真面目な内容なのだが、何というかスキンシップが凄い。
例えば不意に抱き着いてきて胸を揉んで来たり、自作したというクッキーを食べさせ合ったり、お風呂に同行しようとしたり、サリアと同じくらいべったりと張り付いてくる。
もちろん、ちゃんと注意すればすぐに離れてくれるし、訓練に関してもふざけているわけではない。むしろ、数回とはいえアッドさんも訓練に連れてきてくれたし頑張っている方だと思う。
いやまあ、いいんだけどさ。サリアで慣れているからそこまで不快でもないし、むしろ懐いてくれているようで安心できる。
たまにキスまがいの事をしてくるのはやりすぎだと思うが……。
ともかく、正式にメンバーが発表された今、周りからは対抗試合に向けてやる気を漲らせている少女が六年生と二年生という隔たりを埋めるために奔走している、という風に見られていて中々に評判がいい。
それに元々気の利く人だったのか、六年生の中には彼女に好意を寄せている人も多く、またクラスでも厄介者扱いされているアッドさんを制御できる唯一の人ということで先生からも重宝されているらしい。
これは素なんだろうか。それとも演技? どちらにしても、いい人には違いなさそうだけど。
「それじゃあ、模擬戦ではハクちゃんが大将ってことでいいですか?」
あれから一週間ほどが経ち、連携に関してはなかなかうまくできるようになってきた。
アッドさんも最初は渋っていたが、テトさんが練習用の宝石はこちらで用意するから参加してほしいと頼んだら低確率ではあるが参加してくれるようになったし、お互いにできることはある程度把握できて来た。
現在は模擬戦に向けて個人向けの練習も始めており、今は模擬戦での順番を決めている最中である。
「先鋒がアッド君、次鋒が私、中堅がサリアさんで、副将がエルさん、で、大将のハクちゃん。誰か意見はあるかな?」
「まあ、無難なところだろう。俺がまず一勝するとして、勝つためには後二勝必要だ。六年でどちらも勝つとしても、二年共の誰かが最低でも一勝しなくちゃならねぇ。お前ら気合い入れろよ」
「おー」
普通、先鋒は小手試し的な意味合いが強くて二年生を差し置いて六年生が先に出るなんておかしいと思うんだけど、まあ確実に勝ちを取りに行くって言うならありなのかな?
でも、向こうも六年生というか精鋭を選んでくるだろうしそんな単純に勝てるとも思えない。大丈夫かなぁ。
「何か作戦はあるんですか?」
「作戦も何も、ただ魔法を撃ちまくるだけだろ?」
「いやいや、それだけじゃダメですよ」
魔術師同士の戦いの場合、いかに相手より早く魔法を発動させるかが鍵だ。そのためには無詠唱はもちろん、相手の集中を乱したり、より優位に立ち回る必要がある。
もし先に撃たれた場合でも対処できるだけの策が必要だ。それがないと先に撃たれた時点で勝ち目はなくなってしまう。
今回のルールの場合は魔道具の持ち込みも許可されているから、それを使って防御するのも手かもしれない。
「さっきも見せたが、宝石魔法は無詠唱で撃てるんだ。それならだいたい先に撃てるだろ? 先手を取っちまえばこっちのもの。負けはしねぇよ」
「相手も無詠唱だったらどうするんですか」
「そんなに無詠唱ができる奴がいるとも思えんが、まあその時は数でごり押せばいい」
アッドさんは自信満々に言っているけど、それは作戦とは言わない。
そもそも、宝石魔法と普通の無詠唱では普通の無詠唱の方が早い。宝石魔法は宝石を構え、魔力を通す時間が必要だから。
それに一度に大量の属性の魔法を放てるとは言え、一発一発の威力は下級魔法の中でもかなり低めで、相手が中級以上を放った場合属性相性が悪ければ簡単にかき消されてしまう。
もちろん、そうさせないために多属性の魔法を一度に放つわけだが、最悪魔法の威力だけでごり押しされる可能性もあるし、こちらが先手を取れる前提で動くとそれが叶わなかった場合かなり不利になってしまう。
それに残弾の問題もある。宝石魔法は当たり前だが宝石がないと使えない。もし相手が防御に徹して攻撃をすべて防がれてしまった場合、宝石の残弾がなくなる可能性がある。
そうなれば後は素の魔法で対抗するしかなくなるわけで、宝石魔法に頼ってきたアッドさんがまともな魔法を放てるとは思えない。まず間違いなく負ける。
うーん、アッドさんはこの通り自信満々だし、多少諭したところで聞きそうにないようなぁ。どうしたものか。
「アッド君、宝石魔法の欠点って知ってますか?」
「なんだよいきなり。んなもんねぇだろ」
不意にテトさんが指を立てながらアッドさんに話しかけた。
「まず魔法の威力が宝石に内包されている魔力で決定されること。つまり、質の悪い宝石で魔法を使ってもそんなに威力は出ないってことです」
「そりゃそうだ。だが、俺の持つ宝石は一級品ばかりだ。内包している魔力だって相当なものだぞ」
「それはその小粒の宝石にしては、でしょ? 威力としてはせいぜい下級よりちょっと劣る程度。ちょっと威力不足だと思わないですか?」
「そ、それは、まあ……」
学園では幅広く下級から上級の魔法まで色々習うが、実際に生徒が使いこなせるのはせいぜい中級程度まで。上級魔法は魔力の消費が大きすぎて六年生でも扱うのは至難の業だ。
それに魔力量の問題もある。成人したてくらいの場合、魔力がようやく馴染んできた頃合いではあるが、実際に使えるのはせいぜい七割ほど。中級魔法でもそこまで連発はできない。
だから、今回の場合は下級魔法が中心となる可能性が高い。うまく対抗属性を当てない限り、撃ち勝つのは当然魔力が多い方。宝石魔法の放つ魔法では確かに少し心許ない。
「二つ目に残弾の問題。いくらソーサラス家がお金持ちとは言っても、一生徒でしかないアッド君が自由にできるお金なんてたかが知れてるでしょう。せいぜい用意できて100個ってところじゃないですか?」
「お、おう……」
「アッド君は一度に大量にばらまくのが好きみたいだから、一回の消費は大体十個くらい。十回使ったら終わりじゃないですか。そんなに少なかったら全部防ぎきられる可能性も十分あると思いますよ?」
「ぐぬぅ……」
私の言いたいことを全部言ってくれている。
一つでは威力が低いから大量にばらまく必要があるけど、そうすると全体的に使える回数は激減する。
一発でも当たれば倒せるというならともかく、魔術師なら当然身体強化魔法による防御は会得しているはず。そもそも魔術師は元々多少の魔法耐性を持っているし、下級魔法を一発当てた程度じゃびくともしない。やるなら少なくとも数発は必要だ。
数でごり押すと言っていたけど、100個程度では当然足りない。ならせめて、どうにか隙を作り出して一発でかいのをぶち込もうとする方が堅実だ。
「相手は仮にもエルフだよ? 魔力量では絶対に向こうの方が上。魔法の威力だってそれに比例して高いはず。今までの選抜メンバーが何の策もなく負けたわけではないんですからね?」
「わ、わかったよ。ならどうすりゃいいんだ?」
完全に論破され、ようやく話を聞く気になったようだ。
対抗策はいくつか思いつくけど、とりあえずできるところからやっていくことにしよう。
感想ありがとうございます。