第二百七十三話:テトの正体
夕食を食べ終え、軽くお風呂に入った後、私は約束通り寮の裏にある空地へとやってきていた。
この空き地、私の魔法の練習に使ったり、転移魔法の到着点として利用したり、最近では簡易的な炉を作ったりと割と私物化しているのだが、よくよく考えたら割と危険なことしてたよね。
いや、別に魔法の練習を見られるくらいだったらいいんだけど、転移魔法の瞬間を見られるのはちょっとまずい。
あんまり人が来ないことが利点だったけど、こうして待ち合わせの場所として利用されるってことは少なくとも誰かが利用してるってことだし、いくら上空に出るとはいえ転移魔法の到着点として利用するならもう少し人目を避けられるところの方がいいかもしれないね。
『テトって人、ハクの知り合いなの?』
「そういうわけじゃないけど、多分同郷の人かなって」
テトさんが来るまでの間、アリアと暇を潰す。
ここに呼び出すためのあの紙に書かれていた言葉。あれは日本語だ。
私が喋っているのはこの大陸の共通語だけど、前世の記憶を取り戻した際に一緒に知識として戻ってきたのがこの日本語。
私がこの世界に転生した初期の頃、つまり本物のお父さんやお母さんと一緒に暮らしていた頃は言葉がわからず、パニックに陥っていたことを覚えている。
それでも、竜としての血のおかげか、あるいは精霊の身体のおかげか、竜語はすぐに理解できるようになったし、エルも熱心にこの世界の言葉を教えてくれたので言葉の問題はすぐに解決した気がする。
『同郷って、その、地球って言うんだっけ?』
「そう。もしかしたら見た目以上に年上かもね」
私の前世が地球に住む人間だったということはアリアには打ち明けている。というか、お母さんが伝えていたみたいでいつの間にか知っていたって感じだったけど。
もちろん、私が元々男だったということも話したけど、アリアは特に嫌悪感を示すこともなく寄り添ってくれた。
それにしても、前世でいい年した男だった私が今や幼女姿から成長しない女の子とは、人生何が起こるかわからない。
「あ、もう来てましたか」
そんなことを話していると、寮の建物の陰からテトさんがやってきた。
もちろん、アリアとの会話を聞かれるなんてへまは起こさない。来るのがわかっていれば、探知魔法で探るのは簡単だ。
「大丈夫、今来たところですから」
「ふふ、恋人が待ち合わせ相手に言う台詞の定番ですね」
実際は何時間も前に来ていたのに相手に気を使わせないためにあえて今来たと言い訳をする。この世界でもよく見られる台詞だが、まさか恋人とは無縁だった私がそんなことを言う日が来るとはね。
もちろん、テトさんは恋人ではない。そもそも今や女同士だしね。恋人になるルートはほぼないだろう。
まあ、顔立ちは素直に可愛いとは思うけどね。
「ここに来たということは、やっぱりあなたは転生者、なんですね?」
「まあ、一応。テトさんもそうなんですね?」
「ええ。朝比奈千夜、それが私の本当の名前です」
千夜さんか。名前の響きからしてやはり日本人に間違いなさそうだ。
「あなたのお名前は?」
「私は春野白夜、です。まあ、今はハクと呼ばれる方がしっくりきますが」
私が前世では春野白夜という男性だった、というのは記憶の通りなんだけど、この世界でハクとして過ごしていた時間が長いせいか白夜を自分として見れないというか、全くの他人のように思えてしまう。
もちろん、ふとした時に感じる感覚や、思い出す雑学なんかはすんなりと自分の記憶だって思えているから私が白夜であることに変わりはないんだけど、やはりあまり慣れない。
「それはわかります。私も最初は戸惑いましたが、今ではすっかり慣れてしまいました」
記憶を持ったままの転生って言うのはいわば全く違う人物の身体に憑依しているようなものだ。
大抵の転生者はアリシアのように赤ん坊からスタートするだろうからその人生観は前世のものに似た感じになるだろうけど、ある程度成長した人物の身体に憑依したのならそれまでの自分の人生観に疑問を覚えるかもしれないし、自分が全く別の誰かとして扱われる感覚には不安を覚えるかもしれない。
