幕間:エンシェントドラゴンとの交流
主人公の姉サフィの視点です。
いつもより少し長め。
竜の谷については噂程度でしか聞いたことがなかった。
その噂も竜がたくさん住む秘境程度の情報でしかなく、そんな場所もあるのか程度の認識だった。
だから、大切な妹が竜の血を受け継ぐ者だということが判明し、その故郷が竜の谷であると知った時は驚いた。
血が繋がった姉妹ではなかったんだということは少し残念だけど、大切な妹であることに変わりはない。むしろ、竜であったからこそ魔力溜まりに落ちても無事だったと考えられるから、ハクが竜であってよかったとも思っている。
ただ、それが判明し、本当の親は別にいるということで、挨拶に伺うことになった。
まあ、そりゃ何年も親元から離されていたのだから会いに行くのは当然だろうし、それに異論はない。ただ、エルさんの話が本当なら相手は竜と精霊だ。それが少し不安だった。
ハクは人間として私達と一緒に暮らすことを望んでいるけれど、相手はそうじゃないかもしれない。もしかしたら、無理矢理にでも手元に置こうとするかもしれない。そんなことになったらハクが可哀そうだし、私も我慢できそうになかった。
だから、いざとなったら私が意見してやろうと一緒についていったのだが、竜の谷のあまりの空気の濃さに愕然とした。
竜は目の前にいるだけでもものすごいプレッシャーを放っていると言われている。ハクが言うにはそれは魔力であり、それが漏れ出すことによって相手を威圧する効果があるらしい。
魔力が原因なので魔力を遮断してやればある程度ましになると言い、私達に防御魔法をかけてくれたこともあって竜姿のエルさんを見てもそこまでの衝撃はなかった。だから、竜の谷でも大丈夫だと踏んでいた。
しかし、これはだめかもしれない。あまりの重圧に常に心臓を鷲掴みにされているのではないかという錯覚に陥ったほどだ。防御魔法越しでこれなのだから、生身の状態で受けたらどうなるのか、考えたくもなかった。
竜の谷の中にある集落、竜人の里ではそこまでの衝撃はなかったのがせめてもの救いか。
唐突に勝負を吹っ掛けてくる上に休みをくれなかったのはちょっとあれだが、まあ何とかやっていけそうだと思っていた。
しかしある時、突如連れ出されたことによって状況は一変する。
「あの、エルさん、どこに連れていくつもりなんです?」
「ぐるる……」
エルさんは今竜姿となって私とサリアを乗せている。竜の姿になると言葉が喋れなくなるのか、私には何を言っているのかわからない。
ハクだったら理解できるんだけど、今はどこかに行っているようでいない。だから、私達はエルさんに任せるほかなかった。
そうして辿り着いたのは広間のような場所だった。闘技場のフィールドに少し似ているが、その広さは倍以上ある。
そこには四匹の竜がいた。雷竜、水竜、風竜、地竜。いずれも巨大で、かなり強力な個体だということがわかる。
ハクが防御魔法をかけて行ってくれたおかげでまだ何とか立っていられるが、竜の谷にきた直後に感じた尋常じゃない魔力に比べればまだ優しくとも、十分に死を覚悟するレベルの威圧感だということがわかる。
そりゃ、竜が四体、エルさんも入れれば五体か、もいれば普通の人間なら死ぬだろう。いくつかの国が一丸となって立ち向かい、それでも勝てるかどうか……仮に勝てたとしても、相当数の犠牲者が出ることは間違いないだろう。
ごくりと息を飲んでいると、私達を下ろしたエルさんが人の姿へと変化する。そして、目の前にいる竜達に向かって話し始めた。
「連れてきましたよ。ほら、あなた達も【人化】なさい。人間には私達の言葉は通用しませんよ」
四匹の竜はその言葉に顔を見合わせると、シュルシュルとその身を縮めていった。
まず雷竜。ところどころに金の刺繍が入った黒のズボンに黒のジャケットという姿。年齢は大体20代前半だろうか、所々に金色の混じったつんつんとした髪が特徴的で、黒く塗りつぶされた眼鏡をかけている。
あれ、見えているんだろうか。眼鏡は見たことがあるけれど、もっと透明だったはずだ。
まあ、かけてるってことはちゃんと見えているんだろう。竜特有の物かもしれないし、あまり気にしないことにする。
次に水竜。青みがかった白銀の鎧を身に纏い、長い青色の髪を風に遊ばせた優美な姿。腰にはレイピアのような細身の剣を佩いており、まるで近衛兵のような精錬された騎士のような風格が漂っている。
女性の私ですら美しいと見惚れてしまうくらいの美人だ。年齢は10代後半くらい。少女らしい可憐さも垣間見えてついつい魅入ってしまった。
続いて風竜。短めのスカートにへそが見えてしまうほど丈の短いシャツ。上から全身を覆えるくらい大きなコートのようなものを纏っているが、ほとんど透明で大事な部分が見えてしまいそうになっている。
身長はハクよりも少し高いくらいだが、その割には胸が大きく、私よりも大きいかもしれない。
年齢は恐らく10代前半くらい。くりくりとした愛らしい表情が印象に残り、年相応の可愛らしさがある。
最後に地竜。厳格さを体現したようながっしりとした体に冒険者がよく身に着ける革装備のようなものを身に纏い、不思議な模様が描かれたマントを羽織っている。
年齢はこの中では一番高いだろうか、多分30代前半くらい。でも、雰囲気的にはもっと老齢な、だが油断できない達人のようなオーラを纏っている気がする。
「さて、これでよろしいでしょうか?」
「んー、【人化】するのは久しぶりだなー」
「まあ、たまには【人化】しておかねぇと忘れちまうからな。ちょうどいいってもんだろう」
