第二百六十二話:疲労の原因
お姉ちゃん達は心底疲れ切っているようで、私が話しかけても空返事を返すのみで話にならなかった。
心配だったのでいくつかポーションを飲ませ、ベッドに移らせて休ませてあげたんだけど、そしたら夕食時にはそこそこ回復したようで起き上がってきた。
「おはよう。体は大丈夫?」
「うん、一応ね。ごめんね、心配かけて」
「ポーションありがとな」
まだ若干疲れが残っているようだったけど、受け答えできるくらいには回復しているようだ。
しかし、何があったらあんなに疲れるのだろうか。
昨日は竜人達と長時間の間模擬戦をして、疲れたらポーションで無理矢理回復してっていう風にやっていたけど、それでもここまで疲れた様子はなかった。
今回はポーションを飲んでもすぐには起き上がってこなかったし、あれ以上のことがあったっていうことだろうか? 凄い気になる。
「何があったの?」
「まあ、端的に言うと、竜と戦うことになって……」
「えっ?」
「エルが僕達に会いたがってる奴がいるっていうからついて行ったら、竜がいっぱいいて戦うことになった」
ちょっと何言ってるかわからない。
え? エルに連れていかれたとは聞いていたけど、なんでそれで竜と戦うことになるんだ。
竜は人にとって災厄ともいえる存在。世の中には竜殺しと呼ばれる竜を倒すことが出来る人も存在しているけど、それだってほんの一握りだし、その人達だって複数の竜を同時に相手にしたわけではないだろう。
ただでさえ、竜の発する魔力は威圧感となってのしかかってくるのに、複数ともなればその重圧は計り知れない。それに耐えつつ戦うなんてほとんど自殺行為だ。
なるほど、そんな重圧に晒されていたのならあれだけ疲れていたのもわかる。身体的には回復できても、精神的な疲れはなかなか取れない。竜相手なら死の危険すら感じただろうし、なおさらだろう。
「それは、大変だったね……」
「でも、竜と戦えるなんてまたとない機会だったわ。色々教えてもらったし、経験としては悪くなかったんじゃないかと思う」
「僕はもう二度とやりたくないけどな……」
お姉ちゃんは何か手ごたえのようなものを感じているようだけど、サリアはぐったりと肩を落としている。
それにしても、お姉ちゃん達を竜と戦わせるなんて聞いてないんだけど。ちょっとエルに文句言ってやりたい。
エルの寝床はお父さんのいる洞窟だから今ここにはいないけど、今からでも乗り込んでやろうか。
「ちなみにどんな竜と戦ったの?」
「確か、雷竜に水竜、風竜に地竜だったかな」
「え、それって……」
「エルが言うには各地を統括するエンシェントドラゴンだって言ってたぞ」
ライ達じゃないか。そりゃ確かに私がここにいる間はこっちに留まるって言ってたけど、お姉ちゃん達に何をしてるんだ。
まあ、確かに、昨日話が盛り上がっていた時にお姉ちゃんやサリアのことは話したけどさ。頼れるお姉ちゃんと親友だってね。
ライ達も興味を持ってぜひ会いたいと言っていたからまあ会うのは構わなかったけど、それが何で戦うことになるのかわからない。
竜人もそうだったけど、竜は戦って相手の事を知ることがデフォルトなの? 手加減してたんだったとしても、普通の人間じゃそれでも死ぬよ?