私が白夜の事を自分と思えないのは多分そういうことだろう。私は確実に私であるはずなのに、全く別の人格が備わっている。それがなんとなくおさまりが悪くて、こんな気持ちになるのだ。
まあ、別に嫌ってわけではないんだけどね。私は私であるけれど、その根底には白夜の人生観が関わっている。私は少なからず白夜と同じような趣味や価値観を持っているのだから、他人とは言え親近感くらいは覚える。
「予想が当たっていてよかったです。これで間違っていたら恥ずかしいですからね」
「なんで私が転生者だと思ったんですか?」
「だって、その年であれだけの活躍を出来るんですもの。転生者でもなければおかしいですから」
確か、転生者はこの世界に来る際に何かしらの特別な能力を授かるという話を聞いた。
アリシアなら天性の剣の才、シンシアさんならものづくりの能力、セシルさんなら重力を操る能力のように、極めれば相当な強者になるであろう能力が色々付与されている。
テトさんの場合は恐らくあのお絵かき能力だろう。宙に絵を描くことが出来、且つそれを具現化して操ることが出来る。絵を描く、というのは中々に時間がかかることだから圧倒的に強いかと言われたらそういうわけではないけど、もし何の消費もないのならひとたび描くことが出来れば無限に兵力を増やすことが出来るのは魅力だ。
まあ、もしかしたら何か制限があるかもしれないけどね。
逆に私は何の能力も貰っていない。確かに竜としての力のおかげで魔法に関してはかなり汎用性があるし、竜化すれば体のスペックもかなり高くなるけど、それは種族としての固有の力だ。
アリシアによると、能力は神様のような人から貰うらしいから、そんな人物と会っていない私が能力を貰えてないのは当然とも言える。
まあ、竜と精霊の王の子として生まれたというのが最大の特典の気もするけどね。
「私は見ての通りお絵描きの能力をいただきましたけど、ハクさんは何を貰ったんですか?」
「いや、何も」
「何も? あんなに魔法が得意なのに?」
どうやらテトさんは私が転生者だということには気づけたけど、その正体が竜であるということには気づいていないようだ。
同じ転生者ということならば情報は共有した方がいいんだろうが、流石に竜であることをばらしてしまうと騒がれる可能性もあるしあまりやりたくない。
まあ、見た限り向こうも色々と情報を共有するために近づいたようだし、口止めをすれば言わないでいてくれる可能性は高いけど、出来ればもう少し仲良くなってから伝えたいところだ。
「まあ、魔法の才能を貰った、と考えてくれればいいですよ」
「むぅ、なんか隠してますね? 私は信用できないですか?」
「そういうわけではないですけど、まだ会ってそこまで経ってませんし」
テトさんの仕草が演技でないのならテトさんは普通にいい人に見える。
以前の私なら同じ転生者だってだけで気を許して色々喋っていたかもしれないけど、転生者を大勢匿っている聖教勇者連盟と半分敵対しているようなものだから転生者の中にも敵を作っている可能性が高い。
テトさんがそれに関わっているかと言えば多分違う気がするけど、今後テトさんがスカウトされないとも限らないし、情報は絞っておいた方が良い気もする。
「なので、まずはお友達になってみませんか? そうしたら、いつかお話しできるかもしれませんよ」
とはいえ、そんなふうにこそこそと生きるのは窮屈だろう。
私が竜ということをばらされれば最悪国にいられなくなる可能性もあるから大っぴらには言えないだろうが、信用した何人かに話すくらいなら構わない。
どうせ、私の身体は成長しないからいずれ違和感に気付く人も出てくるだろうしね。
契約によって口止めするというのも手だけど、私としてはそんなものより友情という絆で結ばれたいところだ。
「……ええ。それじゃあ、よろしくね、ハクちゃん」
「こちらこそ」
テトさんは少し考えた後にそう言って握手を求めてきた。
まあ、私の予想ではすぐにでも仲良くなれることだろう。なにせ、対抗試合という共通の相手がいるのだから。
感想ありがとうございます。