第二百六十一話:意外と危険
魔力の流れを誘導するのは割と簡単ではある。
魔力は基本的に魔力が濃い場所に集まりやすい。だから、意図的に少し魔力を濃くしてやれば勝手にその方向に流れていく。
もちろん、これはデメリットでもあり、何らかの要因で魔力が濃い場所が出来てしまうとそこにどんどん魔力が集まってしまい、結果魔力溜まりのような場所が出来上がってしまう。
竜脈の魔力が凝り固まるのも同じ要因で、あちこちの魔力濃度が変化して結果的に出鱈目な方向に魔力が流れてしまうのだ。
一つの魔力の流れを誘導し、すぐさま次の魔力の流れに干渉する。
量こそ多いが、特に難しい作業ではない。時間はかかるかもしれないが、これなら何とかなるかも……。
そうして、一つ一つ魔力の流れを正し、誘導するを繰り返す。
よし、この調子でやっていけば……。
「……ク! おい、ハク!」
「はっ!?」
唐突に肩を揺さぶられ、私は正気に戻った。
周りを見れば先程と変わらない物置部屋。隣にはホムラがいて、心配そうに私の顔を覗き込んでいる。
いいところだったのに、何で止めるのか。何か間違っていたんだろうか?
きょとんとした目でホムラを見ていると、呆れた様子で私の事を見下ろしてきた。
「集中しすぎだ。そんなに集中すると呑み込まれるぞ」
「呑み込まれる?」
「そうだ。具体的には意識が飛ばされて戻ってこれなくなる」
「……え?」
「やっぱりわかってねぇか」
ホムラによると、竜脈の魔力は普通の魔力とは少々異なるらしい。
魔力の他にも、木々が成長するための栄養や魔物の生命力、人々の感情など様々なものを吸収して出来上がるのが竜脈の魔力だ。
普通に生活している分にはそこまで問題にならないが、竜脈の魔力を調整する場合は気を付けなければならない。なぜなら、竜脈の魔力は調整する者の意識すら吸収してしまう可能性があるからだ。
魔力を調整するということは、竜脈の魔力に意識を繋げるということ。短時間ならば問題はないが、長時間同調したままになると危険らしい。
私は集中して事に当たっていたから吸収のスピードも速かったらしい。ホムラが呼びかけてくれなければそのまま魔力に呑まれて帰ってこれなかった可能性もある。
あ、危ないところだった……。
「あ、ありがとう……。でも、最初に言ってよ……」
「言っただろ? 下手すると呑み込まれるって」
そんなのでわかるわけない。そんな危ないことならちゃんと説明してほしかったよもう。
ともかく、集中しすぎるのはダメ。適度に休憩を挟みつつやっていくのがベストらしい。
休憩は大事とは言うけど、単純作業だからついつい時間を忘れてしまいそうになる。一気にやれと言うならともかく、必ず休憩しなければならないというのは意外と難しい。
前世では休憩とか関係なしに没頭するのが普通だったしなぁ。私とは相性が悪いのかもしれない。
「次は気を付けろよ」
「わかった」
今度はあまり集中しすぎないように作業に当たる。集中しすぎないようにって言うのが地味に難しいけど、流れ作業のようにルーチン化すればいいのかな?
解きほぐしては休み、解きほぐしては休み、それを繰り返しているうちにだいぶ魔力の乱れはなくなってきた。
よし、あと少し!
