第二百六十五話:竜と人の関係
翌日。竜の谷の観光も終え、私達は帰ることになった。
来る前は結構緊張していたけど、実際に会ってみれば緊張よりも懐かしさが溢れ出てきて、違和感なく話すことが出来た。
お父さんやお母さん、それにホムラ達も元気そうで何よりだ。この調子ならば、もう数百年くらい経っても安泰だろう。
いずれは私もお父さんの後を継ぐことになるのかなとか考えていたけれど、興味本位で聞いてみたら竜は寿命で亡くなることはないらしい。
竜が死ぬのは物理的に殺されたり、竜脈の整備に失敗して植物状態になったりなどの特殊な理由のみであり、それもほとんどないので竜が死ぬことは稀なのだとか。
代わりに出生率がかなり低く、今竜の谷にいる子供は貴重な存在としてみんなで守りながら育てているらしい。
成竜と見做されるのは少なくとも500年くらいは必要らしいので、私は一応大人ということになる、のかな?
まあ、700年以上生きているとは言ってもそのほとんどは封印されていたわけだし、それを含めなければ私が活動していたのは竜の谷での生活を含めてもせいぜい15、6年程度みたいだからまだまだ子供と言ってもいいかもしれないね。
〈ハク、またいつでも来るといい。我はいつでも歓迎するぞ〉
「私にべったりだったハクがこんなに立派になって……身体には十分気を付けてね」
出発の間際、お父さんとお母さんが見送ってくれる。
お母さんはともかく、お父さんはほとんど洞窟から出ないらしいので外に出ているのは割とレアだ。
まあ、ここにいるのは他にはホムラ達くらいしかいないからその貴重な姿を目にできる竜はそうはいないけど。
〈我が姫、どうか息災で。なにか困ったことがあればいつでもお頼りください〉
〈まあ、エル様がついていくなら何も心配はないと思うけどね。寂しくなったらいつでも来ていいから。飛んでいくよ〉
〈今度時間があったら俺っちの管理する大陸にも連れて行ってやるよ。きっと面白いと思うぜ〉
〈ハク様のご無事を心より願っております〉
飲み語りと観光の影響もあり、ライ達はすっかり元の調子を取り戻したようだ。
まあ、いつまでもびくびくされたらこちらとしても気分が悪いので元に戻ってくれたのはありがたい。
みんなにそれぞれハグをして別れの挨拶をした。
〈今度はオリハルコンでも見つけといてやるよ。その時はまた一緒に冒険しような〉
「うん、その時には私もちゃんと使いこなせるようにしておくね」
最後にホムラと抱き合う。
アダマンタイトの次はオリハルコンとは、もうここまで来たら世界三大神金属もそこまで珍しくなくなるのではなかろうか。
加工できると決まったわけではないし、私はそもそも薬が専門で金属にはそこまで明るくないけれど、ゲームでもよく出てくる未知の金属なんて興味がわかないはずがない。
帰ったら絶対に調べつくしてやる。そしてあわよくばお姉ちゃん達に装備を作ってあげたりしたいな。
「それじゃあ、行ってきます」
〈ああ、気をつけてな〉
エルの背中に飛び乗り、合図を送る。
何度か羽ばたいた後に浮き上がると、あっという間に高度を上げていった。
振り返ってももうお父さん達の姿は見えない。私は名残惜しさに振り返っていたが、やがて前に向き直り気持ちを切り替えた。
「それじゃあエル、学園までよろしくね」
〈お任せください! もうノンストップで行きますから!〉
「いや、行きと同じで夜は休んでいいからね?」
まあ、確かに休みはすでに残り三週間を切っている。何事もなく帰れたとしてだいたい二週間くらいだからちょっとぎりぎりだ。
ちょっと急ぎ目に飛ぶ必要はあるかもしれないけど、流石に夜を徹して飛ぶ必要はないだろう。
エルがその気になれば揺れはほとんど押さえられるし、風の影響もそこまでないから背中の上でも寝ようと思えば寝れるけど、やっぱり休む時は地に足を付けて休みたいしね。
「竜の谷、いいところだったよな」
「ええ。まさか竜や竜人があんな風に暮らしているなんてね」
竜の谷に竜人が住んでいるというのは噂程度には聞いたことがあったけど、実際に見てみるとよく共存できるものだと思う。
竜人は竜の子とされているけど、そのほとんどは竜語を話すことが出来ない。いや、かなり昔、700年前の出来事よりさらに昔には話すことが出来た人もいたみたいだけど、今ではすっかりいなくなってしまった。
というのも、竜人を生んだ竜は基本的に【人化】している。当然、喋る言葉も人のものであり、竜語を話すことはかなり稀だ。
人の言葉ばかりを聞いて育てば当然それが普通だと思うし、竜語を覚える機会なんて訪れない。
だから、竜語を理解できる竜人は少ないのだ。
