第三話:魔力溜まりでの生活
あれから三か月が過ぎた。初めのうちは体力が落ちまくっていて身体も脆くなっており、高熱に浮かされて碌に動けなかったけど、毎日アリアが運んできてくれた木の実を食べて、最近はようやく自分の足で動けるようになるまでに回復した。
相変わらず木の実は熟れすぎてしょっちゅうむせているけど……。
歩き回れるようになったおかげでこの辺りの事もいろいろわかるようになった。
植生は多少変化しているけど、基本的には森と同じ。草や木は森に生えているものと同じだけど、その大きさはだいぶ違う。発育が良いというか、見知ったものよりも一回りほど大きい。恐らく、ここが魔力溜まりだからだと推察する。
魔力溜まりについてはアリアからざっと聞いただけだけど、魔力の多い場所は基本的に動物には有害となるらしい。人が元々持っている魔力の量は生まれた時から決まっており、修行などによって多少の変化はあるものの、基本的には生まれた時点で頭打ちとなる。人が魔力を消費するためには魔法を行使する必要があり、それ以外での消費方法はあまりない。だから、そこに過剰な魔力が加わると魔力を消費しきれず、体調不良を起こして具合が悪くなるそうだ。
私が絶えず頭痛に悩まされているのもそのせい。ここは魔力が濃すぎて人が住むにはなかなか厳しい環境なのだ。
対して、魔力を持つ植物は吸収した魔力を自らの成長に使うことができる。また、魔力溜まりには天敵である魔物も近づかないから、植物はより大きく成長できる、らしい。
魔物に影響を及ぼすのならばアリアもまずいのではないかと思うが、そうではないらしい。妖精は魔力によって形作られる魔力生命体であり、食事などを必要としない代わりに絶えず魔力を消費し続けているのだという。だから、時折こうして魔力溜まりを訪れ、補給をするのだそうだ。私がアリアと出会えたのは本当に幸運だったらしい。
絶えず頭痛に悩まされるというデメリットがあるとはいえ、猛獣に襲われる心配がないのは救いだった。ざっと歩き回ってみたが、ここはどうやらホール状の窪地となっているらしい。高い崖に囲まれており、一見して抜け出せそうな場所はなかった。
身の安全のため、という理由もあるが、出口がないというのがここに留まっている理由だ。崖をよじ登って出ようにもあまりに高すぎるし、ボロボロと崩れてくる岩肌を見れば登る気も失せるというもの。危なくてしょうがない。
幸い、自生している木の実によって食については問題ない……とてつもなく食べにくいという問題はあるがそれは置いておいて、早急に崖の上に出る方法を考えなくてはならないだろう。
ふと、空を見上げてみる。夏ということもあり、燦々と照り付ける太陽が眩しい。遥か遠くにある光に向かって手を伸ばし、虚空を掴んで手を広げる。
ああ、遠いなぁ。
「魔法で空でも飛べたら脱出できるかもしれないのに」
私は風属性の魔法の適性もあるから魔力さえあれば理論上は飛ぶこともできるはず。まあ、その魔力がないんですけどね。
そもそも飛行魔法は風属性魔法の中でも最上位の魔法だ。物を軽く浮かせる程度ならともかく、術者自身を飛ばすとなると魔力の量も操作精度も途端に跳ね上がる。使えたとしても、自由自在に飛び回る、なんてことができる人はいないだろう。
使えるのは宮廷魔術師か超有名な冒険者パーティの一人か、と言ったところ。まあ、私が使えるはずもない。
「できるわけないか」
それでももしかしたら使えるのでは? とか思ってしまったのは以前になぜか使えるようになった【ストレージ】の件があるからだ。
崖から落ちたせいか、なぜか前世の記憶を思い出し、ついでと言わんばかりに【ストレージ】のスキルもついてきた。【ストレージ】は物を亜空間に収納し、好きな時に出し入れすることができるスキルだ。
商人や冒険者が持っていることがあるけど、あまり見ないレアスキル。のはずなのになぜか使えるようになった謎スキル。
