第二百七十一話:思わぬお呼び出し
宙に絵を描き、それを自在に動かすことが出来る魔法。テトさんが言うにはただのお絵かきらしいんだけど、魔法の一種であろうことはわかる。
描かれた絵をよく見てみれば、それが魔力で描かれていることがわかる。恐らく、魔力操作で意図的に色を付け、それを使って宙に絵を描いているんだと思うんだけど、だとしても規格外だ。
そもそも魔力は目に見えないものだ。ある程度魔力操作に長けた者なら意識的に色を付けることはできないことではないけど、色を付けた上で且つその魔力の軌跡を自在に操るとなると並の魔力操作では無理だ。
一見何の攻撃力もなさそうに見えるがとんでもない。あれだけの魔力操作ができるなら魔法もかなり得意のはずだ。お絵描きはただのパフォーマンスに過ぎない。
正直言って、宝石魔法よりも凄いものだと思う。
「何がお絵かきだ。そんなもんが勝負で役に立つ訳ねぇだろ」
「あら、そうでもありませんよ? この子達もやれば出来るんですから」
「そうかい。ま、せいぜい俺の足を引っ張らないでくれよ」
デフォルメされた犬の口をパクパクさせながら言うが、確かにアッドさんの言う通り見た目には攻撃力は皆無のように思える。
その本質は純粋な魔法の腕前と思っていたけど、テトさんが言う通りならあの絵で戦うつもりなんだろうか。
それはちょっとよくわからないけど……。確かに具現化した魔力でできているのだからぶつければ攻撃にはなるだろうが、どう考えても普通に魔法を撃った方が強いように思える。
それとも、見た目以上に威力が高いのだろうか。よくわからない。
「次は僕達だな。僕は……」
「ああ、言わなくて結構。お前らのことはよく知ってるからな」
「おお?」
ひとまず自己紹介をしようとしたサリアの言葉を遮ってアッドさんはジト目でこちらを見てきた。
「ハク、サリア、エル、だろ? 全員二年で、いつも一緒にいる仲良し三人組。学園でも有名な百合カップルで、噂じゃ本も出てるとか」
「え、え?」
まあ、仲良し三人組というのはわかる。実際いつも三人一緒だし、部屋も一緒だしね。
でも、百合カップルって言うのはわからない。私が男だったのならカップルって言うのもわかるけど、女同士ではカップルはできないんじゃないだろうか。いやまあ、仮に女の子同士で付き合うのだとしても、別にサリアとエルとはそんな関係ではない。
サリアは純粋に親友だし、エルは家族だ。そんな噂されるようなことは……いや、割と目立った行動してたしそのせいかな?
まあ、もし仮に付き合うのだとしたらサリアは全然ありだ。サリア可愛いし。
「で、サリアは闇魔法、エルは氷魔法の使い手で、その実力は学年一とも言われてる。ハクに至ってはほぼすべての属性を使える上、すでに無詠唱が使えるらしいな。二年にしては役に立ちそうではある」
「よく知ってますね」
「近くに熱心なお前のファンがいるからな。おかげでこっちは耳にたこが出来そうだよ」
そんなに噂になっているとは。私は闘技大会で優勝しちゃったりと色々やっちゃった感はあるけど、サリアとエルはそこまででもないと思ってたんだけどな。
いや、サリアの知名度は発表会の事件でかなりのものになっているし、エルも色んな学年からモテているから有名になるのも無理はないのかな?
