幕間:100年に一度の逸材
カラバの町の冒険者ギルドのギルドマスター、レオンの視点です。
書類に目を通し、必要とあらばギルド公認のハンコを押したり署名をしたり細かい作業が続いている。
ここはカラバにある冒険者ギルドの一室。ギルドマスターという冒険者をまとめる立場にある私は、現役時代とは打って変わってこうして事務作業に追われることが多くなっていた。
正直、とても面倒くさい。こんなことをしているより体を鍛えている方が何倍もいい。
ギルドマスターという地位に座ったことで依頼に出かけることはなくなったが、それでも鍛錬は欠かしたことはない。
次々と入ってくる新人冒険者達を眺めるのもそれはそれで楽しいが、その多くが道半ばで倒れていくというのも事実であり、先輩という立場からするとかなり複雑だ。
一応、そう言った事故が減るようにと資料室を開いたり、簡単な戦い方の指導をしたりと色々手は尽くしているのだが、成果は芳しくなかった。
かちりという音と共に正午を告げる鐘が鳴る。そろそろ休憩にするとしよう。
「失礼します」
ペンを置き、同じ体勢でいたことによる身体の凝りを解していると、職員の一人が部屋に入ってきた。
ああ、そういえばまだ昨日の分の書類を受け取っていなかったな。
ギルドに関するすべての出来事は皆ギルドマスターに報告することになっている。
彼女は受付嬢だから、恐らく昨日の冒険者の依頼状況についてだろう。
立ち上がりかけた体を椅子に戻し、彼女を促す。
「前日分の依頼の達成状況と、冒険者登録した者のリストです」
「ありがとう」
彼女から書類を受け取り、パラパラと軽く流し読みする。
後でしっかりと読み返すつもりではあるが、ぱっと見は問題なさそうだ。
新しく冒険者になったのは……一人だけか。
名前はハク。11歳の女性。住所は……書いてないな。訳ありだろうか。
冒険者ギルドへ登録する者の大半は何かしら事情を抱えているから年齢制限を守って、名前がわかればそれで十分ではある。もちろん、しっかりと記入した方が信用度は上がるが。
「あのー、レオンさん?」
「ん? どうした?」
書類を渡した受付嬢は何か言いたげに口をもごもごさせている。
妙だな。彼女はいつもしっかりとした働きぶりでギルドに貢献してくれているのだが、何か問題でもあったのだろうか。
もしや冒険者同士のいざこざか?
一階が酒場ということもあって喧嘩は日常茶飯事ではあるが、余りに目に余るようだと注意しなければならなくなる。酔いの勢いということもあるだろうから大抵の事は水に流すが、最悪ギルドから除名しなければならないこともあるから少し面倒くさい。
「その、新しく登録した子なんですが、どうにも11歳には見えなくて……」
「なに?」
「本人は11歳だと言っていたのですが、見た目は7歳ほどなんです」
「それで、登録したのか?」
「本人が言っていましたし、余り詮索するわけにもいかなかったので」
ギルドの中には他人の過去を詮索してはならないという暗黙の了解がある。それは職員も同じで、仮に冒険者登録していない者だったとしても安易に詮索してはならない。
本人がその年だと言ったのなら、仮に年齢を詐称していたとしても一応問題はない。登録した時点で、ある程度のリスクは自己責任となるからだ。
しかし、そんな小さな子が年齢を偽ってまで冒険者登録をする? 住所も書いていないし、孤児かなにかなのだろうか。
「わかった。それとなく注意して見てみよう」
「お願いします。今日はひとまず常時依頼の薬草採取を受けていきましたよ」
薬草採取というと今の時間ならラルス達がいる場所か。喧嘩にでもならなければいいが。
受付嬢を下がらせ、冒険者の少女について考える。
彼女の事を詮索する気はないが、下手に危険を冒して早々に死なれても寝ざめが悪い。
可能なら手助けしてやりたいが、こんな時に人手が足りないのは辛いものだ。
ひとまず今は休憩にしよう。
椅子から立ち上がると、書類を片付け、部屋を後にした。
ここ数日、例の冒険者の少女をそれとなく観察してみた。
