第二百六十八話:熔ける温度
それから三日ほどが経った。
竜の谷へ転移魔法で訪れてみれば、竜人達は快く設備を提供してくれた。
一応、アダマンタイトとは伝えずに珍しい鉱石を見つけたから精錬したいという名目で使わせてもらっているが、正直竜人達には話してもいいのではないかと思っている。
誰にも言わないように口止めすれば守ってくれそうだし、そもそも竜人達が外に出ることはほとんどない。外部に情報が漏れる可能性はかなり低いだろう。それに日常的に竜の素材を平然と使っているし、今更アダマンタイトを見せたところで驚かない気もするしね。
まあ、詳しく聞かれるまでは黙っておこうと思う。もし加工できたら竜人達にも渡す予定ではあるし、その内気付くかもしれないけどね。
ただ問題なのは、三日ほど試してみたけど一向に熔ける気配がないということだ。
あれから温度だってかなり上げている。詳しい温度はわからないけど、五万度とかには届いてるんじゃないだろうか?
これ以上上げようとすると防御魔法をかけていたとしても炉が耐えられないだろう。ただ火力を上げるだけなら可能だが、それ相応の場所が必要だ。
ここまでくると本当に火で熔けるのかが怪しい。神金属と言われるくらいだから、例えば水に浸したら熔けるとかだったとしても驚かないぞ。
まあ、そう思って色々試してはいるんだけど、やはりうまくいかなかった。
【鑑定】で調べてみても特に有益な情報は書いていなかったし、八方塞がり感はある。
さて、どうしたものか……。
「神様はどうやって神具を作ったんだろう」
地上に残されている神具は神様が人類が世界の脅威に立ち向かうための武器として残したものと言われている。そして、それを作ったとされているのが鍛冶の神ヘストスとされていると学園では習った。
鍛冶の神というくらいなのだからやはり鍛冶によって神具は生み出されたのだろう。ならばやはり、普通の鍛冶と同じような方法で出来るんじゃないだろうか。
やはり決め手は温度だろうか? 熔かすことが出来なければ加工はできないのだから多分熔かせるはず。
うん、うだうだ考えてないでやっぱりもっと高温で試してみよう。それが一番手っ取り早い気がする。
「そうと決まれば、場所をどうするかだね」
五万度でダメとなると、十万度にでもすればいいのだろうか。そうなると、普通の炉じゃ耐えられない。
火力を上げるにしても多分三重か四重魔法陣が必要になるだろうし、それを維持するとなると結構面倒くさい。魔法の炎だから空気を送り込む必要がないのは楽だけど、それ以前にそんな規模の魔法を使ったら周囲が焼け野原になってしまう。
竜の谷は確かに土地は余っているけど、見る限り谷底は竜人達の住処になっているし、そうでない場所も下手に爆発でも起こせば谷が崩落しかねないからここではやりたくない。谷以外の場所も結構綺麗な花畑があったり、鬱蒼とした森だったり、あまり火を使うには適していない。
なんとか周りに被害を出さないで魔法を使えたらいいんだけど、いくら収束魔法にしたところである程度は被害は出ちゃうしなぁ……。
「……いや、待てよ?」
私はふと、地面に魔法陣を描き始める。
最近では多重魔法陣以外はあまりアイデアもなかった魔法の研究ではあるけど、一つだけまだあまり手を付けてない魔法があった。
それは空間魔法。竜特有の魔法であり、転移魔法を始めとした空間に干渉する魔法だ。
特殊属性の中でもひときわ異質な属性。だけど、その有用性はかなりの可能性を秘めている。
例えば結界。これは私がいつも使っている防御魔法と似たものではあるけど、実際は少し違う。
防御魔法は魔力の膜で覆うことによって物理や魔法などの攻撃や魔力による干渉を防いでくれるけど、結界はそれら以外にも音や臭いまで遮断することが出来る。その気になれば、光を遮断して姿さえ隠すことが出来るだろう。
まあ、その分魔力消費も大きくて普段使いするなら防御魔法に軍配が上がるけど、防御面でも防御魔法より優れているし、防御魔法では防げそうもない強力な攻撃を防ぐ際には使えるかもしれない。
そう、防御魔法より防御能力が優れている。つまり、私が使う魔法にも耐えてくれるはずなのだ。
結界を用いれば、周囲の被害は最小限に抑えられるはず。今この時のためにあるような魔法だ。
