第二百七十二話:実力の確認
訓練場は結構広い。魔法は射程の長い攻撃だからどうしてもある程度の広さは必要だ。もちろん強度も必要で、訓練場の壁は魔法耐性の高い素材が使われている。
まあ、と言ってもミスリルを使っているわけではないし、そこまでの強度はない。せいぜい、暴発させた時に最低限周りに被害が及ばないようにしている程度だ。
だから、今の私が本気で魔法をぶつけると簡単に壊れてしまう。ある程度生徒のレベルに合わせて撃たなきゃいけないからそれがちょっと大変だ。
「それじゃあ、私がお誘いしたんですし、私から披露しますね」
訓練場に着くなり、テトさんは空中に絵を描き出す。
やはりデフォルメチックに描かれており、見た目には威圧感は全くない。
今回描いたのは剣だろうか。無数に描かれた剣はテトさんの合図で動き出し、賑やかに的へと向かっていく。
「それ、かかれー」
テトさんがそう合図すると、剣達はいっせいに的に切りかかった。
すると驚くことに、おもちゃの剣とも見まがうような見た目にも拘らず、的をすぱすぱと細切れにしてしまった。
まさか、本当に剣の能力を持っているということ?
あれは単なる魔力の軌跡のはず。具現化させている以上はものに触れることはできるだろうが、剣のように鋭い刃を持たせるのは無理がある。
確かに魔法には剣を作り出すものもあるが、それは最初から剣を作り出すという魔法だからだ。あんなふうにすでに具現化している魔力をいじくって剣のようにするなんて芸当、一介の生徒ができる技ではない。
いくら対抗試合に立候補するほどの優秀者であってもこれは明らかにおかしい。
だが、私は至って冷静にその事実を受け止めることが出来た。なぜなら、テトさんが渡してきた紙からテトさんの正体がわかったから。
あれが魔法制御によるものでなく、始めからそういうものだと考えれば簡単なこと。
絵を具現化する力。なるほど、中々面白い能力だ。
「こんな感じでいかがですか?」
剣の他にも、狼を描けばそれは的を食い破り、竜を描けばブレスですべてを破壊する。
描けさえすればなんだって具現化することが出来る。見た目の可愛さとは似ても似つかない恐ろしい能力だ。
「次は皆さんの魔法も見てみたいです」
「それじゃあ僕からやるぞ」
サリアは勢いよく挙手すると、瞬時に闇色のボールを作り上げる。
下級魔法ではあるが、完璧に無詠唱だ。
サリアは割と頭がいいので、私が教えれば大体のことはすぐに覚えてしまう。
魔法陣も同じだ。簡単な魔法陣なら数日もあれば覚えてしまう。
流石にまだ中級魔法はできないみたいだけど、詠唱短縮ならそれもできるし、二年生にしては十分すぎるほどのスペックを持っているのだ。
続けざまに放った闇色の球は見事に的に命中する。
本当は闇魔法は攻撃よりも拘束や妨害に長けた魔法だから攻撃魔法はあまり効果が高くないけど、独自に練習してきたサリアの魔法は中々に威力が高い。
魔術師同士の対戦なら妨害と合わせてなかなかいい動きが出来そうだ。
「次は私ですね」
続いてエルが軽く手を振り抜き、的に向かって氷の針を飛ばして命中させる。
エルに関してはサリア以上だ。何しろ、その正体は竜の中でも強力な個体であるエンシェントドラゴンなのだから。
【人化】すると結構弱体化するみたいだけど、それでも人にはあまりある力。エルがその気になれば訓練場の壁すら軽く破壊して見せるだろう。
ただ、あまり強い魔法を使うと人の身体が耐えきれなくて自傷してしまうらしいのでそこが難点か。
次々と繰り出される氷の連撃にテトさんも目を見開いて魅入っている。
粗方的を破壊し終わると、エルは優雅にお辞儀をして締めくくった。
「凄いですね。二年生とは思えないです」
「ハクに鍛えてもらってるからな!」
「これくらいは当然の事です」
実力で言うなら既に並み居る六年生を超えているだろう。
