第二百六十三話:父の心配事
その後、ライ達にはもう二度とお姉ちゃん達に手を出さないと誓わせ、もし仮に何らかのやむを得ない理由で戦うことになったとしても必ず私に報告するように徹底させた。
お姉ちゃんはいい経験になったと言っていたけど、下手をしたら竜にトラウマを持ってもおかしくはなかったのだ。そんなことになったら、私が竜化する度に怯えられてしまうかもしれない。お姉ちゃんに怯えられるなんて考えたくなかった。
エルはご機嫌取りのためか帰りは送っていくと申し出たけど、そんな気分にもなれなかったので自力で帰った。涙目になっていたけど知ったこっちゃない。お姉ちゃん達に手を出すのが悪いのだ。
オーウェルさんの家に戻ってくると、すでに夕食を終えてしまったのか、片付けられたテーブルを前にお姉ちゃん達が待っていてくれていた。
「ハク、お帰り。も、もう怒ってない?」
「ただいま。私はいつも通りだよ?」
「そ、そう。ならいいんだけど」
まるで怒られた子供が相手の顔色を窺うようなそんな仕草。
正直お姉ちゃんにそんな態度をされると悲しいけど、今思えば怒りで魔力がかなり垂れ流しになっていたから怯えるのも無理はないかと思い至った。
努めて平静を装って返すと、私の魔力が落ち着いているのを感じ取れたのかほっと胸を撫で下ろしていた。
「なあ、どこに行ってたんだ?」
「ちょっとエル達を説教しに」
「達って、まさかあの竜達も?」
「うん。みんな反省させたから、許してあげてくれる?」
「いや、許すも何も……」
「やっぱりハクって竜王の子供なんだな……」
本当は直接謝罪させるべきなんだろうけど、サリアはもう会いたくもなさそうだし、このまま会わせない方がいいだろうか。
竜の谷に滞在しているとはいえ、竜の谷はかなり広い。あちらからやってくるでもしない限り会わないはずだ。
「おお、これはハク様。お帰りなさいませ」
「ただいま戻りました。夕食時に戻れなくてすいません」
「いえいえ、構いませんよ。さあ、少し冷めてしまいましたがどうぞ」
そう言って夕食を運んできてくれる。なんともありがたいことだ。
私はお姉ちゃん達に見守られながら食事をとり、そのままお姉ちゃん達と一緒に眠りに着いた。
翌日、朝早くにエルがやってきて、お父さんが呼んでいると言っていたのでついていくことにした。
昨日のことをまだ引きずっているのか、エルは私の事をまるで赤子を扱うように丁寧に丁寧に背中に乗せ、飛ぶときも一切の揺れを許さないと言った感じで相当慎重に飛んでいた。
私としては、もう吐き出すものはすべて吐き出したし、反省さえしてくれればもうそれでいいんだけど、私が怒ったことがほとんどないせいかだいぶ怯えているようだった。
うーん、これだと帰りにも支障が出そうだし、少しフォローしておくか。
「エル、もう気にしてないから落ち着いて」
〈ほ、ほんとですか? 私の事もういらないとか思ってませんか?〉
「思ってないよ。エルは大切な家族なんだから」
〈は、ハクお嬢様ぁ!〉
背中に乗せていなかったら恐らく抱き着いてきたことだろう。
目に涙を浮かべながら飛ぶエルの背中を優しく撫でてやった。
若干飛び方がふらついていたけど、深くは言うまい。
他の竜に関しても後で言った方がいいだろうか。会えなそうだったらホムラに頼むのでもいいかもしれないね。
そんなことを考えながらしばらく飛び、お父さんの住む洞窟へとやってくる。
洞窟の中とは思えない緑溢れる空間までやってくると、ずしんずしんと足音を響かせてお父さんが姿を現した。
〈ハク、よく来てくれた〉
「お父さん、何かご用ですか?」
お父さんを前にするとやはり背筋が伸びる。
別にお父さんの魔力が強烈すぎて緊張しているというわけではない。むしろ逆で、お父さんの魔力には安らぎすら覚える。
だけど、やはり厳格な父というイメージがあり、自然と敬語になってしまう。
本当はもうちょっと砕けた喋り方をしたいんだけどね。多分許してくれそうだけど、やはりお父さんには敬意を表した方がいいだろう。無理に話し方を変える必要はない。
お父さんはしばらく私の事を観察すると、心配そうな声色で話しかけてきた。
〈ハク、昨日はホムラと共に竜脈の整備を行ったそうだな〉
「え、はい。興味がありましたので」
〈大丈夫だったか?〉
「少し緊張しましたが、特に問題は起こりませんでしたよ」
竜脈の整備。多分、ホムラがあの後報告したのかな?
