第二百五十九話:ホムラの肩書
竜脈は大地に活力を与える関係上、その土地は豊かになりやすい。そして、豊かな土地には人々が定着し、町が築かれる。
だから、主だった竜脈の場所には大抵大きな町があり、調整のためには必然的に町に入らなくてはならない。
ホムラはそこのところ慣れているのか、町から発見されないぎりぎりの距離で降下し、人気のない場所で人化して町へと向かうルートを取った。
ただ、普通に歩いていてはかなり時間がかかるので、主要な街道は避け、林の中を身体強化魔法をかけて駆け抜けて時間短縮をしていた。
なるほど、ここに来るまでに町に寄るのに結構な苦労をしていたが、こうやって時間短縮すればもっと楽だったのか。
次やることがあったら試してみよう。そんなことを思いながら走ることしばし、町の門の前へと辿り着く。
かなり大きな町のようで、門の前には何人もの人が並んでいる。
ホムラの性格なら面倒くさがってこっそり城壁を乗り越えて入っていきそうなものだが、意外にも普通に並んでいた。
「ここは何て町なの?」
「エルクード帝国の帝都、ウルクだな。一応、この大陸では最大の規模の町らしいぞ」
エルクード帝国はこの大陸で最大の国。その皇都となればなるほど、確かに最大規模の町となるだろう。
確かヘクスフォードもエルクード帝国の一部だったと思うが、ここはあまり雪は降っていないようだ。
並んでいる人の多くは獣人で、ちらほら人間が混ざっている。エルクード帝国は、というかこの大陸自体がほとんど獣人の国らしいので獣人が多いのは当然か。
しばらく待っていると私達の番がやってくる。門番が身分証の提示を求めたのでギルド証を出そうと思ったが、その前にホムラがギルド証を差し出した。
ホムラ、冒険者だったのか。まあ、私のために各地を回ってくれていたのだし、人としての顔も結構広いのだろう。
カードの色は……紫? あれ紫って確か……。
「なっ!? こ、これはこれは、Sランク冒険者のホムラ様でいらっしゃいましたか! 長らくお待たせして申し訳ありません」
私の疑問に門番が答えてくれた。
Sランク冒険者。確か、オルフェス王国でも数えるほどしかいない超ベテランの冒険者だったはずだ。
その肩書は絶大なようで、門番がペコペコ頭を下げている。
私もSランクになったらあんな風に見られるのだろうか。それはちょっとやだなぁ……。
「別に気にしてねぇよ。で、入っていいか?」
「もちろんです! あ、しかし、そちらのお嬢さんは?」
「俺様の連れだ。気にすんな」
「わかりました! ではお通りください!」
そう言って私のギルド証を見る間もなく通されてしまった。
そんなんでいいのだろうか。それほどSランク冒険者は信用されてるってことなのかな。
「ホムラ、結構凄い人だったんだね」
「まあ、人として活動するには冒険者はちょうどいい肩書だからな」
上級冒険者となればどんな国でも渡り歩くことが出来る。確かに人として活動するならこれ以上便利な職はないだろう。
ただ、ホムラは私が竜の谷にいた頃から頻繁に人の世界に繰り出していたようだが、まさかその時から冒険者だったってわけじゃないよね?
ホムラの見た目はどう見ても人間だし、歳も変わらないから絶対に怪しまれると思うんだけど。
「ま、この肩書はここ数年で取ったもんだ。一応俺様だって混乱を起こさないように配慮はしてるんだぜ?」
聞けば、数十年おきに微妙に姿を変え、その度に冒険者として登録し直し、その都度Sランクに上がっているのだという。名前は変わらずホムラなので、巷ではホムラの名を襲名した弟子、後継者などと呼ばれているらしい。
なんというか、随分と面倒くさいことをしている気がするけど、そこまでして冒険者になる必要はあるんだろうか。
そりゃSランク冒険者という肩書があればいろんな場所に行けるとは思うが、町に入るだけだったら別に冒険者でなくてもいい気がするんだけど。
「なんでそこまで冒険者に拘るの?」
「んー、必要に駆られてって奴だな。まあ、別にその気になれば必要ないんだが、ただ淡々と仕事するだけってのも面白くねぇだろ?」
「うーん?」
竜の仕事は竜脈の整備だけど、ただそれだけをやるのはつまらないから暇つぶし感覚で冒険者やってるってこと?