竜の谷にいた竜人達はみんな竜語を理解できるようだったけど、受け答えも普通に人の言葉を使っていたってことはやっぱり竜語は話せないのだろう。
もし竜が人の間で伝えられているような凶暴な魔物だったらコミュニケーションが成立しない時点で共存はほぼ不可能だ。
つまり、竜人と竜が共存しているというのは竜が知性的であることの証明なのだが、人の間には全然浸透していない。
もし、竜が人に敵意を向ける存在ではなく、共存も可能だと知ったら人はどうするだろうか。竜人達と同じように手を取り合って生きていく? ……ないだろうな。
人は強欲な生き物だ。どうせ戦争に利用したり、竜人の迫害と同じように竜を攻撃したりするに決まっている。
もちろんすべての人がそうだとは言わないが、人同士でも戦争しているのだ、そこに竜なんて言う強大な力が加わったらより過激になるのが目に見えている。
せめて竜人と人が手を取り合って暮らせるような世の中になって欲しいけど、常識を変えるのってかなり難しいからなぁ。
下手に竜の谷の存在を知らせてむやみやたらに人が入ってくるというのも避けたいし、やはり傍観するしかないかもしれない。歯がゆいけどね。
「ねぇ、ハク。竜は魔王の配下として人類を滅ぼそうとしたから恨まれているんだよね?」
「そう言われてるね」
「それで、その魔王って言うのはハクのお父さんの事なんでしょ? ハクのお父さんが人類を滅ぼそうとするとは思えないんだけど、なんでそんなふうに伝わったのかな」
「よくわからないけど、都合のいい敵が必要だったんじゃないかな?」
確かにお父さんの力はそこらの竜よりもかなり高いし、魔王と呼ばれるだけの力は持っているだろう。
強大な力を持つ魔王がいる。その魔王は今は何もしてこないけど、いつか人類を滅ぼすために攻撃してくるかもしれない。だから、やられる前に叩くしかない。
そうして生み出されたのが勇者召喚であり、竜の谷に勇者が攻め入ることになるきっかけだった。
その結果どうなったかと言えば、お父さんは封印され(実際は違ったみたいだけど)、勇者を召喚したセフィリア聖教国は大きな力を持つことになった。
もしこれがセフィリア聖教国の陰謀で、国を強くするための口実として勇者召喚をしたのならばお父さんは実に都合のいい敵だっただろう。
異世界から呼び出された勇者に国のために戦争してくれと頼んだら心象が悪いかもしれないが、世界を救うために魔王を倒してくれと言えば心優しい勇者ならば手を貸してもおかしくはない。
そして、事実を隠蔽するためにお父さんにすべての罪をなすりつけ、あたかも自分が正義だという風に演出した、とかなら辻褄も合う。
まあ、本当にそうかどうかはわからない。単純に勇者召喚という発想を持っていて、そこに魔王級の魔物が出現したからとりあえず何とかしなくちゃという思いで召喚したのかもしれない。
セフィリア聖教国率いる聖教勇者連盟は竜は殺すべしみたいな風潮があるみたいだけど、単純に竜がお父さんに力を貸したから敵だ、と捉えていてもおかしくはないしね。
なんにせよ、人類対竜の構図が出来上がった時点で人類にとって竜は悪と断定されてしまった。それに手を貸した竜人も。なんとも悲しいことだ。
「竜が本当はいい奴なんだってみんなに言ったらいいんじゃないか?」
「無理だよ。信じてもらえないだろうし」
危うく世界が滅びかけたという戦いにおいて敵だった。それだけで人は竜を相当警戒しているだろう。仮に話し合いの場を設けましょうとか言っても信じてくれないだろうし、下手をすれば問答無用で殺そうとしてくるかもしれない。
それに竜側だっていわれのない悪評を垂れ流され続ければ気分も悪くなる。エンシェントドラゴン達はともかく、若い竜とかならキレて攻撃してしまうかもしれない。
話し合いが実現するのは相当困難だろうな。
「なかなかうまくいかないもんだな」
「せめて私達だけは信じてあげたらいいんじゃないかな」
「そうだね」
竜と人が必ずしも手を取り合わなければならないというわけではない。寿命のある人と寿命がない竜とでは価値観の違いもあるだろうし、一緒に寄り添うには壁が大きすぎる。それに、竜の仕事は竜脈の整備だ。必要に駆られて人の町に入ることがあるとはいえ、人に化ければいいだけで必ずしも仲良くしている必要はない。
ただ、もし叶うのなら、竜と人とが仲良く平和に暮らしている世界を見てみたい気もする。
せめて、これ以上いわれのない迫害によって死んでいく竜や竜人が出ませんように。
感想、誤字報告ありがとうございます。
今回で第八章は終了です。幕間を何話か挟んだ後、第九章に移行します。