幕間:エンシェントドラゴンとの交流2
主人公の姉サフィの視点です。
話してみると、竜達は意外と気さくだった。
こちらが緊張しているとみるや色々話しかけて和ませてくれたし、僅かに感じていたプレッシャーもだんだんと薄れてきた。
恐らく、魔力制御でより魔力が漏れ出ないように抑制したのだろう。もはや見た目相応の人間にしか見えなくなってきた。
その他にも魔法を披露してくれたり、エリアスさんに至ってはどこで習ったのか剣技を見せてくれたりしてこちらの興味を引こうとしてくれているのがわかった。
おかげでしばらくすれば気軽に話しかけられるようになっていた。
竜と話せるなんてどんな夢物語だろうと昔なら思っただろうけど、竜が人化するという話は以前から聞いたことがあった。人の姿になれるんだったら人の言葉も喋れるよねと今さらながら納得する。
まあ、竜に話しかけようなんて稀有な人はいなかっただろうし、人に化けた竜を見分けるのは相当難しいから仕方がなかったのかもしれないけどね。
「さて、ところでサフィ殿は冒険者として腕が立つらしいな?」
「え? ええ、まあ」
「サリア殿も優秀な魔術師だとハク様から聞いた。何でもハク様直々に手ほどきをしているとか」
「そうだぞ。無詠唱も結構うまくなってきたんだ」
話題は私達のことについてになる。
どうやら情報の出所はハクのようだ。まあ、みんなハクの事を凄く慕っていて、少し話を聞いただけでも大好きなんだなってことが見て取れる。だから、ハクが彼らと会って話していたとしても別に不思議ではないか。
「サフィ殿、サリア殿、そなたらはいざという時にハク様をお守りできる自信はあるか?」
「それはもちろん。と言っても、今のハクなら一人で何とかしちゃいそうだけど」
「僕も同じだ。親友のピンチを救うのは当然のことだぞ」
守る、と言われても正直今の私ではハクの力にはなれないかもしれない。
なにせ、以前から闘技大会やら王都の危機やらで大活躍をしていたのだ。それに加えて今は竜の力もある。
その実力は相当なもので、私だって苦戦するアグニスを無傷で倒してしまうほどだ。闘技大会では『流星』のルナさんを理不尽な魔法で下していたし、もう私が守らなくても十分一人で対応できるだけの力を持っている。
まあ、だからと言ってすべての事柄に対処できるわけでもない。ハクは優しいから人殺しはできないし、それを逆手に取られてピンチに陥るかもしれない。
ハクにできないことを私がやればいい。人殺しは気分のいいものではないけれど、相手が悪人だったら躊躇する理由もない。こんな私でもハクの力になることはまだできるはずだ。
「そうか。ならば、その覚悟を見せてもらおう」
「「えっ?」」
アースさんはそう言うなり立ち上がり、広場の中央へと歩いていく。
何のことかわからず他の竜達を見てみると、彼らは合点が言ったという様子で頷いたりため息を吐いたりしている。
なんだか嫌な予感がする。その証拠に、完全に抑えられていたアースさんの魔力が徐々に漏れ出しているのがわかった。
「まあ、わたくしもサフィさん達の実力には興味がありますし」
「最近碌な魔物がいないから退屈だったしね」
「へっ、ハクの大将の傍にいるんだったらこれくらいはしねぇとな」
なんかみんなやる気満々と言った様子でじーっとこちらを見てくる。
これ、あれだ。アグニスと一緒だ。
いつもわけわからない理由で人気のないところに連れ出し、模擬戦だと称して戦いを挑んでくる。もちろん、アグニスは本気で断れば引き下がってくれるけど、この竜達はそういう思考はないようだ。
アースさんが早くしろと言わんばかりに地面に手を置き、瞬く間に巨大な土の剣を生成して見せる。
ここまで来ればサリアにも何が起きているのか理解できたようだ。顔を青ざめさせて汗をだらだら流している。
「では、まずはアースからにしましょうか。二人とも、準備してください」
「準備って、一体何を始めるつもり?」
わかってはいても聞かざるを得ない。
私達がこれから何をさせられようとしているのか。できれば予想が外れて欲しいと願いながらエルさんの方を見るが、エルさんは淡々とした様子で事実を告げた。
「わかっているでしょう? アースと模擬戦するんですよ。大丈夫、こちらは闘技大会と同じく非殺傷結界を適用しますし、実際に攻撃を当てたりしませんから」
非殺傷結界は特殊な魔道具を用いて一定の空間内にいる対象が発する攻撃から殺傷力を取り除くものだ。まあ、殺傷力を取り除くと言っても、剣の刃がなくなったり、魔法の貫通力が落ちたりする程度で当たれば普通に痛いし、鈍器のような武器の場合はあまり意味がない。最悪死ぬ可能性もある。
まあ、だからこそ攻撃を当てないっていうことなんだろうけど、本当に大丈夫なんだろうか? 人の姿をしているとはいえ相手は竜、仮に寸止めされたとしても何かの間違いで死ぬなんてことは……。
「もちろん、そちらは殺す気で来てもらって構いませんよ。でないと……」
死んでしまうかもしれませんよ?
淡々と告げられた言葉の重みに思わずクラリと眩暈がした。
なんで? さっきまで和やかに話してたじゃない。それがなんでいきなり戦うことになるの?
竜と戦う話は上級冒険者ならばたまに聞く。アグニスも竜を屠ったことがある一人だ。
しかし、言っては悪いがその竜と今目の前にいる竜とでは格が違いすぎる。ワイバーンを倒して竜を倒したと騒いでるようなものだ。
もちろん、アグニスは本当に竜を倒したのだろう。だけど、それは恐らく普通の竜。エンシェントドラゴンとはわけが違う。
手加減されたとしても一歩間違えば死。それがありありとわかって思わず足がすくんだ。
「さあ、どうぞこちらへ」
エルが促してくる。
正直断りたい。竜と戦えるなんてまたとない機会ではあるけれど、私はそこまで戦闘狂じゃない。
ハクと再会できた今、ハクとやりたいことがたくさんあるのだ。こんなところで死ぬわけにはいかない。
しかし相手は竜だ。エルさんがいるから断ればもしかしたら聞いてくれるかもしれないが、相手が望んでいるのはハクの傍にいる資格があるかどうかという話。断れば当然失望されるだろうし、最悪気分を害して本当に殺されてしまうかもしれない。
私が生き残るためには、勝負に乗った上で致命傷を受けないように立ち回る。これしかない。
「……サリア、いける?」
「正直行きたくないけど、ここで引くわけにはいかないからな。大丈夫だぞ」
防御魔法による魔力の遮断と人の姿になったことによる魔力の抑制。それを持ってなお感じる威圧感。いや、これはたんに怯えているだけだろうか?
私はまだまだ死ぬわけにはいかない。勝てはしなくても、生き残って見せる!
私はぎゅっと拳を握り締め、アースさんの前に立つ。アースさんがにやりと笑った気がした。
「それでは、アース対サフィ、サリアの模擬戦を始めましょう。審判は私がします。危なくなったら止めますので、どうか気軽にやってくださいね」
エルさんが何か言っているがよくわからない。
今一瞬でも目線を外したらやられてしまうかもしれない。
二本の剣を引き抜き、だらりと構える。サリアも、私の少し後ろで構えるのがわかった。
「それでは、始め!」
エルさんの掛け声と同時に動き出す。
戦いの火蓋は切られた。
感想、誤字報告ありがとうございます。