「よし、これで……」
空間魔法についてはまだエルに教わっている状態だけど、竜の谷に行ってかなりの記憶を取り戻したことによってある程度の使い方は一緒に思い出せた。
後は実際に使ってみるのみ。私は地面にアダマンタイト鉱石を置くとそれを囲うように結界を発動した。
見た目にはなにも変化はない。結界は空間そのものに干渉するものだから目に見える変化は起こらないのだ。
まあ、やろうと思えば色を付けることも可能だけど、探知魔法で魔力は感知できるのでどの範囲に結界が張られているかくらいはわかる。
さて、結界はこれで大丈夫だろう。お次は十万度にも達するような火力の火魔法だ。
実際に体感したことがないから素の状態の火魔法がどれくらいの火力なのかわからないけど、上級魔法だとしてもまだまだ火力は足りないだろう。
とりあえず、収束魔法を適用して、範囲を思いっきり絞り込んでその分火力を増すように魔法陣に描き込んでいく。
三重でも足りそうな気はするけど、もし足りなかったらあれだし一応四重魔法陣を使っておく。
初めて使った時は一気に魔力がすっからかんになった四重魔法陣ではあるけど、今の私なら制御可能のはずだ。
流石に四重ともなると書き込むだけでも時間がかかるけど、ここでケチってもう一度やるのも面倒だし手は抜かない方がいいだろう。
「ふぅ……さて、ちゃんと熔けてくれるかな」
しばらくして魔法陣を描き終え、結界に包まれた鉱石を見つめる。
ここまでやって熔けなかったら、その時はホムラにでも相談してみよう。火竜のホムラならもっと火力出す方法を知ってるかもしれないし。
狙いを外さないように手を前に出し構える。書き上げた四重魔法陣を思い浮かべ、照準を定めた。
「……はぁっ!」
キーとなる魔力を流した途端、もの凄い炎の奔流が駆け巡り、見る見るうちに収束していった。やがてそれは一本の線のようになり、まるでレーザービームのように鉱石に直撃し、次の瞬間結界内で大爆発を起こした。
結界内が白い炎で覆いつくされる。結界が壊れないか心配だったが、今のところは大丈夫のようだ。
ただ、これ維持しなきゃいけないことをすっかり忘れていたので地味に魔力がキツイ。
本当は三十分くらいじっくり焼くつもりだったけど、これじゃ十分程度で力尽きそう。
まあ、これで熔けるかどうかって言うのが知りたいだけだし、別に完全にドロドロに熔けて欲しいわけでもない。これで熔けるのがわかったら次はちゃんと準備してから挑めばいいだけの話だし、ちょっとでも熔けてくれたら大成功だろう。
「さて、熔けてるかな?」
流石に魔力切れぎりぎりまでやるつもりはないのでほどほどのところで中断し、魔法を解除する。
結界内の炎が消え、中の様子が露わになってくる。今結界を解いたら熱気が一気に溢れ出しそうだからすぐには開かないけど、外から見る限り中には何も残っていなかった。
そう、アダマンタイト鉱石の欠片すら残っていない。当然、熔けたであろう液体も残っていなかった。
「あ、あれ?」
まさかと思って結界を解いてみたが、焼きつくような凄い熱気を感じた以外はやはり中には何も残されていなかった。
これって、どういうこと?
結界はちゃんと地面に接する面にもしてあるから熔けた液体が地面にしみ込んでしまったってわけでもないはず。となると、考えられるのは……。
「……消し飛んだ?」
つまり、あまりに火力が高すぎて液体すら残さず消滅してしまった、ってことだろう。
あれだけ熔けなかったのだからこれくらいじゃ足りないだろうって意気込みでやっていたのにまさか消えてなくなるとは思わなかった。
でも、何も得られなかったわけでもない。
少なくとも、炎で消し飛ばせるってことは火力を調整すれば熔ける可能性もあるということだ。
次はもうちょっと魔法陣の文言を減らすか、あるいは三重魔法陣まで落としてやってやればいけるかもしれない。
まあ、今は魔力がかつかつだからできないのが残念だけど、糸口を掴んだだけ良しとしよう。
鋳型とかも準備しないといけない。後で竜人達に頼んでおこうかな。
そんなことを考えながら私はその場を後にした。
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