「我らの真の姿は客人には堪えよう。これで落ち着いて話ができるというもの」
人の姿になったせいか、先程まで感じていたプレッシャーが薄れた気がする。
確かにエルさんも人の姿の時は特に何も感じなかったし、人の姿になることによって魔力を抑制することが出来るのかもしれない。
そんなことが出来るなら竜状態の時でも抑えられそうなものだけど、まあ深くは聞くまい。そんな勇気もないし。
さて、どうやらエルさんはこの人達に会わせるために私達を呼んだらしい。
初日にハクのお父さんだっていう竜王様には出会ったけれど、それ以外の竜には何の面識もない。わざわざ呼び出すってことはハクの関係者なんだろうけど、私達に何か用なのだろうか。
なんとなく嫌な予感がするけど……。
「さて、まずは自己紹介と行きましょうか。順番に名乗っていってください」
「それでは、わたくしから」
そう言って前に出たのは水竜だ。
流れるような優雅な仕草でお辞儀をする。ただの自己紹介なのになんだか様になっていてちょっとドキドキしてくる。
おかしいな、私はノーマルだったはずなんだけど。
「初めまして、我が姫のご友人方。わたくしはエリアス。水を司るエンシェントドラゴンにございます」
エンシェントドラゴン。名前だけは聞いたことがあるけれど、実際にお目にかかったのはハクのお父さんを除けば初めてだ。
エンシェントドラゴンは数千年の時を経て成長し続けてきたドラゴンの事を指す。
いくら竜が長命とはいえ、数千年単位で生きる竜は少ない。いや、少ないとされている。実際に出会った竜を調べてもせいぜい数百年から長くても1000年程度しか生きておらず、それ以上を生きるのは難しいのではないか、という説があるだけだ。
だけど、こうして目の当たりにするとそんなことはないのだなと思う。だって、ここにいる竜はみんなエンシェントドラゴンなのだから。
「次はボクだね。ボクはシルフィ。見ての通り風竜だよ。ちなみにボクは雌だから、その辺り間違えないでね」
ニコッと笑って挨拶する風竜、シルフィさんはとても可愛らしい顔立ちをしているが、確かにどちらともとれるような中性的な顔をしている。
一人称がボクなのだし、てっきり男かと思っていたが、そういうわけではなさそうだ。
まあ、一人称がボクで女なんてそこまで珍しくもないか。
冒険者の中には個性を出そうとわざと特徴的な喋り方をする人だっているし、何より隣にいるサリアがまさに僕っ娘だ。なんとなく親しみが持てる。
サリアも同族に興味があるのか、じーっとシルフィさんの方を見ていた。
「さて、俺っちはライ。雷竜だ。この服装、そっちじゃ珍しいか? なかなかいかしてるだろ?」
ライさんの格好は、まあ確かに珍しいと言えば珍しい。
革鎧というには薄いし、かといって普通の服かと言われたらかっちりしすぎている。
貴族の間では公式の場に着ていく正装として硬い生地の服を使うこともあるけれど、少なくともあの格好で貴族の社交場に現れたら悪い意味で注目を集めそうだ。
それに何よりあの真っ黒な眼鏡。本人は自慢げにくいくいと弄ってるけれど、正直センスがわからない。大道芸人とでも言われた方がまだ納得できる。
「最後は我か。我はアース。土を司る竜であり、主様、ひいてはハク様の盾である。よろしくな」
荘厳な態度で告げる姿はやはり強者の風格が漂っている。
厳つい顔でこちらを睨んでいるのが少々怖いが、あれは素の顔なんだろうか。
クール美人なエリアスさん、可愛いシルフィさん、変な格好のライさん、厳粛なアースさん。四人とも中々個性があって面白い。
半数くらいは私より年下に見えるけど、これでもエンシェントドラゴン、数千年の時を過ごしているのは確実なのだ。少し緊張する。
四人の自己紹介が終わり、エルさんがこちらを見てきたのでコホンと一つ咳払いをして私も自己紹介をする。
「初めまして。私はサフィ。冒険者よ。ハクとは姉妹の関係で、今回一緒に連れてきてもらったわ。よろしくね」
「僕はサリアだぞ。ハクとは親友だ。なんか、みんなすごすぎてちょっと引いてるぞ。食べないでくれよな」
努めて平静を保ち、いつも通りに挨拶をしたつもりだったが、今思えばちゃんと笑えていたか自信がない。
サリアも茶化した風だったが、実際はかなり緊張していたようだ。
だが竜を、それもその頂点ともいうべきエンシェントドラゴンを前にしてよくやった方だと思う。
「ははは、食べないよ。料理はリュミナリア様の料理が一番だし」
「だな。久しぶりに帰ってきたんだし、後で作ってもらうか」
「では後でお伝えしておきましょう。私はすでにちょうだいしましたけどね」
「それはずるいのではないか、エル様」
なんだかんだ雰囲気は明るい。こうして見ているだけなら本当に人に見える。
これならば話し合いはできそうだ。私はほっと息を吐いた。
「さて、聞きたいことは色々あるが、まずは椅子が必要だな」
アースさんがそういうと、埃と地面が隆起し、石でできた椅子とテーブルが現れる。
恐らく、土魔法の一種だろう。基本は土のため、石にするにはかなりの魔力が必要だと聞いたことがあるけれど、まあ竜だし出来て当然と言えば当然か。
それぞれ席に着き、話し合いの体勢を取る。エルさんがどこからともなくお茶を用意すると、場は完全に整えられた。
「さて、では聞かせてもらおうか。ハク様についてのあれこれを」
アースさんが言うとなんだか尋問のようにも聞こえる。
ともあれ、こうして竜との交流が始まった。
感想ありがとうございます。