いや、便利ではある。容量にしてもいくらでも入るし、入れている間は時間が経過しないらしく、劣化することもない。商人が持てば最高のスキルだろう。一応練習がてらそこらに生えている薬草やら石やらを収納して置いてはいるが、使い道はない。ここから出られればもしかしたら使い道ができるかもしれないけど、今のところは不可能だ。
なので、最近は別のスキルの練習をしている。
というのも、どうやら私は【ストレージ】の他にもスキルを獲得しているようだったのだ。そのスキルは【鑑定】。
【鑑定】は見たものを鑑定し、その詳細を把握できるというスキル。まだ習熟度が低いのか、そこまで詳細な情報はわからないけど、他にすることもないので最近は目についたものは片っ端から【鑑定】するようにしている。
前世の経験上、こういうスキルは上げておいて損はない。ネトゲで延々とスキルレベル上げをするのには慣れている。だが、三か月も経つと流石に飽きてくるものがある。
「ハク、どうかしたの?」
不意に私の肩に重さが加わる。顔を向けてみれば、手に木の実を持ったアリアの姿があった。
「んー、魔法で飛んでいけたらなぁって」
空を見上げながら独り言のように呟く。もちろん、そんなことはできないことはわかっている。何かの偶然で魔法が使えるようになっていないかと期待することもあるけど、そもそも魔法の使い方すら思い浮かばないのだからそんなスキルが増えているはずもない。
アリアはきょとんとしたように目を丸くすると、怪訝な表情で話しかけてきた。
「飛行は無理かもしれないけど、跳ぶくらいだったら練習すればできると思うよ?」
「……え?」
今何と?
思わず視線を戻すと、まるで気づいてなかったの? とでも言いたげな瞳がこちらを覗いていた。
え、いやいや、だって私魔力ないんだよ? それでどうやって魔法を使うのさ。
「気づいてないの? ハクの魔力量、ちょっとずつ増えてるよ?」
「え、ほんと?」
思わず胸を押さえて確認してみる。魔力は目に見えるものではないけど、多少なら感じ取ることができる。こうして体の中にある魔力を集中させるようにイメージすれば、大まかではあるが魔力の量を知ることもできる。儀式をするまでは気にしたこともなかったけどね。
……うん、確かに増えている。以前は雀の涙ほどしか感じ取れなかった魔力が拳ほどの塊となってあることがわかる。でもどうして?
「ほんとだ……」
「まあ、これだけ長い間魔力溜まりにいるんだもん。魔力が増えてもおかしくはないね」
人間が魔力溜まりに入るということは魔力的な視点で考えるとパンパンになった風船にさらに無理矢理空気を詰め込もうとするようなものだ。元々人間が許容できる魔力というのは決まっている。それを凌駕するほどの魔力に晒されれば体調を崩してしまう。しかし、風船に空気を入れ続けた結果、ゴムが伸びてしまうように、次第に慣れて許容できる量が増えていくことがある。だから、魔力溜まりに留まれば留まるほど魔力の量は増していくと言える。
アリアの説明にぽかんと口を開ける。それってつまり、私にも魔法が使えるってことだよね?
「……マジ?」
「うん、マジだよー。何なら教えてあげようか? 使ったことないんでしょ?」
「ぜひ!」
魔法が使えるとわかって俄然やる気が出てきた。地球にいた時はいざ知らず、この世界でも魔法に関しては役立たずで一生使えないだろうと思っていた魔法が使えるというのである。嬉しくないはずがなかった。
毎日毎日頭痛に悩まされ、碌に寝られず魘されるのは煩わしいと感じているけど、魔法を使えるようになるための修行と考えれば安いものだ。
「それじゃあ、まずは簡単な基本魔法からね」
「よろしくお願いします、先生!」
空に向かって拳を突き上げ、今まで出したこともないような期待に満ちた声を上げた。
最初は調子がいいけど後になって急に調子が悪くなるのはよくあること。だから調子がいい時間が長く続けばいいと願っています。