第二百六十四話:竜の谷観光
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竜の谷に滞在してからそろそろ一週間が経つ。
行きで思いの外時間がかかったこともあり、そろそろ戻らないと夏休みが明けてしまうこともあって帰る準備をしなければならない。
とはいえ、エルさえよければいつでも出発できるし、これといって準備するような荷物もないので、後は竜の谷でやり残したことがないかを確認するだけだ。
私は転移魔法があるからいつでも来れるけど、お姉ちゃん達はおいそれと来ることはできないとわかっているからか、あちこち見て回りたいと言ってきたので最後に観光することにした。
「というわけで、案内よろしくね」
〈はっ、お任せください我が姫〉
〈竜の谷にはあんまりいないけど、案内くらいなら余裕だよ〉
〈ただまあ、そんな面白いもんはないけどな〉
〈人間にとっては興味深いものもあるだろう。安心するがいい、我らがいる限りちょっかいはかけさせん〉
案内役を買って出たのはライ達だ。
昨日の飲み語りで結構仲良くなったのか、彼らのお姉ちゃんへの期待は結構高い。
サリアは二度と戦いたくないと言っていたけど、普通に話す分には大丈夫なのか特に忌避感を示したりはしなかった。
まあ、もしも手を出そうものなら私からお仕置きが待ってるから下手に手を出すことはしないだろう。
お姉ちゃん達にとっても竜の知り合いができることはプラスだろうし、これはこれで悪くないかもしれない。
〈いや、多すぎだろう。俺様だけでよくねぇか?〉
〈よくない〉
〈百歩譲って一人だけだとしてもホムラはないわ〉
〈そもそもホムラの乗り心地は最悪だからな。人間じゃ耐えられないだろ〉
〈然り。乗せるとしたらエリアスかシルフィが適任であろう〉
〈相変わらず辛辣だなてめぇら!〉
ついでと言わんばかりにホムラとエルの姿もある。
エルに関しては私を守ると誓った以上はあまり離れないのはわかるが、ホムラは完全な暇つぶしだろう。
竜の谷が誇るエンシェントドラゴンが揃い踏み。こんな布陣じゃたとえ勇者であろうと突破できないだろうな。
〈じゃあ乗るのはエリアスでいいのかな? 僕でもいいけど〉
〈そうですね、それがいいでしょう。ハクお嬢様、それでよろしいですか?〉
「みんながいいならそれでいいけど」
「えっと、なんて言ってるの?」
「あ、そっか。みんな竜語なんだっけ」
エル達は竜形態の時は人の言葉を喋れない。私は竜の子ということもあり竜語が理解できるからついつい忘れてしまう。
お姉ちゃん達に改めて説明すると、了承してくれたので、みんなでエリアスの背中に乗り込む。
エリアスの身体はエルと違ってかなり細長く、背中には白い鬣が生えている。またがれるほど小さくはないが、エルの背中より体表面が減っているので少し不安定ではある。
まあ、鬣が掴みやすいのでまだましかな? 全員が乗り込んだのを確認すると、透明な羽を羽ばたかせてゆっくりと浮き上がる。
音もなく、静かな飛び立ち方だ。性格が表れているのだろう、不安定さを感じさせないとても優雅な飛び方だった。
〈一応風のヴェールを張っておくね〉
上空でシルフィが気を利かせてか、エリアスの周囲に風の膜を形成する。
エルの氷の膜と同じように、吹き付ける風をある程度防御してくれる効果があるのだろう。
ホムラの背中に乗った時に思ったが、人間が乗るならこれは必須の措置だ。でなければ、私以外はすぐに吹き飛ばされてしまうだろう。
シルフィの心遣いにそっとお礼を言っておいた。
〈んじゃ、俺様が先頭を……〉
〈ホムラ、あなたは殿ですよ〉
〈なんでだよ! 俺が一番ここに詳しいだろうが〉
〈雑な紹介をするのが目に見えてます。先頭は私がやりますので、周囲の警戒でもしてなさい〉
〈竜の谷に敵が来る訳ねぇだろ。ったくしょうがねぇな〉
ホムラとエルが何やら揉めていたようだが、すぐに収まった。