いやまあ、竜の間では娯楽は少ないしわからないでもないけど。
でも、必要に駆られてってことは、Sランク冒険者という肩書がないと入れないような場所に用があるってことかな。
「まあ、ついてくりゃわかる。迷子になるなよ?」
「ならないよ」
ホムラは見た目18歳くらい、私は12歳を名乗ってるけど見た目は7、8歳くらい。周りから見れば兄妹か何かに見えているのかもしれない。
歩幅も全然違うし、ホムラはそこのところ気にしてないのか私の事を信用してるのか知らないけど普通に早い。ちょっと駆け足にならないとついていけないくらいだ。
下手したら普通にはぐれてしまうのでは? 迷子になるつもりはないけど、ちょっと気を付けた方がいいのかもしれない。
「あそこだ」
ホムラが指さした先を見てみると、そこには立派な城がある。
帝国というだけあってかなり豪華だ。オルフェス王国の城よりもでかいのではないだろうか。
あれ、あそこって言ったけど、まさかあそこが目的地なの?
考えている間にもどんどん先に進んでしまうので慌ててついていくけど、足は城に向かって一直線。やはりあの城が目的地のようだ。
やがて城の門の前までくると、門番が慌てた様子でこちらに近づいてきた。
「これはホムラ様、今日も殿下らに会いに来てくださったのですか?」
「まあ、そんなところだ。入っていいか?」
「もちろんです。殿下らもお喜びになることでしょう」
そういうと他の門番に合図して門を開けるように指示する。
見上げるほど大きな門がギギギと開かれ、城へと続く道が露わになった。
「失礼ですが、そちらの少女は?」
「あー、俺様の連れだ。気にしないでくれ」
「そうでしたか。ホムラ様のお連れの方となればさぞ高名な冒険者なのでしょう。お名前をお伺いしても?」
「ハクだ。今は……Bランクだったか?」
「うん」
「なんと、その年でBランクとは、いずれはホムラ様と同じくSランク冒険者も夢ではありませんな」
はっはっはと朗らかに笑う門番。
ホムラはこの城の人達とだいぶ仲がいいらしい。一体何をしたんだ。
しばらく私の話で盛り上がったが、そろそろ中に入りたいという旨を伝えたら話を打ち切り、中へ通されることになった。
案内や見張りなどはいない。どうやら相当信頼されているようだ。
「だいぶ信頼されてるみたいだけど、何したの?」
「ああ、ちょっと前にこの国の皇帝を助けたことがあってな。それ以降もちょくちょく助けてやってたら、こうなった」
「それ、いつの皇帝?」
「覚えてねぇな。確かざっと300年は前だったと思うが」
それのどこがちょっと前なんだ。まあ、数千年を生きる竜からしたらちょっとなんだろうけどさ。
300年も良好な関係が続いてるってことは、この国にとってホムラは守り神的な存在なのかもしれないね。そりゃ信頼されるわ。
「さて、仕事には関係ないが先にガキどもに会いに行ってやらねぇとな」
「それって、皇子ってこと?」
「ああ。男三人と女二人だ」
皇帝の息子や娘をそんなふうに数える奴はホムラくらいなものだろう。
そんな気軽に会っていいのかとも思うが、ホムラの信頼を考えれば妥当か。
ホムラは迷うことなく廊下を進み、とある部屋の前まで辿り着く。そして、ノックすることもなくバッと扉を開けて中に入った。
「よう、チビども。遊びに来てやったぜ」
「あ、ホムラだー!」
「誰がチビだ。この無礼者め」
「ホムラ様、お久しゅうございます」
そこはどうやら図書室のようだった。そして、机に向かって本を読んでいた三人の男女がホムラを見て口々に挨拶をする。
一人は私と大して変わらないくらいの少年、もう一人は少し背の高い目つきの悪い少年で、最後の一人がおしとやかな雰囲気の少女。
その傍らではメイドらしき人が数人おり、幼い男女に本を読み聞かせている姿がある。
いずれも獣人だ。
どうやら彼らがこの国の皇子、皇女達らしい。
悪態をつく少年のことなどものともせずにホムラは中に入ると、一人一人の頭を撫でていった。
「ちゃんと勉強してるようだな。勤勉なのはいいことだぞ」
「本好きー」
「いずれ父上の後を継ぐのだ、当然だろう」
「ええ、今は勉強する事こそ私達の務めですわ」
みんなホムラに撫でられてご満悦の様子。悪態をついていた少年もぶすっとした表情ながら拒まない当たり嬉しいのだろう。
何だか微笑ましい光景で少しほっこりした。
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