特に、お姉ちゃんはまだともかくとして、サリアは魔術師としてはまだまだだ。そりゃ、サリアも私の魔法を見て少しずつ魔法陣をイメージすることによる詠唱破棄を試しているけど、それでもただの人間だ。魔力には限りがあるし、攻撃を避ける手段も少ない。
どんなに手加減した戦いだったとしても、下手したら死んでいた可能性がある。そう考えると、だんだんと怒りが込み上げてきた。
私の大切な人達を興味本位で戦わせる。強い者と戦いたいという気持ちはわからないでもないけど、それで私の大切な人を傷つけられるのは我慢ならない。
私はすっと立ち上がり、玄関の方へと歩き出した。
「は、ハク? どこ行くの?」
「ちょっとそこまで。大丈夫、すぐ戻るから」
「そ、そう。き、気を付けてね」
なんだかお姉ちゃんの顔が引きつっていたように見えたけど、まあ気のせいだろう。
私は外に出ると探知魔法でエルとライ達の位置を確認する。どうやら昨日会った場所に全員集まっているようだ。
竜の翼を広げ、何度か羽ばたいた後に飛び立つ。
お姉ちゃん達への蛮行、許すわけにはいかない。エルもエルだ。なぜこんな大事なことを報告しに来ないのか。
もしお姉ちゃん達を甚振って楽しんでいるようだったら家族とは言えお仕置きが必要だ。
気が付けば、翼以外にも尻尾が生えたり手足が竜の鱗に覆われたりと変化していた。
怒りで気持ちが高ぶっていたせいだろうか、この時は気づかなかったが、だいぶ魔力が漏れ出ていたらしい。
道行く先の竜達は私の姿を見るなり慌てたように道を開け、エルにしていたように頭を垂れていた。
やがて亀裂の隙間までやってくる。滑空して滑り込むと、そこにはエルを含めた五匹の竜が話し合っていた。
「ハクお嬢様? こんな場所まで、どうしたのですか?」
「それ、本気で言ってる?」
エルだけはなぜか人状態だったが、そんなことはどうでもいい。
私はエルの横に降り立つと、全員を睨みつける。
私の今の魔力はここにいる竜達よりも少ないけど、何かを感じ取ったのか皆一様にびくりと肩を震わせていた。
「お姉ちゃんに聞いたよ。みんなでお姉ちゃんとサリアと戦ったんだってね?」
「え、あ、は、はい。彼らがハクお嬢様のお連れ様とどうしても会いたいというのでお連れしたのですが、話の流れで戦うことになりまして……」
「なんで止めなかったの?」
「え、い、いや、サフィ様もサリア様もそこまで軟な方でもありませんし、ハクお嬢様の近辺を守る者としてどれくらいの実力があるのかを確かめたいという彼らの主張も理解できたので……」
「はぁ……」
私が怒っているということを察したのか、エルは及び腰になりながら説明している。
そもそも前提がおかしい。お姉ちゃんもサリアも私の傍にいることは確かだけど、別にそれは私を守るためではない。そりゃ、もし私がピンチになれば助けてくれるだろうけど、それは絆があるからだ。王様とそれを守る近衛兵のような関係ではない。
むしろ、私からしたらお姉ちゃんもサリアも私が守るべき側だ。
それをなに? 実力を知るために戦う? 冗談じゃない。
「みんな自分達の力を知らないわけじゃないよね? それでお姉ちゃん達が死ぬかもしれないとは考えなかったの?」
「そ、そういうわけでは! しかし、こちら側はちゃんと非殺傷結界を適用してすべての攻撃は貫通力を落としていましたし、さらに人化した上で、攻撃はすべて寸止めにするという条件付きで……」
「同じ非殺傷結界の闘技大会でも死者が出る可能性があるのに、それを適用したところで安全が約束されるとでも? そもそも、竜の攻撃なんて仮に寸止めだとしても人間にとっては致命傷になりかねない。そんな攻撃をお姉ちゃん達に向けるなんて……」
もちろん、エル達だって何も考えてなかったわけではないだろう。仮に怪我をしたとしてもエリアスなら傷を癒せるだろうし、即死でなければどうとでもなる。実際、お姉ちゃん達は装備こそ少し汚れてはいたけど、怪我一つしていなかった。ちゃんとそこらへんは配慮していたことはわかる。
しかし、仮に配慮していたとしてもお姉ちゃん達が死ぬ可能性があったというだけで許せない。
これが例えば、お姉ちゃん達から挑んだというならまだ許せる。しかし、話を聞く限り先に仕掛けたのはこいつらだ。
竜人達との模擬戦ならば仮に攻撃を受けてもそこまで致命傷となることはないだろう。いくら竜人が強いとは言っても、まだ人間でも追いつける領域だ。だけど竜は? 次元が全く違う。
その気になれば人間なんて羽虫のように踏み潰せる力がある。実際、ライ達が本気を出せばお姉ちゃん達はすぐにやられてしまっていただろう。一撃一撃が人間にとっては即死級のものだ。
人が竜に挑む。それがどんなに無謀なことかをライ達は理解していない。
「……正座」
「えっ……?」
「正座! 早く!」
「は、はいぃ!」
普段抑揚のない声で喋っている私が怒りに怒鳴り声を上げている。それがどう映ったのかは知らないが、エルは弾かれたように即座に正座の姿勢を取った。
「お前達もだ! そこになおれ!」
〈〈〈〈は、ははぁ!〉〉〉〉
竜形態の四匹は体が大きいせいで全然正座している風には見えないが、精一杯身体を縮こまらせているのがわかる。
私はいかにお姉ちゃん達が大切な存在か、その命を危険に晒したことがどれだけ罪深いことか、懇切丁寧に説明していった。
ようやく気が済んできたころには、空には月が浮かび、皆涙目になりながら私に縋りついていた。
感想、誤字報告ありがとうございます。