幕間:惚れた女のために
主人公が助けた獣人の少年ヒックの目線です。
俺達が住むトンガ村にはある風習がある。
それは男性が意中の女性に対して自分の毛を編み込んだブレスレットを贈るというものだ。
女性はブレスレットを受け取り、右腕に着ければお断り、左腕に着ければオーケーという意味がある。いわゆる結婚指輪のような役割だ。
本来は成人した者同士で行われるものではあるが、俺は今回の騒動で理想の女性を見つけ、迷わずブレスレットを贈ることを決意した。
月の光のような銀髪に森の緑を思わせるエメラルド色の瞳。年齢こそかなり若く、まだ成人していないのは明らかだったが、それでも贈る価値があると思った。
彼女の名前はハク。今となってはとても珍しい竜人だ。
ハクは命の恩人で、俺を含めた村の子供達が攫われ、奴隷として別の大陸に売り飛ばされそうになっていた時、助けてくれたのがハクだった。
まあ、奴隷商人どもは途中で海の魔物に襲われて全員お陀仏になったようだったけど、あの時ハクがいなければ漂流し、無事では済まなかっただろう。俺達が無事に村へと戻れるのはハクのおかげなのだ。
無事に港町に着いた後も隙をついて攫おうとしてきた奴を即座に見つけ出して助けてくれたし、ハクは俺達にとってヒーローとも呼べる存在だった。
そんなことをされて憧れないはずがない。それに加えてあの容姿だ、より強い子を残そうという志向が強い獣人にとって、その強さは魅力的だった。
その時は持ち物がなく、仕方なく浜辺で拾った有り合わせの貝殻でしか作れなかったが、ブレスレットを受け取ったハクは何と左腕にブレスレットを付けてくれた。
これはつまり、期待してもいいってことだよな?
もちろん、今はお互いに未成年だ。結婚することはできない。だけど、俺はあと二年で成人を迎える。ハクだって後五年もすれば成人するに違いない。
結構長いが、ハクと結ばれるとなれば村にヒーローを迎え入れることになるし、竜人がよく思われていないとしても許されるだろう。俺も一人前として認めてもらえるかもしれない。そう考えると、興奮が収まらなかった。
「ああ、ハク、早く大人にならねぇかなぁ」
「ヒック兄ちゃん、またハク姉ちゃんの話?」
妹分のアンリが俺に話しかけてくる。
港町で一悶着あったが、俺達は無事にトンガ村へと帰ることが出来ていた。
村のみんなは俺達が帰ってきたことに大喜びし、しばらくは町を上げてお祭り騒ぎをしていた。
今は次第に落ち着き、元の生活に戻りつつある。俺の仕事は森で食料を探したり、木を切って資材にしたりと色々あるが、今は攫われたことがトラウマになっているのか行動するには必ず大人が付き添うようになった。
おかげで木の実をちょろまかしたりできなくなってしまって少し不満だが、まあ気持ちはわかる。
俺達だってもう二度と奴隷になんてなりたくないし、村としてもこれ以上損失を出したくないだろうしこれは当然の措置と言えた。
「ああ、お前だって好きだろ?」
「そりゃ好きだけど、でももう会えないでしょ?」
ハクは縁があればまた会えると言っていたが、実際はかなり難しいだろう。
ハクは隣の大陸に住んでいると言っていたし、竜を従えるような凄い人だ。きっとどこかの国の偉い人に違いない。
今回は多分、視察って奴に来てたんじゃないだろうか。そんなことをする立場の人なら忙しいだろうし、容易にこっちの大陸に来てくれるとは思えない。
だけど、ハクは嘘を吐くような人ではない。きっとそのうち会いに来てくれる。俺はそう信じている。
「今すぐは無理かもしれないけど、きっと数年もすれば会いに来てくれるさ」
「そうだといいけどね」
なにせハクは俺のブレスレットを受け取り、左腕に着けてくれたのだ。きっと来てくれる。