「よし、もうそのくらいでいいぞ」
「えっ? でも、まだ結構残ってるよ?」
「毎回いちいち全部取り除いてたら時間がかかりすぎる。それに数十日もすればまたぐちゃぐちゃになるんだから毎回きっちりやるだけ無駄だ」
多少の乱れが残っていても土地にはほとんど影響しない。バランスが崩れるのは明らかに魔力の濃度が崩れている時であり、これだけ流れを正したのなら十分だとのこと。
なるほど、私としてはちょっと残るのが違和感があるけど、これが普通だと言われたらそうだと納得するしかない。
私はあくまで体験させてもらっただけであって、本来これをやるのはホムラなのだ。ホムラがこれでいいと言っているのだからいいのだろう。
「もう日没だしな。そろそろ帰らないと連れが心配するだろ?」
「え、もうそんな時間?」
私達がやってきたのはお昼過ぎ。もう日没ってことは4時間くらい没頭してたってことか。
そんなに経っているとは思わなかった。集中しないように意識していたけど、やっぱり集中してたってことなのかな。
またお姉ちゃん達をほったらかしにする羽目になってしまった。早く帰らないと心配させちゃう。
「は、早く帰らないと」
「そうだな。それとハク、仕事ぶりは中々だったぞ」
「あ、ありがとう」
魔力の暴力ともいえるプレッシャーと戦いながら地道に魔力の流れを正していく。やること自体は簡単でもかなり繊細な作業を要求され、精神的にはかなり疲れた。
これをいつもやっていると思うと竜は凄いと思う。改めて、ホムラ達の凄さを実感した。
「帰りは転移でいいか? それとも人間になった今じゃ使えないか?」
「いや、大丈夫。使えるよ」
転移魔法は一度行った場所ならば転移することが出来る。これを使えば一瞬で竜の谷まで行くことが出来るだろう。
とはいえ、仕事で入ったはずのホムラが城から出てこなければ怪しまれてしまうので、使うのは町の外に出てからだ。
夕焼け色に染まる街並みを少し堪能した後、転移で竜の谷の上空へと飛ぶ。足場がなくなってしまったが、即座にホムラが竜形態に変化し、私を背中に乗せてくれた。
「ありがと、ホムラ」
〈おう。このまま竜人の里まで行くぞ〉
「うん」
竜人の里まで飛び、ホムラと別れる。
今日はかなり充実した一日だった。
アダマンタイトを発見し、竜の仕事を体験し、楽しみが膨らむ一日であったと言える。
竜の仕事に関してはもう少し経験が必要かもしれないけど、いずれはできるようになりたいね。
さて、お姉ちゃん達はどうしてるかな。流石にもう戻ってるよね?
「あ、おかえりー」
「アリア、ただいま」
オーウェルさんの家へと向かうと、アリアが出迎えてくれた。
どうやら用事は終わったらしい。たった一日の事ではあったけど、何だか久しぶりに感じる。
精神的に結構疲れているしそのせいかもしれない。
私はアリアを掌の上に乗せ、顔に近づけた。
「あれ、アリア、なんだか雰囲気変わった?」
特に意味はなく見てみたが、なんだかいつもより存在を強く感じられるというか、魔力が濃い? のかな?
気のせいか、身長も少し伸びている気がする。何かあったのだろうか。
「まあ、ちょっとね。ハクはちょっと疲れてるみたいだけど」
「ちょっと、竜の仕事を体験してたから」
「え、あれやったの?」
アリアは信じられないものを見たと言った様子でこちらを見ている。
そんなに驚くことだっただろうか。私も一応は竜なのだから、別におかしなことではないと思うけど。
「大丈夫? 意識ははっきりしてる?」
「大丈夫だよ」
「ならいいんだけど……」
心配そうに見つめるアリアの頭をそっと撫でて安心させてやる。
確かに下手をすれば植物人間になってしまうような危険な作業だけど、気を付けていればそこまで危険というわけではない。
知っていれば回避できる。うん、知っていればね。
「それより、お姉ちゃん達は帰ってる?」
「あ、うん。帰ってるよ」
「また待たせちゃったかな」
「あー……多分今そんな余裕ないと思うよ」
「え?」
アリアの言葉に疑問を覚えつつも部屋の奥へと向かう。すると、そこにはソファにだらりと体を預けて崩れ落ちているお姉ちゃんとサリアの姿があった。
え、一体何があったの?
感想ありがとうございます。