私はホムラが案内でもいいと思うけど、まあエルの方が丁寧だし適任か。
ホムラが言ったように敵が来るわけでもないが、エリアスを中心に編隊を組み竜の谷巡りが始まった。
竜の谷は大きく分けて竜人が住む区域と竜が住む区域に分けられている。
竜人の保護は迫害が決定的になった700年前から行われており、今やその人口は下手な町を凌駕する。
対して竜はかなり少ない。いや、それでも数百体はいるから人からしたら脅威以外の何物でもないだろうが、基本的には各地に散っているのと遊び感覚で外に出た若い竜が殺されたりして数を減らしているためそこまで多くはない。
年を経た竜は【人化】できるため、人間と同じような食事をとっている者もいるが、大抵の竜は近くの森から獲物を狩ってきて食べているようだ。
これだけの数が狩っていたらすぐに獲物がいなくなってしまいそうだが、この辺りは相当魔力が濃く、そのせいか獲物となる魔物はすぐに発生するらしい。
魔物が増えすぎるのも問題だけど、こういう時には役に立つようだ。
竜や竜人の居住区の他には精霊の溜まり場のようなものがある。竜の谷の奥地にある神秘の森だ。
お母さんが住む湖があり、そこは竜の魔力も相まってとても濃い魔力で包まれている。精霊は魔力が濃い場所を好むので、自然とその場所に集まるのだ。
そして、各地に散っていた精霊は世間話感覚で見聞きした情報をお母さんに話す。そこから目ぼしい情報を選び出し、竜に伝えるのがお母さんの仕事だ。
魔力が濃く、実質魔力溜まりのような場所だが、それさえ考慮しなければかなり綺麗な場所である。
私としてはこのまま静かに精霊の場所として残っていて欲しいものだ。
まあ、ここは竜の谷のさらに奥地に位置する。そう簡単に辿り着ける場所ではないから心配するだけ無駄だろう。
その他、竜人達が趣味で作り上げた数々の設備もなかなか見物だったりする。
設備というのは主に鍛冶工房やポーション工場なんかを指す。
正直、趣味で作り上げた施設にしては本格的すぎるが、昔からいろんな地域で竜人が保護される関係上、そう言ったものに明るい竜人も結構多く、気づけばこんな設備が出来上がっていたのだとか。
少し作品を見せてもらったが、【鑑定】で見る限りかなり高品質だった。しかも、当然のように竜の素材が使われている。攻撃力も桁違いだ。
恐らく、抜けてしまった鱗や牙を分けてもらったのだろう。気軽に竜の素材を使えるなんてなんて贅沢な鍛冶師なのだろうか。
まあ、アダマンタイトを唸るほど持ってきた私が言うことでもないけど。
というか、ある程度調べ終わったらここに加工を頼むのもいいかもしれない。ここなら誰にも知られることはないし、これだけのものを作れるなら腕もいいだろう。まさにうってつけの場所だ。
〈いかがだったでしょうか? 我が竜の谷は〉
「結構楽しめたよ。やっぱり、実際に見て回ると違うものだね」
竜の谷についての記憶はあまりない。昔、竜人の里に顔を出した記憶はあるが、今よりももっと廃れていたイメージがある。
私のいない間にだいぶ進歩しているようだ。もはや一つの国と言ってもいいかもしれないね。
「お姉ちゃん達はどうだった? 竜の谷面白かった?」
「ええ。前人未到の地を観光できるなんて夢みたいだわ。ありがとうね、案内してくれて」
「竜が思ったよりいい奴ってことがわかってよかった」
「アリアは?」
「リュミナリア様に会えただけで感無量だよ。それに、色々授けてもらったし……」
皆概ねいい印象を持ってくれたようだ。
竜の谷は私の故郷でもあるため素直に嬉しい。また機会があったら他の友達も連れてきてみたいね。
気が付けば日も傾いてきた。今日はゆっくり休んで、明日出発かな。
最後の日はお父さんのところで寝るとしよう。せっかくだからお姉ちゃん達も一緒にね。
そう言って、私達は洞窟へと戻った。
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