サリアだってより知識を身に着ければ宮廷魔術師だって夢ではないかもしれない。
テトさんの能力は凄いけど、こちらだって負けていないんだぞと見せてやる。ただ、テトさんは二人よりも私の事が気になって仕方がない様子だった。
二人が魔法を披露している間もちらちらとこちらを見ていたし、今だって早く話を進めたそうにうずうずしている。
「では、最後にハクさんもお願いします」
「わかりました」
案の定、食いついてきたので私も魔法を披露することにしよう。
ただ、どの程度の威力を出すかが問題だ。
今はアリアの加護もあるし、その気になれば家庭で使うような小さな火から町を焼き尽くすような業火までなんでも出せる。
もちろん、四重魔法陣なんて使ったらこの訓練場は消し炭になってしまうだろうからやらないけど、どの程度のレベルがいいだろうか。
無難なのはサリアやエルに合わせること。ただ、あんまり制限してしまうと当日に困ることになる。
となると、なるべく自然体でできる素の状態が一番か。
私は瞬時に魔法陣を形成すると、的に向かって水の刃が飛んでいく。狙いは正確で、見事的を真っ二つにしてみせた。
私が日常的に使っている水の刃はもはや息を吸うように扱うことが出来る。むしろ、今なら刃を分裂させて数を増やすことだって簡単だろう。
前世でやったことがあるガンシューティングゲームを思い出す。撃った瞬間に倒れる敵と撃った瞬間に真っ二つになる的、うん、そっくりだ。
まあ、この調子で撃ちまくっていたら的の在庫がなくなってしまうのでこの辺でやめておく。
飾った技ではないけれど、基本ができているというのは大事だ。
テトさんもそれがわかっているのか、ぱちぱちと拍手を送ってくれた。
「ハクさんも流石ですね。これなら対抗試合もばっちりですね」
「そうだといいですね」
個々の実力は十分。後はいかに連携が取れるかどうかだ。
最初の模擬戦に関しては一対一の勝負だからそこまで連携は関係ないけど、魔物討伐からは連携が重要になる。
毎回冒険者でも手を焼くような魔物を連れてきているらしいので、ちゃんと五人で力を合わせないと勝てないかもしれない。
アッドさんは一人で十分だと言うけれど、たとえそうだとしてもチーム戦なのだから一緒に戦った方がいいだろう。
一人で戦うのはみんなやられて自分しか残っていないって時だけでいいんじゃないかな。
もちろん、そんな事態に陥るつもりは毛頭ないが。
「テトさんのその魔法って何でも描けるんですか?」
「ええ。私が知っているものならね」
「それなら色々応用は利きそうですね」
動物はもちろん、武器の類ですら動かすことが出来るというのはかなりのアドバンテージだ。
見た目には可愛らしい絵でまったく威圧感がないし、線だけの存在だから空に紛れるとあまり目につかない。
その気になればこっそりと絵を描いて敵の背後に回り込ませて不意打ち、なんてこともできるだろう。
一応魔力でできているので魔法的な攻撃によって霧散してしまうようだが、大きなものでなければ的は小さいものばかりだし当てにくいだろう。それに、盾などの防御アイテムを描くことで守らせることもできるようだ。
私達の魔法の陰に合わせて攻め入ったり、こちらが攻撃するまでの時間を稼いだり、とにかく色々なことに使えそう。
問題があるとすれば、一人だけだと描く時間が結構長いってことくらいだろうか。
その後、色々と連携のアイデアを出し合って今日のところは帰ることになった。
訓練室の鍵を閉め、テトさんは鍵を返しに向かう。
もう夕食の時間だ。早くいかないとね。
この後に控えた約束の事を忘れないように頭の片隅に止めつつ、三人で寮へと戻っていった。
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