肩にかかるくらいの銀髪で、ボロボロの布切れのような服を着ている。受付嬢は7歳くらいと言っていたが、下手をしたらそれ以下かもしれない。
とても華奢な体をしていて、もし間違って私がぶつかったら簡単に折れてしまいそうだった。
年齢の割には落ち着いていて、常に表情を崩さず、受けた依頼を黙々とこなしている真面目な冒険者のように見える。
受ける依頼も常時依頼のみで、下手に見栄を張って危険な依頼を受けるという風でもなかった。
しかし、彼女は色々な意味で普通とは違うようだ。
まず驚いたのが【ストレージ】持ちだということ。
【ストレージ】は冒険者なら誰もが羨むかなり優秀な収納スキルだ。これがあるだけで、素材の還元率が倍以上変わる。
持っているだけで荷物持ちとしてかなり優秀であるから、商人なんかにもかなり重宝されている。
そして、さらに驚くことに毎回依頼のたびに【ストレージ】から魔物の死体を取り出して換金していた。
魔物はどれも低級なものばかりだったが、その状態はとても綺麗で、ほぼすべての素材をそのまま使えるくらい見事なものだった。
普通は討伐の際に無駄に傷つけたりして値が下がるんだが、彼女の持ってくる獲物はいつ見ても綺麗に首が刎ねられた状態だった。
どうやら彼女は森の奥へと入っているらしい。確かにそこなら魔物は多くいるだろうが、こんな小さな子がこれだけ見事に狩りをする姿は想像ができなかった。
しかも、毎回魔物を持ってくる割りには受ける依頼は薬草採取だけ。つまり、魔物討伐はついでであり、狩るつもりで森の奥に行っているわけではないということだ。
その上、怪我は一切していない。いつも同じ表情を崩さず、淡々と換金所に持ち込む姿は恐怖すら感じた。
気づけば、冒険者の間で密かに『首狩り姫』なんて呼ばれている。
常に首を綺麗に刈り取ることから名づけられた。ピッタリな名前ではあると思うが、本人が聞いたらどう思うだろうかね。
彼女の凄さはこれだけに留まらない。
ある日、酒場で飲んでいると、酒場のマスターから小さな女の子が薬を売ってきたと聞かされた。
まさかと思って特徴を確認したら、やはり彼女の事だった。
恐らくここで買った低位ポーションを真似て作ったものだろうとのこと。
ポーションなんて今どき手作りできる職人なんてそうはいない。もし本当に彼女が作ったのだとしたら、彼女は調合師としてもやっていけるだろうと普段滅多に人を褒めないマスターが彼女の事を賞賛していた。
流石にもう驚かされることはないだろうと思っていたのに、極めつけは先日起きたオーガ騒動だ。
低級魔物の群れを討伐に行った低ランクパーティがオーガに襲われた事件。
オーガなど、ここら辺ではここ数年でも一度も聞いたことがない名前だった。しかもそれが五体。少なくともパーティは大打撃を受けることは間違いないだろうと思っていた。
しかし、結果を見れば被害は軽い怪我程度。町にも被害はなかった。
これはパーティにいたCランク冒険者、ロランドとリリーの貢献によるものが大きいが、一番の貢献者はハクだった。
報告によれば、オーガ三体を相手取ってその内二体を倒したという。その他にも、襲われそうになっていた冒険者を身を挺して庇ったという話もあり、聞けば聞くほど子供がやるような内容ではなかった。
オーガの一撃を受けて深手を負った彼女の下を一度訪れてみたが、多少衰弱していたものの落ち着き払った様子で、オーガの事でトラウマを持っているようにも見えなかった。
年齢は偽っているのかもしれない。けれど、それは上にではなく下にではないだろうか。
間違いなく、彼女は100年に一度レベルの天才だろう。あの幼さでかなりの魔法に精通し、大人顔負けの精神力を持ち、おまけにポーションまで作れる。
空恐ろしいと思う反面、そんな逸材が来たことに喜びを感じていた。
今度手合わせでも頼んでみようか? 流石にそれは見た目的にダメだろうか。
ハクという少女がこれからどんな活躍をするのか。それを想像すると、面倒な書類仕事も少しだけ楽しく思えた。
暑い日が続いていて執筆のモチベが下がってきています。クーラーに手を出すべきかもしれない。