だけど、ハクが来てくれるのは嬉しいけど少し不安なこともある。それは俺がまだまだ未熟者だってことだ。
基本的に、獣人は男性が女性をリードする。それは狩猟の時だったり、旅をする時だったり、夜の営みをする時もそうだ。
しかし、俺はあまりにも力がない。いや、村の子供の中では力持ちだって自覚はあるし、剣術だって多少はできる。でも、ハクと比べたらだいぶ見劣りしてしまう。
年齢を言い訳にはできない。なぜなら、ハクは俺以上に幼いのだから。確かに竜人なら子供でもかなり強いだろうけど、それでも大人に比べたらだいぶ力は弱い。少なくとも、あと少しで追いつける、くらいの実力差でなければならないはずだ。
だけど、実際は差は圧倒的。俺には船をあんな風に魔法の鎖で繋ぎとめることなんてできないし、馬車に一瞬で追いつけるような速さもない。丸太を軽々運んでいたから力だって強いだろう。どれをとっても、俺では足元にも及ばない。
だから、もし俺がハクと結婚するなら、もっと強くならなくては釣り合いが取れない。
「剣術、もっと勉強しないとな」
幸い、トンガ村には元冒険者の人もいる。彼らに教わればそれなりの力を身に着けることが出来るだろう。
そして、ある程度強くなったら旅に出て修行する。この国で一番と言われるくらい強くなれば、つり合いも取れるんじゃないだろうか。
簡単な道じゃない。でもハクのためなら、俺は頑張れる。
「剣術もいいけど、今は薪割りでしょ。早くしてね」
「わかってるよ」
アンリに言われ、目の前にある薪に斧を振り下ろす。
一日の大半は親の手伝いであり、わざわざ剣の修行をする時間なんてない。トンガ村は貧しいと言われるほど貧困していないが、裕福なわけでもない。子供が親の手伝いをするのは当たり前の事だった。
成人すれば多少は余裕もできるだろうが、それでは遅い。今からでも遅いくらいだ。
何か対策を立てなければスタートラインにすら付けない。それが問題だった。
「父ちゃんが話を聞いてくれたらいいんだけどな……」
父ちゃんにはもちろんハクのことは話した。しかし、ハクが竜人だと知ると苦い顔をしていた。
この大陸では竜は恐怖の象徴だ。その子供である竜人がいい顔をされないのはわかる。
だけど、そんな慣習くそくらえだ。そもそも、竜人は広義では獣人と同じだ。同じ種族なのに竜人だけ差別するのはおかしい。
ユーリ姉ちゃんだって俺の事を助けてくれたしな。竜人が悪い奴だとは到底思えない。
「ヒック兄ちゃん、手を動かしてよ」
「わかってるよ」
母ちゃんは割と好意的なんだけどな。
一番いいのはハクを直接両親に会わせて話をさせることだろうけど、多分今は無理だろうしなぁ。
仕方がない。父ちゃんの説得については後で考えるとしよう。
幸い、強くなること自体は獣人の間で推奨されている。剣術の稽古をしてほしいと頼めば時間を取ってくれることだろう。
「ハク、待っていてくれよ!」
斧を思いっきり振り下ろし、薪を次々に割っていく。
ハクのためだと考えれば日々のお手伝いもそこまで苦にならない。
ゆくゆくはこの国で最強の戦士となり、ハクを迎えに行く。待つよりもそっちの方がかっこいいだろうし、ハクだってきっと俺に惚れ直すに違いない。
「ブレスレットねぇ……」
薪をセットしながらアンリが何か呟いている。
俺と同じく攫われて奴隷にされたところをハクに助けられたのだし、こいつもハクの凄さはわかっているし、俺があげたブレスレットの意味も知っている。
脈がないと思っているんだろうが、左腕に着けてくれたのを見ていなかったのだろうか。数年後、俺がハクを迎える場面でどんな表情をするのか今から楽しみだ。
「こんなちっぽけな村の風習なんてハク姉ちゃん知らないと思うんだけど」
至極まっとうな意見は、ハクの事で頭がいっぱいの俺には届いてこなかった。
感想ありがとうございます。