私の近くにいるって言うのも原因の一つかもしれない。
私は普通に学園生活を送れればそれでいいんだけどなぁ。
「だが、俺には敵わないだろ? ダンジョン探索の時は仕方がないが、模擬戦と魔物討伐は俺一人で十分だ。せいぜい逃げる練習でもしておくんだな」
「はぁ……」
なんだか凄い自信だな。私が闘技大会で優勝したことを知っているなら大した自信だと思う。
私に引っ込んでろって言うってことは、少なくとも闘技大会で優勝できるだけの実力が自分にはあると思ってるってことだもんね。
せっかくの対抗試合、もちろんずっと後ろにいるだけで終わるつもりはない。それだと絶対つまらないし、せっかくエルフを間近で見れるチャンスなのだから見なきゃ損だ。
「もう、ダメですよアッド君。学園長も言っているでしょう? チームとして頑張りなさいって。それにアッド君が思ってるほど三人とも弱くはないと思いますよ?」
「はっ、どうだかな。優秀とは言ってもただの平民と訳アリ貴族だろ? どうあがいてもソーサラス家には及ばない。違うか?」
「違うんじゃないかな? だって、アッド君ソーサラス家と言っても三男だし」
「なっ!? お前俺を愚弄する気か?」
「そういうつもりじゃないけど、そもそもソーサラス家で宝石魔法は使っていないと思うんだけど?」
「ぐぬぬ……」
テトさんはアッドさんの事をものともせずに歯に衣着せぬ物言いで攻め込んでいく。
なんか、聞いている限りソーサラス家って言うのは名門かなにかなのかな? 多数の優秀な魔術師を輩出しているとかそういうところなのかもしれない。
そして、アッドさんはそこの三男。三男となると、家督は長男が継ぐだろうし、予備として次男も残されるだろうけど、三男だとあまり期待もされていないのではないだろうか。
そもそも、宝石魔法は確かに様々な属性が使えて便利ではあるけど、本来はあまり魔力がない人が使う方法だ。かっこよく言ってはいるけど、自分であまり魔力がありませんと言っているに等しい。
魔術師の名門なのに魔力が少ない。なるほど、肩身は狭そうだ。
多分、そんな環境だからこそ誰かに認めてもらいたいっていう欲求が強いのかもしれない。自分は強いから後は任せろっていう感じなら頼れる先輩に見えなくもない、かな?
まあ、私にはただのいきがってる人にしか見えないけど。
「とにかく、模擬戦の先鋒は俺がやる。魔物退治も俺が先陣を切る、いいな?」
「わかりました。じゃあ、私達でサポートしますから頑張ってくださいね」
「ふん、サポートなど不要だ」
「はいはい」
テトさんはアッドさんの扱い方がうまい。
元から友達かなにかなのだろうか。なんだか近しい雰囲気を感じる。
ああいう手合いは苦手なので制御してくれるのならありがたい。優しそうな人だし、仲良くなってくれたらいいな。
「それじゃ、よければこれから特訓しましょう? 学園長、訓練場を使ってもいいですか?」
「ああ、最後に戸締りさえしてくれれば問題ない」
「俺はいかないからな。俺には必要ない」
そう言ってアッドさんはさっさと部屋を出て行ってしまった。
「あらあら、じゃあ、みんなはどう?」
「まあ、何ができるのかをお互いに知っておくのは大事ですし、構いませんよ」
「ありがとう。それじゃあ、行きましょうか」
私としてもあのお絵かき魔法がどれほどの力を持っているのかは興味がある。
できれば宝石魔法の方も実際に見てみたかったのだが、慣れ合う気がないのなら仕方がない。
最悪当日までに口頭でもいいからどんなことが出来るのかを聞かせてくれれば何とかなるだろうか。宝石魔法は魔法を放つ度に宝石を消費してしまうから練習で使うのは確かにもったいないし。
「……ん?」
部屋を後にしようとした時、不意に背中を叩かれたような気がした。
アリアかなと思って振り返ったら、そこには青色の軌跡で描かれた鳥が一枚の紙きれをもって静かに羽ばたいていた。
これって、テトさんのだよね? なんでこんなところに。
紙切れを持っていたので、受け取って中を見てみる。すると、そこにはここでは見知らぬ文字で、しかし馴染み深い文字が書かれていた。
『夜、女子寮裏の空き地でお待ちしています』
最近ではあまり見る機会もなかった文字。だけど、私はこの文字を知っている。なにせ、私の前世に関わるものなのだから。
「テトさんが、ねぇ」
私は先導するテトさんの背中を見ながら込み上げてきた衝動を噛みしめていた。
感想ありがとうございます。