私は軽い調子で返したけど、お父さんの顔色は優れない。何か問題があっただろうか。
〈……竜脈の整備は人の身にはあまりに負担が大きすぎる。いくら本質が竜とは言え、下手をすれば植物状態になってもおかしくはない〉
「えっと……?」
〈ホムラは心配ないと言っていたがな。それでもやはり心配なのだ。ハク、もう一度聞くが、体に異常はないのだな?〉
「は、はい、大丈夫です」
〈それならばよいが……その体はもう人の身なのだ。くれぐれも、相談なく竜脈の整備などしないでくれ。ハクを失えば、我はこの世界を滅ぼしてしまうかもしれない〉
ここに来てお父さんの魔力の中にわずかな怒りが滲んでいるのがわかった。
ああ、そうか。考えてみればそうかもしれない。
確かに私は竜であり、精霊でもあるが、それは私が竜の谷を出る前の話。様々な封印を施され、私の身体は今やほとんど人間と言ってもおかしくはない。
もちろん、封印の一部が解け、竜の力が戻った今では多少なりとも竜に近づいたと言えるが、それでもまだ人と言って差し支えないのだ。
竜脈の魔力はとても膨大で緻密だ。本来なら人が手を出していい領域ではない。それなのに、人に近い私がそれに手を出したらどうなるか、その危険性は竜が行うそれとは比べ物にならないだろう。
ホムラは大丈夫だと言っていたが、それは竜の谷にいた頃の私ならば大丈夫という意味だったのだ。
順調そうに見えてその実いつ植物人間になってもおかしくなかったと考えると確かにぞっとしない話だ。私の事を大切に思っているならなおさらだろう。
興味はあったけど、迂闊に手を出す問題じゃなかったってことか。
「それは、その、ごめんなさい……」
〈わかってくれたならよい〉
お父さんの魔力がふっと軽くなる。私は知らずのうちに緊張していたのか、肩にかかっていた力をふっと抜いた。
〈エル、ハクの事を頼んだぞ〉
〈お、お任せください! 命を懸けてハク様をお守りします!〉
エルが頭を垂れて宣誓をする。
大袈裟に思うかもしれないけど、お父さんは竜の王であり、エルはお父さん直属の私の世話係だ。お父さんの言葉は絶対であり、何に変えても守らなくてはならない。
私としてはエルに無茶はしてほしくないけど……まあでも、実際エルの方が私より強いだろうし本当にピンチになったら頼るしかないよね。
〈さて、ハク。昨日一昨日と帰ってこなかったからな。よければまた外の話を聞かせておくれ〉
「あ、はい、それはもちろん」
〈今宵は語り明かそうぞ。寂しければ友達の人間を連れてきてもいい。よいか?〉
「わかりました。今日はこっちに泊まりますね」
たくさん話そうと言っておきながらあまり話せてないのは私も気になっていた。特にもう用事もないし、後は語り明かして時間を潰すのもいいだろう。
お姉ちゃん達を呼び、せっかくだからとお母さんも呼び、その日は大いに盛り上がった。
途中、エルがライ達も連れてきたいと言うので、お姉ちゃん達がいいならと許可を出したけど、連れてこられた面々はいずれも私の顔色を窺って凄い落ち込んでいたので励ましておいた。
後半にはみんなも交えて楽しく会話できたのでこれで禍根は絶てただろう。
酒まで持ち出され、勧められるがままに飲んで酔っ払ってキス魔と化したのは黒歴史でしかなかったが。
感想ありがとうございます。